第30話 ウェットカード
俺と吹雪は島へ海岸線を歩いて向かった。
「そろそろ、具体的なプランを聞こうか」
暗い空を見上げながら、吹雪が尋ねる。
「プラン? ミラ攻略のか?」
「ああ、口説き堕とすと言っていたが、そんなにミラはお前に対して好感度が高いのか?」
「……まぁ、それもあるけど」
「おごりだな。『魅力』が999と言っても、それは漫画のように一目見ただけでメロメロになるというわけではない。注目され、ほのかに格好よく見える程度だ。頭で意識的にご主人様に惚れてはいかんと思っていれば、たとえ愛している相手だろうと、殺せるぞ」
「話しは最後まで聞いて……お前もしかして、ずっと俺に惚れていたわけじゃないよね?
俺の『魅力』が999だから。それで、俺の家に住んでたりとか、俺を気にかけたりとか、家とか壊されてもあっさり許したりとか……そんなことじゃないよね? だから、俺のことをご主人様って呼んでるわけなじゃいよね?」
「みなまで言わせるな。ご主人様。拙者は貴殿に打ち負かされたときから、正樹様の奴隷で、いつでも体を許す準備はできている」
顔を赤らめもせずに、魂とさえ言っている忍び装束をはだけさせる。
吹雪は言っていることがいつも嘘かほんとかわからないので、困る。こんなことを言われても照れるとかじゃなくてひたすら困ってしまう。
とりあえず、服を脱ごうとしている吹雪の手を止める。
「いや、悪い、今度は俺が脱線させた。『魅力』だけじゃないんだ。俺がミラを止められる手は」
「手……?」
吹雪は俺の手を見つめ、やがてハッとしたように目を見開いた。
「まさか……それが通じるわけがない。それが通じたら、この騒動はすべて茶番だ」
「茶番なんだよ。この暗雲も、魔族の暴走も。全部魔王が脚本を書いて、自ら演じてる馬鹿馬鹿しい舞台の劇に過ぎないんだよ」
「……拙者はにわかには信じられん。所詮は魔王のミスだと断じた方がまだ、納得できる。ここまでしておいて、そんなものを意図的に残しておくわけが」
「そういう子なんだよ、ミラは。不器用なくせに優しいんだ」
「…………」
吹雪は考え込み、忍び装束の首元にある結び目をはずして胸をおおきくさらけ出した。
「お前何やってんの⁉」
「わかった。そこまでいうのなら、貴殿とあの魔王を信じてみよう」
胸の谷間に手を突っ込んで、吹雪は一枚のカードを取り出した。
「それって……」
妙なカードだった。表面は万華鏡のように様々な絵を映し出していた。海の絵だったり、陸の絵だったり、森の絵だったり、まったく統一性がない絵が並んで、裏面には三つの宝玉が埋め込まれていた。
裏面の宝玉の内の二つが黒く輝きを失っており、残りの一つだけが真珠のように白く輝いていた。
「もしかして、お前がミラの宝箱から盗んだっていう……」
「世界を変える力を持つカード。《ジンコード》だ」
「どうしてお前が持ってるんだ? マルスさんは国家施設で保管してるって」
「……それは親父が付いた嘘だろう。一応そう言っておくことで本当の隠し場所から狙いを逸らすつもりだったんだ」
「じゃあ、ずっとお前んちにあったのか? お前んちの金庫の中とかに……」
「そんな危ない真似ができるか。これは世界を変えることができるカードだぞ? 誰かの手に渡り悪用されたら取り返しがつかん」
そうだな、確かに家の金庫程度だと簡単に開けられる可能性がある。なら、勇者の家特有の保管場所があるのだろうか。
「じゃあ、どんな安全な場所に置いておいたんだ?」
「何を言っておる、ひと時たりとも置いておいたことはない。ずっとここにしまっておいた。この胸の内にな」
吹雪はすこし顔を赤らめながら、胸の中央あたりに手を置いた。
もしかして……ずっとその谷間の中に挟んでいたんじゃ……。
「はい」
吹雪は《ジンコード》をそのまま俺に手渡した。
俺が手に取ると、じわっと湿り気が伝わり、ふにゃりと《ジンコード》は折れ曲がった。
「……おい、世界を改変できるアイテム、湿ってふにゃあってなってんだけど」
「すまんな」
「その一言で済ませるつもりか? 許され……端の方湿りすぎててちょっと削れてる!」
俺が丸くなって削れてる《ジンコード》の角を見せつけると、吹雪はさっと目を逸らした。
「そのカードの使用回数も後一回しかない。世界を滅ぼすことのできるアイテムなど危なっかしすぎる。貴殿が使い切って、もう使えないようにしてやれ」
にこっといい顔で吹雪は笑った。
「そして、お前のうっかりの証拠を隠滅しろってことだな? 許されんぞ。使い切ったこれは絶対に国家機関に提出するからな」
このふにゃふにゃの世界にたった一つしかない言葉通り魔法のカードを。
「だが、それは貴殿の剣となり得る。振り方はちゃんと考えておけよ」
「そうだな。いろいろありすぎるんだけど、これを俺に託してくれたのは本当に感謝する。絶対に無駄にしない」
「もしも、貴殿が振るうことができずに魔王にとられそうなときは絶対に破くか握りしめてくしゃくしゃにするかしろよ。魔王の手に渡れば世界の終わりなのだから」
「いや、つーかもうすでにこれ使えるのか不安なんだけど……」
俺の上でゆらゆら揺れる《ジンコード》は今にも折れて、そのままちぎれてしまいそうだった。
とりあえず、近くのコンビニ行って、タッパーを買った。
〇
江ノ島へ続く橋の入口へとようやくたどり着いた。ここにくるまで、暴走した魔族に襲われ、そのたびに吹雪が撃退してくれた。
さすが、勇者の娘兼、忍者だけあって、戦闘となると心強かった。
俺も、魔王とステータス交換をしていなければ戦えたのだが、吹雪に頼りきりになってしまって心苦しい。
だが、この魔王の天下もあと数時間で終わる。
「あそこにミラが……」
遠くのタワーキャンドルを見つめる。
「……カルナは江ノ島に魔王一人が引きこもっていると言っていたな」
「ああ……そうだけど」
橋の先を見つめる吹雪が緊迫した雰囲気を醸し出し、小太刀を抜いた。
「カルナが嘘をついたのか、それとも知らなかったのか。それはもはやわからないが、ただでは魔王のもとに辿り着けそうにないぞ」
吹雪の視線の先には緑のうろこで覆われた首の長い人の形をした龍がいた。
「ジュリオ……」
龍人族の元クラスメイトが、門番のごとく江ノ島の入口で仁王立ちしていた。
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