第10話 春⑩

・・・A・・・



おーちゃんがニシのことを抱きしめた。


ニシが驚いた顔をしている。


俺は


今、


頭の中がフラッシュバックしている。



子供だった俺たちが


桜の木の下の屍体を掘り出そうとして


怖くなったニシが


おーちゃんに抱きついた。



今、


おーちゃんが「かずくん」っていった。


ニシもおーちゃんのことを「さとちゃん」ってよんだ。


二人は


あの頃にタイムスリップしてるんだ。



「大丈夫?」



俺は二人を現実に引き戻そうと


少し大きな声を出した。



その声におーちゃんが反応して


「ごめん・・・。」って言いながらそっとニシから離れた。


気まずそうなおーちゃんに


ニシが笑顔で


「なんか、昔と反対だね・・・。さとちゃん、だいじょうぶだよ。」


ってとても優しい声で言った。



ニシは


おーちゃんが急に抱きついても


怒ったり、茶化したりしないんだ・・・。



もし、俺がニシに抱きつたら


ニシははなんて言うんだろう・・・・。


たぶん、


「やめろよ~」って言って、


そしてそのままいつもみたいにふざけあうんだろう・・・・。



「なんだか、桜がニシを連れて行くような気がして・・・。」


「あ、俺、昔、おーちゃんが桜に連れていかれるかと思ったよ!


それでなんだか桜が怖くて・・・。」


「今、俺も、桜が怖かった。」


「俺たち、感じ方が似てるね。」


ニシがおーちゃんを見てまた微笑む。



あの頃


俺はどう思ってたんだっけ。


たぶん、どうも思ってなかった。


今は


二人が入り込んでいる世界に


俺が入れないのが悔しい・・・ちがう・・・悲しい・・・。


ニシと同じ感じ方が出来ないことが


悲しくて悔しい。



桜の花びらがひらひら落ちる。


桜が散っていくから


こんなに悲しい気持ちになるんだ


きっと。


これは桜のせいだ。



「まーくん」



え・・・・。ニシ。


ニシが俺を今呼んだ。


「マサユキ」ではなく「まーくん」って・・・。


昔みたいに。


俺はニシを見る。


ニシが俺をやさしい目でみつめていた。



「俺たち3人でいると、昔にもどるよね。」



ニシが


今二人の世界に俺も呼んでくれた。


俺の気持ちがわかるみたいだ。


俺は今ニシとおーちゃんと3人で同じ世界にいるんだ。


あの小1の春に・・・。



ニシが


そっと俺の手をにぎった。


小さくて柔らかい手は少しつめたくて、


俺は思わず握り返した。


ニシもまた少し強く握り返した。


ニシのもう片方の手は


おーちゃんの手を握っていた。


きっと今、おーちゃんを握る手にも力が入ったんだろう。


そして


「今年、一年よろしくね。」って言って


俺とおーちゃんを交互に見つめ


にっこり笑った。



「こちらこそ、よろしく!」


俺も言った。


おーちゃんもそう言った。



そうだね


3人で


また新しい思い出を作りたい・・・。



ヒラヒラと桜が舞う夜の小学校のグランドで俺は


ニシとおーちゃんとしっかり握手をした。



新学期は始まったばかり・・・。

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