ティーンズ

ちまゆう

第1話


#1



2016年2月

『今日の“気になる!”はもうすぐ春!トレンドファッションを先取りして…』

テレビを見ている白髪交じりの女の横で正人は制服に着替える。小さな声で正人が「行ってくる」と言うと、女はテレビを見つめたまま「うん」とかすかすの声で答える。


アスファルト目がけて降り注ぐ陽光が、正人の銀色のピアスを輝かせる。50mほど先に正人と小学校から一緒の栄田惠介を中心とした5人組の集団が見えた。正人は彼らを追いかける。

追いついた正人は5人の中で一人だけブレザーを脱いでいる内山航大のリュックサックを「よお、ザコ。」と言いながら強く下に引っ張る。内山は後ろに重心を持っていかれそうになり「うわっ」と声をあげる。なんとか内山は体勢を元通りに戻し振り返る。

「まじでやめろ。」

内山は正人に迷惑そうな視線を送った後、先をスタスタ歩く栄田達に合流する。

正人も5人のもとまで走って行った。

「お前ら何してるの?」

5人は沈黙する。栄田の隣にいた田児宗吉がいかにも怪しい紺色のビニール袋を持っていた。中には箱型のものが入っているようだった。

「何それ?」

正人がビニール袋を触ろうとすると田児はビニール袋を引っ込める。

「いや見せろよ。」

正人はまだビニール袋を奪おうとする。すると今度は田児の隣にいた桜田恭也が「やめろ」と言って正人の手を遮った。

「は?」

正人は桜田を睨みつけている。見かねた栄田が二人の間に割り込んだ。

「ごめん正人。まじで今は見せられない。学校の他のやつに見られたらまずいんだよ。」

正人達が立っている道路は正人達の学校のほとんどの生徒が利用していた。

「なに?そんなやばいやつなの?」

栄田は無言で頷く。「なんだよそれ」正人がぼやくように呟くと、

「でも正人には元々見せるつもりだったよ。」

桜田と田児は驚いた様子で栄田に視線を送るが、栄田はそれを無視している。正人は不満げな表情を浮かべながら「お前言ったからな。」と言う。

「今日の夜家来てくれたら見せるよ。」


空が真っ暗になってから正人は言われた通り栄田の家の前に向かった。アンティーク風の門扉からちょうど栄田が出て来た。朝のビニール袋を持っている。

「ごめん今日は中に入れられないけど。」

「いいからその中早く見せろよ。」

正人は寒そうに腕を組んでいる。栄田がゆっくりと箱を取り出す。そのパッケージには“超小型カメラ ”という文字が大きく書かれていれていて、黒色の小型カメラの写真が載っていた。正人は「何これ。」と言って栄田から箱を取る。栄田は何も喋らないで正人の様子を見ている。正人は中を開け、長さが3センチほどしかない現物を取り出す。

「これ使って何するの?カンニング?」

正人がにやけながら聞く。

「いや、宗吉は女子更衣室の盗撮って言ってた。」

「それはやばすぎる。宗吉まじガイジだろ。」

「な、俺もそれはさすがにやめとけって言ったんだけど、あいつがとりあえずカメラの性能を試したいって言って今日置いたの。」

「はあ?まじ?」

「ちゃんと撮れたの?」

「撮れた。見る?」

そう言って栄田は携帯を取り出し、カメラロールの中にある動画を再生する。


2mほど上から撮った映像で画面の中にしっかり映っているのは4人だけだった。

「いや画質悪。誰か分かんねーじゃん。」

「ちゃんと見れば分かる。これは2組の尾崎ね。」

栄田はキャミソール姿の生徒を指差した。

「で隣が深瀬。」

「見ろ。これ新庄。」

栄田が嬉しそうに笑いながら、一人で着替えている生徒を指差す。

「これはまじしんどい。こいつの下着姿なんて見たくねえ。」

正人も大きく口を開けて笑う。

「これ城田ね。」

「普通に胸無くね。」

「な。」

正人は映像をまじまじと見ている。カメラから誰もいなくなると栄田は動画を止める。

「まあこんな感じ。」

「もっと広い範囲撮れないの?」と、正人が真剣な表情で聞く。

「それを今研究中。来週もやるから一緒に来てよ。」

栄田が言うと、正人はにやつきながら「いいよ。」と答える。

「あ、そうだこれ絶対今崎に言わないで。あいつが関わるとめんどくさくなるから。」

栄田が思い出したように付け足す。

「分かったよ。」

正人は軽く返事をする。


5日後。

正人が今崎将也と階段に座ってゲームをしていたとき、下から足音が聞こえてきた。二人はわざと足音のする方を見ず、ゲームに熱中する。正人達の前で足が止まったため、正人は視線を少し上げ、足だけ確認する。同じ制服を着た足だった。例の5人が集合していた。

「なんだお前らか。花木かと思ってビビったわ。」

栄田は少し笑ってから今崎の方をチラッと見る。

「ワリー今。俺こいつらと話あるからちょっとどっか行っててくんね。」

今崎はチッと舌打ちしてから鈍い動きで階段を下りていった。


栄田達が日差しの当たっている踊り場に座ったため、正人も同じ場所に座る。

「明後日のことだけど、正人は8時30分くらいにうっちーと桜田と一緒にこいつを設置してほしい。」

栄田は宗吉が袋から取り出した縦長の段ボールを指差す。段ボールの中にはリレーのバトンが5,6本すっぽりと収まっている。

「これは俺が陸部から奪ったやつでカモフラージュとして入れた。」

話したのは5人の中で一番背の高い須藤景吾だった。栄田がバトンを取り出し、段ボールの内側を正人に見せる。中にはこの間の小型カメラが貼り付いている。そして今度はその表側を見せる。

「ここに小さい穴があるでしょ。」

よく見るときりであけたような小さな穴がある。

「ここから撮る感じ。」

栄田が説明すると、正人は「へえ。」と相槌を打つ。


「ってかさ、お前らはなんで朝一緒に置きに行かないわけ?」

正人は栄田に少し疑ったような視線を投げかける。

「ああそれは俺らが普段遅刻しないから。設置できそうな時間がちょうど皆がHRやってる時間くらいしかないんだよ。遅刻しないやつが急にしても怪しまれるでしょ。その代わり、俺らは昼休みにカメラ回収しに行くよ。」

「あー分かった。」

正人が納得したように頷く。

「ってか8時半って体育館開いてるの?」

「大丈夫。女バスが8時20分まで朝練やっててその後の1限の授業まで鍵開けっ放しらしい。」

「まあこの間も上手くいったし多分イケる。」

桜田が付け足す。

「置く場所にだけ気を付けなきゃね。」

須藤が栄田に言う。

「そー。今回は壁にくっつけて置いてほしい。そうすれば前回より広く映るはず。あと、ちゃんと周り確認してね。誰かに見られたら終るから。」

栄田が念を押す。

「分かったよ。」

正人がめんどくさそうに返事をすると、箱の入った例のビニール袋が宗吉から無言で渡される。正人がそれを受け取ると「じゃあまたな。」と言って栄田が手のひらを差し出す。正人はその手を軽く叩いてから握る。


正人以外は教室に戻って行った。



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