Column6 「本日、都合により休業させていただきます」について

 ――本日、都合により休業させていただきます。


 ラーメン屋さんやケーキ屋さんが臨時休業することになり、お店の表にこのような貼り紙が貼ってあること、ありますよね。最近はSNSで発信していることもあるでしょう。


 皆さんは上記の例文を読んで「慇懃無礼だ」と感じるでしょうか。

 実はこの一文、一時期新聞で過剰に批判されていたことがあるのですが、最近はそれが収まってか結構見るような気がします。寧ろ「本日、都合により休業いたします」と書いている方が少ないように思うのは私だけでしょうか。


「本日、都合により休業させていただきます」の一文が何故新聞で批判されたかというと、これもColumn4で書いたように「私が許可しようとしまいと、あなたが勝手に休もうとしていることに対して、何故許可をとるのですか?」という感覚になるからです。


 しかしその一方で、この言い方が「感謝を表す休業の表現として好感が持てる(野口恵子『バカ丁寧化する日本語 ~敬語コミュニケーションの行方~』より)」と感じる方もいらっしゃいます。そしてこれが「させていただく」を使うことの難しい部分でもあるのです。


 Column4で「私が担当させていただきます」を説明しました。これと今回の「本日休業させていただきます」はほとんど同じ構造なのに、現状としては前者は許されていなくて、後者は許されているという不思議な現象が起きています。敬語関係の書籍を読む限りほとんどがそうです。


 それはもしかすると「本日休業させていただきます」は、店に行こうとした人、店の前まで来た人すべてが、敬語の対称になるからなのかなと思います。単なる一般の聴衆ではなくて、「ラーメンを食べようと思っていたのに休みだったからいかないことになってしまった」という、店と客が直接つながる可能性があるためにそのよういうことを許されているのかもしれないなと思います。……が、素人の私の考えですので、ここは適当に聞き流して下さいませ。


 そもそも「させていただきます」は関西を中心に使われ始めたようで、1950年代頃に東京へ広がったようです。その辺りから「休業させていただきます」が使われだしているようなのですが、臨時休業を「勝手に休みやがってなんて店だ」と捉えてしまう人に対し、「させていただきます」と言うことで「つつましやかに許可を求める表現」として効果があり、次第に受け入れられるようになっていったといいます。(井上史雄『新・敬語論 なぜ「乱れる」のか』参照)


 この点について野口恵子氏の『バカ丁寧化する日本語~敬語コミュニケーションの行方~』には、次のように説明されています。


***


(前略)店側の勝手な理由で突然休むのに、客からの許可を得たかのような表現は使わないで欲しいということだろう。「休ませていただく」「休ませてもらう」と言うと、店を休ませる、店を休ませてあげる者として、客の存在が暗に示される。あなたが私に何の相談もなく自分勝手に決めたことを、さも私が「どうぞどうぞしてください」とでもいったかのように繕っている、と感じる。皆が皆そのように感じるわけではないが、不快に思う客もるのだ。

 それに対して、「休ませていただきますを好ましいとみなす人々は、「させていただく」を使うことで、お客さんに迷惑をかけて申し訳ないという気持ちが表せると考える。

「させていただく」を素直に謙譲語と解釈している人たちだ。この人たちは、せっかく行った店が閉まっていて、「本日臨時休業」とだけ書かれた紙が貼ってあったら、無駄足と無礼な言葉遣いに、怒りが倍増するかもしれない。ということは、「させていただく」を好む人のほうが、店側に低姿勢を強いると言える。


***


 こんな風なことが書いてあります。

「させていただく」が広がったのはいいですが、上記に引用した内容を読んで分かるように、捉え方が両極端になってしまっているんです。

「させていただく」のことを良く知っている人からすると、使い方によっては耳障りや慇懃無礼に感じる一方で、「させていただく」を「いただく」と同様の謙譲語として捉えている人からすると何の問題もなく、自分を立ててくれているのだと感じているのです。


「させていただく」は、知れば知るほど使うのが難しい敬語ですね。


 次に続きます。

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