救援部隊④

 横浜衛士訓練校の制服を身にまとい、流れるような黒い長髪をたなびかせて走っている。

 彼女――――柊シノアは舌打ちをしながら呟いた。


「通信ができない」

「やはりお台場に出てきた特型が同じやつがいるのかもしれないな」

「これ、公園全体の地図かな? かなり傷んでいるけど、一応確認できそう」


 葉風が公園に設置されていたボロボロの地図を見る。そして突き刺さっている戦術機引き抜く。


「第1世代の戦術機。可変機能を持たぬ直接攻撃専用のモデル。管理番号は列車に積載されていたものも一致する。閑が持ち出した物と一緒で間違いない。お手本のような綺麗な消耗とイジェクターも正規の方法で外されている。となると」


 その言葉が頬を腫れさせた愛花が引き継いだ。


「予備の戦術機を理想的に消耗させているということはメインの戦術機を消耗させないように立ち回りしているということ。つまり健在である可能性が高い」

「本当ですか? 良かったぁ」


 真昼が安心したように言う。


「逃走予測地点にはあのトンネルを通る必要がありますが」

「ステルデストロイヤーがいるかもしれないと考えると危険ですね」

「崩落の危険がありますわ」

「けど、遠回りしている余裕もない」


 危険が待っている。しかし時間はかけられない。どうするべきか迷う。そんな中、パン! と手が合わせられる。


「皆さん、気を引き締めて行きましょう!」


 アイリスディーナ・クロノホルンが全員を引っ張るように言う。

 一方でラプラスは、別の視点から想定できる事象に対して表情を強ばらせていた。状況の展開が不自然なまでにスムーズ過ぎると。


(いくらなんでもおかし過ぎる。何もかも予想の通りに進んで………)


 ラプラスはここにきて上手く誘導されているような感覚を抱いていた。


(だけど、人間にこの世界でデストロイヤーの動きをコントロールできるとも思えない。別の可能性も………)

「ラプラスお姉様?」

「どうかしたんですの?」

「みんな、トンネルの方に行くって」


 阿頼耶と風間と葉風が、不審な行動をし始めたラプラスに問いかける。既に一ノ瀬隊とアイリスディーナはトンネル方向に向かいかけていた。

 ラプラスも、そちらに行こうとして、危険を察知した。近くにいた阿頼耶、風間、葉風を強引に引っ張りジャンプする。


 瞬間、一ノ瀬隊とラプラスを分断するように戦術機が回転しながら飛んできて周囲を吹き飛ばした。砂埃が舞い上がり視界が遮断される。そしてその中から、一ノ瀬隊とラプラス達の間に白い髪の衛士と薄紫色の衛士が立っていた。


「久しぶりね。お姉様」

「私は一ノ瀬隊の方と話してるわ」

「はい、お願いします。衣奈様」

「貴方は貴方の任務を遂行しなさい」

「当然です」


 そこにはラプラス世界の衣奈、つまり特務4とラプラス世界の白井夢結がいた。

 白い髪……あれはアサルトバーサークの最大発動時に起きる神宿りと呼ばれる現象だ。その状態でもシノアは理性を正しく備えている。


「貴方はラプラス様世界の柊シノアよね? 一体なんのつもり?」


 阿頼耶が警戒しながら問いかける。


「ラプラス……ああ、こちらの世界の真昼様と区別するためにラプラスと名乗られているんですね。理解しました。まずは自己紹介をしましょう。私はラプラス世界の柊シノア。夕立時雨様の命令を受けて、いち早くこちらの世界に転移しました。そこで衣奈様を見つけ、事情を話して協力体制を築き、貴方を探していました。ラプラス様」

「あの、それはいいんですけれど、わたくしたちも閑さんを探すために急いでいまして。お話はその後でよろしくて?」

「行方不明者の救命は衣奈様が主導で行うでしょう。私達は並行して、別の役目を果たさなければなりません。それに関して説明します」

「別の役目?」

「はい……ッ。ぐっ」


 赤い雨が降り始めた。

 それに触れた全員が、激しい頭痛に襲われる。

 ラプラスは考えながら、震える手を押さえつけた。体の感覚が無くなる。視界がジャックされ、肉体の触覚が変動する。思考が混乱する。


 震動に揺れる地面。それを起こしているのは、あの異形の化け物達なのだ。フラッシュバックするのは、戦場で見せつけられた衛士の死体。アーマンドコアのコクピットから無造作に体化がでていた、まるで誰かに助けを求めるように空へ向けられていた腕が忘れられない。ひしゃげて、血塗れて。


 記憶が混線する。関東の防衛戦でも、歩兵が潰される瞬間を見た。ナカもソトも無くなったぐしゃぐしゃの死体は、想像の中だけでも吐き気を喚起させられるほどのもので。

 自分ではない誰かが感じた感情が湧き上がる。


《私も、同じように死ぬ………逃げなければ間違いなく死ぬな。だが、それはあの人も同じだった。それでも逃げなかった。同じ立場に居る私も、生命をかけなければいけない。それでこそ釣り合いが取れるのだから》

《危険だからといって逃げる訳にはいかないのだ。最後まで戦う姿を思い出していた。戦術機の使用者保護機能を切ってまで戦う、我が身を省みない姿勢で。ずっと諦めなかった》

《ならば、自分だけがここで諦めるのは卑怯である。それだけは耐えられないと、必死で方法を探る》

《戦え》

《殺せ》

《潰せ》

《最後まで》

《仲間のために》

《命を捧げろ》

《守れ》

《仲間を》

《国を》

《愛する者の為に守れ》

《戦い続ける歓びを》

《自由と平和のために》

《戦う》

《戦え》

《最後まで》


 地面に蹲っていていた神宿りシノアは、戦術機を支えにして、ゆっくりと立ち上がる。酷い汗をかきながら、言葉を紡ぐ。


「……この雨がデストロイヤーに進化を促しました。そして、衛士の脳をハッキングするデストロイヤーわ生み出した。衛士同士を同士討ちさせる個体です」

「衛士の脳をハッキング!? 同士討ちだって!?」

「時雨様の指揮のもとハッキングされた衛士を解析し、逆ハッキングを仕掛けて行動を不能にしてそこを破壊しました。しかしラプラス様がいるこの世界は技術力が劣るから勝てない。全滅する。だから時雨様はラプラス様救出部隊を組織し、先行してデストロイヤーハッキングファイアウォール兵装を持った私が送り込まれました。後から対ハッキング兵装を装備した精鋭衛士部隊が送り込まれるでしょう」

「なるほど、事情は理解した」


 ラプラスは頷く。他の理解できず三人は呆然としているようだ。そもそもデストロイヤーが特殊能力を持っているのはG.E.H.E.N.Aに改造された個体が一般的で、対衛士殲滅用に独自進化するケースは確認が取れてるだけでエヴォルブ、ステルス、通信妨害、歌に引き寄せられる個体のみだ。


 数十年戦い続けてこれだけなのだ。デストロイヤーの進化は等級が上がるのが当たり前だ。そこに個体特有の能力を持つ事例は少ない。


 デストロイヤーの適応進化のスピードが早い。それはラプラスの世界特有のものだ。だからデストロイヤーが衛士の脳をハッキングするなんて考えもつかないのだ。


「じゃあ、私達は何を目的に一ノ瀬隊と分断されたの?」

「ラプラス様、私達はまず、通信を回復させて衛士の脳をハッキングするデストロイヤーが存在し、それを防ぐ手段があることをこの世界の人類に知らせる必要があります。なので、行方不明者の救助は衣奈様に、私は通信妨害デストロイヤーの破壊を行います」

「わかった。やろう」

「あのっ、ちょっ」


 風間が疑問を挟む為に口を開きかけた直後、轟音にかき消された。発生元はトンネルの入り口にある扉だった。大きな衝撃によりフレームが歪んでいると、ラプラスが視認して間もなく扉は悲鳴のような音を開けた。


 人間には耳障りな、金属が軋む音。数秒続いた後には扉だったものはその意味を無くされ、次に現れたのは黄色の体躯を持つ化物だった。



「異世界型デストロイヤー!? まさか!?」

「さっきの赤雨で新しく送り込まれたんでしょう。衣奈様があるから安心です。私達もはやく通信妨害デストロイヤーの破壊を!」


 空から漆黒の巨体が降ってくる。

 異世界ギガント級が三体。

 三人は戦術機を素早く取って戦闘態勢に入った。だが、続けて見た光景に目眩を覚えた。どしん、どしんという足音が間断なく聞こえてくる――――ミドル級が赤い雨を降らせる雲からわらわらと降ってきているのだ。


「なに、あれ」

「なんですの、これは」

「デストロイヤーの放逐……! まさかこの場所に現れるなんて!」

「みんな!! 生き残るよ!!」



 ラプラスは呆けている場合ではないと、戦術機を取ってすぐさまシューティングモードの戦術機のその引き金を引いた。人間ならば十分に殺せるだけの銃弾が、デストロイヤーの体に突き刺さる。だが、敵は止まらない。


 ラプラスは察すると同時に飛んだ。自分を貫かろうとする剛腕から間一髪の所で逃れると、今度は至近距離から叩き込んだ。

 それなりに威力の増した銃撃。しかしその結果を待たずに、また後方へ退いた。


「っ、やはり通じないか………!」


 デストロイヤーの進行の足音は変わらない。ならば、と僅かに開いている装甲の隙間の中を狙うが尽くが弾かれて終わる。そうして、このままではと思った所だった。ラプラスは黒の巨体と、黄色の敵の群れの中に、青いカプセルを被った個体を見た。


「ラージ級だと?!」


 光で焼き尽くす奔流を放つ怪物がいる。

 考えている暇もない。

 幸いにして一体だけだった。

 ラプラスはラージ級との間合いを測りながら、目下の最大脅威であるラージ級に銃口を向けた。

 頭部から胴体付近を狙った斉射。だが、その5割が外れて終わった。


(赤い雨のせいで照準が………っ)


 フラッシュバックするのは、フォローしきれずにラージ級の光線に貫かれて死ぬ衛士の姿。振り払うように、指に力を入れた。だが、仕留めるにはたらなかった。


 間合いが、詰まる。ラプラスはラージ級の頭がぴくりと動いたと同時に、横に飛んだ。

 まともに喰らえば肉が爆ぜて骨も燃え尽きる。ラプラスは死の羽音を耳に捉えながら、その一撃が已の横を過ぎていくことを感じ取った。


 受け身を取ると同時に回転し、戦術機を構える。先ほどより近い距離からの一斉射が、ラージ級の頭部に全て突き刺さった。


 気持ちの悪い肉の音と、穿たれる青いカプセルから流れる液体と白い頭部。ラプラスは自分が叫んでいることに気づいてはいなかった。

 永遠とも思える数秒のこと。ついには、ラージ級がその体を地面に伏せた。


 動く限りは人間を殺そうとする虐殺のラージ級である。ラプラスは倒したのか、と呆けていたが地面の震動が彼女の意識を現実に戻した。


 ギガント級から叩きつけ攻撃。先ほどよりも余裕のない、間一髪での回避行動。それはかろうじて成功しラプラスが居た空間を過ぎ去った。

 そして、その異世界型ギガント級の右足を神宿り夢結が切り飛ばした。飛び散るのは、青い液体。そして、更に阿頼耶が左足を吹き飛ばした。


 ガクン、と大きな巨体が前のめりに地面に倒れる。そしては、風間と葉風が戦術機をブレードモードで切り裂き、その傷口に全力で弾丸を叩き込んだ。

 横合いから二体目のギガント級の爪がラプラスに突き刺さる。


「ぐ―――っ?!」


 しかし、直ぐに離脱して、悲鳴を押し殺して、後ろに飛ぶ。直後、横から掻っ攫うようにしてふられた異世界型ギガント級の左腕が空振りに終わった。

 ラプラスは後ろに飛び退った勢いのまま受け身を取り、後転して間合いを空ける。立ち上がると同時に、引き金を引きながら2、3歩ほど後退する。そしてラプラスは、背中に当たる固いものに対して舌打ちをした。


 後ろは自然公園の崖壁で、破壊は不可能。そしてラージ級とギガント級を一体づつ倒したものの、ミドル級やスモール級の群れは健在であった。


 ラプラス、風間、葉風、神宿りシノア。


 ラプラスは必死に考えながらに撃ち続ける。だが、迫りくる脅威に対しては何の意味もない。コンマにして数秒、その歩みを遅らせることができるだけ。そして、残弾は無限ではあり得ないのだ。

 マズルフラッシュが途切れる。一歩、そして一歩。震動が足元に。ラプラスは戦術機をシューティングモードからブレードモードに。

 思い出したかのように、横腹に空いた傷跡が痛みを訴えてくる。同時に想起するのは、胸の痛みだった。


「ぐッ」

「頭が、痛い」

「タイミングが悪すぎる。どうして、このタイミングで、こんな敵が」

「し、死にたくない」


 逃げる道はある。だが、それも不可能に近い。生き残るには駆け抜けるしかありえず、それはラプラス一人しか生き残れないだろう。それだって、横腹に攻撃を受けてバランスを崩してしまえばそこで終わる。

 曲芸のような真似が必要とされるのだ。そして先ほどまでとは違い、側転も後転もできないのだ。ほぼ間違いなく、死ぬ。そう思った時に浮かんだのは、失ってきた人たちであった。


守れなかったものはなんであろうか。問われて即座に答えきれないほど。だが思い返す光景があった。それはかつての同期達であり、自分が死ぬまで戦う尖兵に仕立て上げた死者達、そして世界を救うために踏み台にしてきた外道を含めたすべての人間がラプラスの脳裏に過る。


 自分が選択したのだ。人を殺した。間接的にも、直接的にも、人を操り、ねじ伏せ、扇動し、戦わせた。

 当然のことなのだ。おめおめと生き延びていたのが、おかしかった。こうして死ぬことこそが。そうすれば、何にも悩まされずに済む。ラプラスは目眩の中で、弱い自分が何事かを囁いてくるような錯覚に溺れていた。


(これが――――絶望か)


 人を殺す病であるという。戦場によく現れるらしい。人づてに聞いたそれが、今こうして自分に襲いかかって来ている。

 ラプラスは、それを認識した。地面を踏み砕いて進む音が、絶望の具現を確信させてくれる。


 ここで終わりなのだ。後は残された者たちが上手くやってくれるだろう。だから、これでもう楽に――――そう思った途端に、ラプラスは叫んだ。

 その声に自覚はない。だが、実物として大声は大気を震わせていた。


 戦術機のブレードを両手に持った。そうしてラプラスは心のどこかから浮き上がってきた弱い自分を振り払うように、構えを取った。奥には山をも凌ぐ巨躯を持つギガント級の姿が見える。だが、ラプラスの口が閉ざされることはなかった。


「私は――――まだ、生きている」


 言い訳をしている暇があるのか。その答えは否であった。助けて、という言葉に意味はあるのか。問うまでもなかった。死ぬしれないという現実。だけど、誰が不可能だと決めたのだ。泣いている余裕など、どこにあるのか。


 不可能があることは知っている。ラプラスはそう呟いた。だがずっと前から、そしてここ数ヶ月の中でも自分は見てきた光景があると、無言のまま歯を食いしばった。


 ――――決して諦めない人間の姿があった。

 弱音を塞ぐように食いしばり、自分の身をも危険に晒しながら、叫ぶように戦っている衛士の姿があった。

 知らない内に摩耗してた心の何かが胸の中にある灯り。


 夢。公人として目指すべき義務ではない、自分自身が目指したいと思う遠い場所のこと。

 

 ラプラスはそれを言葉にしないまま、前傾の姿勢を取った。形にならない思いがある。それを、失ってはいけないと考えたから。


 ギガント級は大きくて、強い。

 赤い雨で弱体化しているラプラス達にとってはとても大きい障害の壁に見えた。

 掴まれればそれで終わりで、懐に飛び込んだとして踏み潰されれば肉片にされる。勝ち目はないだろう。だが、それは死んでもいいという言葉に繋げてはいけないのだ。



 乱れた呼吸を自覚しながらも、足に力を入れる。そうして、通じないと理解しながらも認めないことを決めた。


 決意と共に、視界が晴れたような気分になる。ラプラスは世界が変わったような感覚のままに、叫んだ。 


「――――かかってこい、化物ども!」


 その言葉に反応したのかは分からない。

 胸が熱くなる。

 力が湧いてくる。

 魔力が四人を包み込んで、傷と疲労を消滅させる。そして衛士達に悪鬼羅刹を討ち滅ぼす力を与える。

 現実のものとして、直後に現れたのは、圧倒的な暴力だ。肉断つ音と穿ち抉る刃と砲弾が乱舞する。それは、蹂躙だった。


 ラプラスが。

 神宿りシノアが。

 阿頼耶が。

 風間が。

 葉風が。

 全力で抗った。

 何が起きたかは分からない、だが確実に目の前の脅威を排除した。


「流石、お姉様」

「そのお姉様って、貴方ラプラスお姉様の姉妹契約なの?」

「そうよ、私だけのお姉様」

「今は、そうかもね」

「その首、飛ばすわよ」

「できるか、やってみる?」


 ジャキン! と神宿りシノアと阿頼耶は銃口を向け合う。


「お二人共! 何しておりますの!?」

「世界は違うけど同じ仲間だよ!」

「……私のお姉様だから」

「では、ラプラス様の隣は私がいただくわ」

「減らず口を」


 ラプラスはその様子を見て言った。


「……内輪揉めは私が最も嫌いだって言ってなかったかな。次それやったら殴り飛ばすから」


 それは絶対零度を感じさせる冷たい言葉だった。

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