侵蝕率70

【ちょっと偉い人に会って】

「どうやってですか?」

【強行突破】

「それ、私犯罪者になりませんか?」

【じゃないとみんな死ぬよ。私の力を貸してあげる。ステルス能力。これ強いよ?】

「はぁ、わかりました」


 鈴夢は『声』の言う通りに横浜衛士訓練学校を抜け出し、日本の偉い人たちが集まる場所までやってきていた。


「こんにちは。偉い人……ですよね? 私は黒崎鈴夢です。近いうちに大規模なデストロイヤーが本州に上陸する……って言ったら、どうします?」

「いきなり武器を突きつけられてそれか。最近の若者は礼儀を知らんね。されで? 近いうちって言うのは……いつだい?」

「三日後です」


 『声』によると三日後に侵攻してきたデストロイヤーが新潟に上陸。第二防衛線を突破され、北関東絶対防衛線にまで到達。増援が間に合うかどうか分からず危険な状態であったが、苦戦の末、これを撃退。デストロイヤーの目的地は……横浜衛士訓練学校。


「上陸地点の詳細までは言えなくて申し訳ないんですけど……中越・下越・新潟地域の訓練校に防衛基準体制2あたりを発令しておけば、大丈夫だと思います」

「襲撃者くん……ひとつ確認するけど」

「何でしょう」

「今の話が真実だって言う証拠はあるの?」

「そんな都合の良いもの……あると思います?」


 鈴夢は自虐的にふん、と鼻で笑いながら言った。偉い人はため息をついた。


「でも、それじゃ動けない。君の話に信憑性のあるものだと仮定して接してきたつもりだけど……そこまで話が大きくなると、さすがに……な」


 偉い人の領分である日本の防衛の部隊を動かすのであれば、それほど問題は大きくならない。だが今回動かさなければならないのは訓練校だ。命令を差し込んでも結果オーライであればまだ誤魔化しようはある。それでも問題は残るが。しかし何も起きなかった場合、大問題に発展する可能性は否定出来ない。

 訓練校は企業の介入が大きいからだ。


「はい。だから、今回のこの件で試してください」

「試す……? 放っておいて、現実に起こるかどうか様子を見るの?」

「──別にそれでも構いませんけど」


 鈴夢はどこか酷薄な笑みを浮かべながら言った。


「余計な死人が出るからダメだ、なんて青臭いことでも言うと思ったら。結構冷徹なんだね」

「それが必要であれば、そうします」

「で、どうするの?」

「デストロイヤーが動けば、それが証拠になるんでしょうけど……恐らくその時点で発令しても手遅れです。だから賭けてください、デストロイヤーが来る方に」

「……ちょっと」


 何を言ってるんだこいつは、とでも言いたげな表情で、偉い人は鈴夢を睨む。


「は?」

「は、ではない。じゃあ何、結局に危ない橋渡れっての?」

「ありていに言えばそうです」


 鈴夢の話を聞いた偉い人は、しばらく思案に耽っていた。同時に鈴夢も思う。


(普通に考えてこんな怪しい人物の情報を鵜呑みにして、部隊を動かすなんて有り得ない) 


 偉い人は、やがて顔を上げて言った。


「…………いいでしょう。指示通り、防衛ラインの訓練校には防衛基準体制2をねじ込んでおこう。私としてもここで死ぬわけには行かないからな」

「ありがとうございます」

(成功した!? なんで!?)

【あ、あた追加で何点かお願いして】

「追加で、要求があります」

「はぁ、何かね?」


 鈴夢は声の通りに話した。

 

 横浜衛士訓練校の訓練カリキュラムを大幅に変更し、一年生組が初心者講座が卒業するまでの間、シミュレーターの最優先使用を取り付けている。同時に練習用の実機も手配を済ませ、既に練習用の戦術機の搬入も完了していた。


 今日は衛士特性検査から始まり、実際にシミュレーターを操作しながらの操作説明が行われる予定だ。


 これはシミュレーターが既に開発中の新OSに換装されており、少しでも早くそれに慣れさせようという配慮からだった。


 新OSとは、鈴夢が『声』を頼りに提唱したものだ。新OSは、プロトタイプであるα版でのデータ取得とバグ取りを完了し、既にテストタイプのβ版が完成している。


 これを発案者の鈴夢の他、ベテラン衛士の二年生組、それから前線の特務部隊に試験配備し、そのデータを元に細かい修正を加えて、量産型がリリースされるのである。


 それはさておき。


 鈴夢は基本操作に類する部分はまりもに任せ、搬入された実機を確認するためにハンガーに出向き、ずらりと並ぶ、思いのほか状態の良い戦術機を見ながらぼんやりとしていた。


 通常、新規に導入される戦術機が新品であることはまずない。ほとんどが中古で、その上、大幅な改修が必要な破損機に手を入れなければならない。しかし今回搬入された機体は、基本整備さえ済ませればすぐにでも実戦に耐えられるほど、程度の良いものだった。


「さて、どうなってることやら……」


 三日後、いつものように『声』に起こされた鈴夢は横浜衛士訓練校の中央作戦司令室へと足を向けた。


 もしデストロイヤーが動き出していれば、その情報は既に入っているはずだが、警報が鳴るのは、デストロイヤーの目的地が横浜衛士訓練校と判明してからになる。


 それならば、わざわざ警報を待つよりも、作戦司令室に出向いて確認した方が手っ取り早い。


 鈴夢が司令室に入ると、そこはいつもより少しだけ慌しい雰囲気に包まれていた。


 とは言っても、それは本当に少しの差で、とてもデストロイヤーの侵攻が開始された状況下であるとは思えない。対岸の火事を見ているような、と言った表現が一番しっくりと来るだろうか。佐渡ヶ島と横浜衛士訓練校の間に渡れない川などありはしないのだが。


 各種モニターを確認すると、佐渡島から侵攻してきたデストロイヤーが本土に上陸したことが見て取れた。鈴夢は現状を確認するため、司令室中が浮き足立ちつつ緩みきっている中、ただ一人だけ冷静に気を引き締めていたオペレーターに近付いていった。


「おはようございます」

「おはようございます」

「今、デストロイヤーはどこまで来てます?」

「現在、旧国道沿いに展開していた防衛第12師団と、中越・下越・新潟方面で交戦中です。第14師団が増援に加わりましたので、戦況は優勢、殲滅は時間の問題と思われます」

「目標地点は?」

「いえ、それはまだ……えっ!?」


 モニターを確認していたオペレーターが、驚きの声を上げた。


「どうかしましたか?」

「あ、す、すみません、デストロイヤーの最終目標地点の分析結果が出ました。……横浜衛士訓練校です」


 オペレーターは少しだけ強張った声で堪えた。とはいえ、あらかじめ防衛軍に仕込んでおいた防衛基準態勢が機能しているのでデストロイヤーがここまで進攻してくる事はまず無いだろう。


 そして、これで『声の未来予知』と知っている歴史とこの世界の未来が、大きく変わっていないことが証明された。


 しかし更に裏を返せば、鈴夢が多少何かをしたところで、世界には大した影響がないという事の証明でもある。ならば、個人レベルの話なら、もっと大胆に前と違うことをしても、大きな問題になることは無いという事になる。


 だがいずれにせよ、今回の結果が今後の行動の指標になる事は間違いない。今のところはそれが分かっただけでも十分だろう。


 さて、デストロイヤーの目的地が横浜衛士訓練校だということが判明した以上、防衛基準体制2へ移行しなければならない……と思って、鈴夢はあたりを見渡してみたが、中央作戦司令室の中には、司令も副司令もいなかった。それどころか、今この場にいる佐官は鈴夢ひとりだけという体たらく。


「えーっと……司令と副司令は?」

「あ、はい。既に連絡はしてありますので、こちらへ向かわれていると思います」

「……ではオペレーターさん、防衛基準体制2を発令してください」

「──は」

「ないとは思いますけど、もしデストロイヤー全滅の報が入るまでに司令も副司令も来てなかったら、その時は防衛基準体制を平時に戻して構いませんから。よろしくお願いします」

「了解しました」


 オペレーターに指示を出すと、鈴夢は中央作戦司令室から立ち去った。




 鈴夢がブリーフィングルームに到着すると、教導官が現状を説明しているところだった。

 デストロイヤーの侵攻ルート、目的地、防衛軍の対応、戦況……と、その程度の情報は一年生にも与えられる。デストロイヤーの目標が横浜基地なので、最悪のケースでは出撃する事になるからだ。


 もっとも、今回は横浜衛士訓練校まで攻め入られる事は考えられない。

 そのため、一年生は警戒態勢が解除されるまで自室待機を命じられ、各自、部屋に戻っていく。


 ブリーフィングルームには教導官と鈴夢だけが残された。


「──先生は、この基地の体制……どう思います?」

「どうしたの? やぶからぼうに」

「いえ、さっき中央作戦司令室に行ってきたんですけどね……なんて言うかこう、平和ボケってわけじゃないんですけど、危機感が足りないって言うか浮かれてるって言うか……緩んでません?」

「そう……かもしれないわね。この基地は最後方に位置しているから──」

「それですよ」

「……?」

「いくら最後方って言ったって、極東の絶対防衛線って言う最前線の中で後ろってだけなんですよね。佐渡島からここまで防衛線は三本、一つは海上防衛線だから、実質二本しかないんです。今は間引き作戦が上手くいってはいますけど、もしデストロイヤーが本腰入れてきたら……あっという間に抜かれますよ」


 今回の件でも、あらかじめ防衛基準態勢を仕込んでおいたから第二防衛線で食い止められたわけで、そうでなければ前の世界の時のように、絶対防衛線まで到達されていただろう。もしデストロイヤー群の規模がもっと大きければ、それを抜かれてしまう可能性だってある。


「それは……確かにそうね」

「何とか出来ないもんですか」

「でも、こればっかりは……口で言ってもどうにかなる問題じゃないからね……」

「……」

「……」

『──総員に通達。防衛基準体勢2は解除されました。繰り返します──』


 スピーカーから流れて来たアナウンスが沈黙を破る。デストロイヤー全滅が確認されたようだ。


「それじゃ、私は行きます。何か良いアイデアがあったら教えてください」

「わかったわ。またね」


 鈴夢はブリーフィングルームを後にして、事後報告のために偉い人の執務室へと向かうのだった。


【同化率70%到達。人格侵食も順調。乗っ取りまで後数日ってところかな】


 ズキン、と鈴夢の頭の中で声がする。

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