変わりゆく世界②


 世界レベルで進化デストロイヤーに対抗する為に再教育が行われている間、一定水準の戦力が認められた衛士は前線で戦っていた。


 それは一ノ瀬真昼も例外ではなかった。


 取り付けられた部品の溶接部が破断するのと、地面に着地するのは同時だった。目の前にはミドル級がいくらかと、ミディアム級の大群。四人はそれを無視し、短距離の跳躍でそれらを置き去りにした。



 つい先程まで前面に“纏っていた”ミドル級が地面に落ちて、後ろに消えていくのを見届けないままに、すぐ体を前へと走らせた。



 機体は先頭の一人は真昼で、残りの三人がアールヴヘイムだ。今でも珍しい特務隊小隊だった。全員が特別性のパワーアシストアタッチメントを纏っている。本当はもう一人いた――――が、残りの補充要員は少し後方で、煙を上げている真っ最中だ。前から貫かれ、後ろの燃料に引火したためだ。



 だが残りの四人は、かつての僚機の最後を完全に無視したまま、突撃役としての役割を果たさんとジャンプを行った。



 先ほどまでとは異なって、腕の許す限り低く地面に触れそうなほどの高さで滑空しながら、迫り来るミドル級とミディアム級の間に出来ているスペースをすり抜けていった。


 機動で躱せるものは全く相手にしない。そもそも進路上にいないものなど、存在しないかのように放って後ろに置き去りにするだけ。しかし、邪魔になる障害には容赦せず。滑空しながらの射撃で、紫の柘榴の花を咲かせていく。何よりも早く、前に進むために。ただ距離を進むことを優先して、四人は進み続けた。


 援護してくれる味方機などいない。周囲には360°敵だらけで、彼らが現在いるポイントより3km内に味方の緑のマーカーはない。


 

 文字通りの孤立無援。そんな極まった敵地の真っ只中で、ラージ級吶喊の先鋒を担わされた衛士は。四人の中でも機体の傷が特にパワーアシストアタッチメントを駆りながら、最善のルートを見出して後方の2機を誘導し、確実に前に進む。


 曰く―――初太刀に全てを。

 己が繰り出す一ひとつの太刀を疑うな。

 担ぐように構えた剣に己の全身を、全霊を込めよ。二の太刀など要らず、ましてや外した後の事など考えるな。ただ腹の底に宿る己の全てを剣に、声と共に引き絞るように前に吐き出せ。小細工は一切にして無用。


 乾坤の絶叫を相手に叩きつけながら、正面より走る勢いのまま全力で叩き斬ることこそが極意であり、それこそが剣の真実であると考えた者達が存在した。


 そんなに簡単にいくはずがないと、侮るものは全て骸になったという。単純しかし文字通り、五体一心の全てがこめられたその一撃は強力にして無比。受けに回れば剣ごと頭を割られる。逆に力でもって押し返しても、全霊がこめられた一撃を小手先の技術で捌けようはずがない。後の先を取るのも困難だ。走って来るが故に間合いが掴みにくく、また裂帛の気合が込められた猿叫の一撃は距離感をも狂わせる。常人には出せない発想であり。


(―――それでも、狂っている場所にはよく馴染むんだろうね)


 適材適所。同時に、思った。狂気の剣の理。正しく、このラージ級吶喊と同じ理屈であると。


(ただ前に。前に押し通り、突き抜けて斬って伏せて駆け抜ける)


 後ろなど見るな、それこそが最良。それだけが最善であった。あるいは迷う意志など見せれば、容易く絡め取られ飛ばされる。だからこそ、後のことなど考えずに前へ、虫のような物量を誇るデストロイヤー群の中をかきわけ、留まらずに駆け抜けるのだ。


 それこそが、吶喊における最善の方策とされている。そしてその解の正当さを、梨璃達は実地で学び理解していた。止まればそこが終着点。

 デッド・エンド。

 戦力比が1:100を越える状況、密集したデストロイヤーの中で止まり機動力を殺された衛士のその後など、推して知るべしである。



 まず間違いなく、よってたかって平らになるまで叩き潰されるだろう。事実、先ほど味方の一機は戸惑った挙句にミドル級に落とされた。断末魔は聞こえなかったが、きっと骨すらも残っていないだろう。そして、後退に関しても同じでやってはいけないことだ。一度突っ込んだのに帰ろうなどと、考えることすらも許されない。一度勢いが殺されれば、そのまま突撃部隊の勢いは失われてしまう。



 一旦退いて再度突撃、というのも出来れば避けるべきことだった。何より、時間がかかってしまうのである。そしてそれは、陽動役の味方の損害が増大することを意味していた。


(時間がかかれば、それだけ人が死ぬ。それは駄目だ。特に此処この時においては許されない)



 自分たちの力だけでこの吶喊が成功しているなどとは、考えてもいない。開けている戦場でのラージ級吶喊というものは主として、二つの役割に分けられていた。一つは直接ラージ級の元に突っ込んでいくこと。もう一つが、群れの前方にいるミドル級やミディアム級を陽動する役割である。突撃を任されるのは例外なくエース級の手練が集まる部隊とされている。


 何よりも腕がなければ突破が不可能で、そして突破したといえどもそのラージ級の脅威に眼前から曝される。だから技量と、度胸がなければ役割を果たすことは不可能なのである。しかし、その両方を兼ね揃えているエースといえどもデストロイヤーの群れに正面から突っ込んでその厚い数を抜くのは不可能だ。



 デストロイヤーのいくらかを引きつけ、その密度を薄めてくれる役割がいなければ、壁にぶつかって潰れるトマトと同じ末路を辿ることになる。だから囮役を。幸いにして、ラージ級は数が揃っている所に照射を優先させるという習性がある。


 優先順位として、まず第一は航空兵力だが、次に注視するのは近場の衛士で。そして次に、数の多い大部隊を狙ってくる。故に近接していないのであれば、遠方での陽動が可能なのである。


 近場に至ればもちろん狙われてしまうが、それまでは数を揃えた部隊の方で注意を引くことができるのだ。多くの数を受持ち、レーザーの脅威も受け持つ。危険な役割であることには変わりなく、時間と共に損害は増えていくのである。


 承認を得ずに巻き込んだ、3軍機甲部隊は良い陽動役になってくれた。

 しかし、だからこそ失敗はできない。予めの被害を黙認した突撃役は、斬り込みを担う自分たちは全力で前へ進まなければならないのだ。そう、梨璃は考えていた。それは義務であると言える。何よりもこれ以上被害が増えないために努めるのは、戦場に立つ衛士としての責務だった。



 だから、銃身より飛び出る弾丸のように。突破できるルートを見出したからには、後は覚悟して最速で突っ込むしかないのである。


 二の太刀は不要というよりは、不可能なのである。

 一つの太刀である最善の部隊、それがやられた後に出撃などと、どう考えても時間がかかり過ぎてしまうことは明白だった。また次善として出される部隊としても、最善の部隊がやられればどうしても怖気づいてしまうことは避けられない。



 成功率が低下することは間違いなく、故に一度目の斬撃は必殺でなければいけないのだ。でなければ真剣での立ち会いと同じで、後は斬られるだけ。つまりは、被害が甚大なものになってしまう。


 


――――故に、だからこそ。


 


 鉄として叫ぶ。衛士に、鋼になった己の全てを。戦場で培った技術も経験も余さず、引き絞って力に、推進力に変化させた。難しい作業ではない、この状況でそんなことに意味はない。ただ低空の大気を高速で駆けて邪魔者がいれば斬って、斬りながらも進んで、邪魔になる障害があるならば重金属の弾頭で挽肉にして、それを“必要である以上に早く”やってのけるだけのこと。


 


 そして、結果から言えばこの四人の勢いを止められるようなデストロイヤーは、いなかった。

 ラプラスの英雄と呼ばれた世界最高峰の衛士に並び立つ味方部隊は、歴戦といえるだけの経験が加算された化物と準ずる腕をもつ三人だった。



―――衛士を鉄の剣としよう。そしてその強度は、技量と覚悟によって決まる。そして強靭な剣となった衛士は、この程度で折れなかった。


 そうして剣は、一心不乱に斬り抜けることだけを考えて突き進んだ。突如にして戦場に現れた四振りの剣は、そのまま異形の化け物の海を泳ぐようにして突き進み、やがては、その黒く蠢く雲海を突き抜けた。


 密度が目に見えて薄くなった。そして前方で発見した“それ”を前に、歯をむき出しにして叫んだ。


 


『ラージ級を肉眼で確認した! 到着したよ! 三人とも!』


 


 やや興奮が混じった声。それもそのはず、投影された映像には、眼がとても大きい小ぶりの化物の姿が映し出されていたのだ。その呼びかけに、真っ先に反応したのは衣奈だった。


 


『こっちでも確認した―――って言われなくても分かってんよぉ!』


 


 声には、傍目にも分かるほどの反発心と、そして隠し切れない興奮の色が含まれていた。まるでお宝を見つけた海賊のようである。そして止める間もないほど早く、突進した衣奈を、追うように機体を走らせるものがいた。


 


『天葉ちゃん!』

『フォローするしかないね。それに時間がない!』

『皆さん、あの、後ろの、特に国連軍の動きが………』


 見れば、西側の戦力が目に見えて薄くなっていた。


『っっもう! 国連は何考えてるの!? って………言ってる場合じゃないか』

『どうする?』

『さっさと殺って帰投する。後ろが全滅すれば、私達も終わりだよ』


 なにより、死ぬ思いをした意味と味方を失った意味が無くなるかもしれんと、怒気を含んだ声が返された。そんな戦友の返答に、梨璃は一瞬だけ言葉につまった。しかし時間がないからと即座に頷いた後、レーダーと投影された映像に一瞬だけ眼を走らせた。時間にして数秒。それだけで敵の位置を確認した武は、いけるだろうとの結論を出した。


『レーザー照射、2秒後!』

『っ、早速か!』


 樟美のスキルによって予見した未来を全員に伝える。あるいは、ラージ級が自身の危機を察知したかのようだった。レーザー照射を報せる警報が、四人のヘッドギアを染め上げる。けたたましく鳴り続けるブザーの音。死の危機に曝された四人の体、その視界の内部に赤い光と警報音が乱舞していた。



 普通の衛士ならばまず、動揺しないまでも冷や汗を流すだろう。しかしこの状況でも、残る四人は冷静さを欠片も失わなかった。ラージ級のレーザー照射は軽いのも重いのも同じで、一度照射を受けたが最後、決して外されることはない。高速での移動が可能な航空機が幾度ためしても無駄だったほどだ。左右に逃れようと、ラージ級の照射の追尾は振り切れない。


 そして現状の衛士の纏う防御結界とパワーアシストアタッチメントで、ラージ級のレーザーの直撃に耐え切ることはできない。


 例外は二つだけ。味方へのレーザー誤射をしないという特性を利用して同じヒュージの影に隠れるか、あるいは味方がそのラージ級を倒すのを待つかだ。しかし、更なる例外がある。それを知っているからこそ、四人は冷静なのだ。


 ―――照射は外せない、それは音速を超過する航空機とて同じだ。純粋な飛行速度では航空機に劣るリリィの場合など、言うまでもない。しかし、それは距離が離れていた場合の話である。


 ラージ級と自機、彼我の距離は近く――――故に体の位置の変位と、射角のズレは数十km離れている場合と比較にならない。いくらラージ級とて、“人間を上回る速度で首を振ることはできない”のだ。


 先頭にいる衣奈が叫んだ。


『この距離なら私を捕まえられないでしょう!!』


 自信満々に叫び、そして高速で左右に移動する。後続の三人も同様にしてレーザーの照射が外れ、そして。


『まずは一つ!!』

『前菜から平らげるよ!』

『いきなりお肉は胃がもたれますからね! 天葉お姉様!』 


 守役を全て抜かれたラージ級が、肉塊となって地面に散らかされていった。それまでの鬱憤を晴らすかのように、四人は撃って撃って撃ち抜いて撃ち貫いた。この時のために温存していた弾丸を、贅沢にそのラージ級の大きな身体に叩きつけていった。



 周囲にいるデストロイヤーも黙っているはずがない。護衛役のミドル級やミディアム級、はてはギガント級がラージ級を守ろうと集まってくる。だが、それは全くの逆効果となった。


 後ろに控えているこのポイントだが、ラージ級がいるからして、その他のデストロイヤーの密度はそう濃くはない。前方で踏ん張っている3軍の戦力がある以上、そちらに数が割かれているのは事実で、故に密集するといってもたかが知れていた。


 そして四人はそれを逆手に取った。苦境ではなく、“隠れる場所が増えるだけ”と判断。

 ―――移動しながらの、ラージ級の蹂躙は終わらなかった。


 そしてようやく近場のラージ級が片付けられた後だった。吶喊している部隊ではない、後方に待機している同じ隊の隊長機へと、梨璃から通信が飛んだ。


『こちらラプラス1よりアールヴヘイムへ、聞こえますか』 

『……聞こえてます、辿りつきましたか―――って速いですね! もう始まってるのか、って通信の内容なんだ。もしかして早速“あれ”が必要ですか』

『はい、今ちょうど必要になった所です。まだギガント級が片付いていないんで、高度はそれなりでお願いします』

『軽いのだけか………いや、分かった―――よし、おまえら、飛べ……!』


 


 隊長機から、同じく後方に待機しているアールヴヘイムへと命令が下され、まもなく空に光線の直線が束で描かれた。目視できるほどに収束された超高温の熱線が、何かに直撃し、同時に通信が乱れる。


 その後、また味方機から声が入ってきた。


 


『っ、こちらアールヴヘイムって装甲盾に問題な―――って、わわわわ1枚しか残ってないよぉ!』

『高く飛びすぎよ、馬鹿。装甲盾の温度も上がってるし貴方もう下がりなさい――――で、前衛さん、位置の確認はできたかしら?』


 ラージ級の発射元を。その問いに、問題なしの声が返された。四人が動き始める。



『大体の所は。位置は、重いのと軽いので分かれてるようです』

『こちらも確認しました。ギガントは北側に、ラージは西側に集中しています』


 北にギガント級、西にラージ級。どうすればよいか、くすみは問うた。現状、自分たちの小隊は半島の中心よりやや西側にずれた位置にいる。ここならば横浜衛士訓練校が受け持っているので問題はない。既に報告も行っているらしい、どうとでもなるだろう。



 だが西側は防衛隊や他の衛士訓練校が受け持っている領域だ。その上でどうすればいいか、という方針の決定の指示を仰いだくすみに、天葉は笑うように話しかけた。


『くすみ、訓示は覚えている?』

『―――1つから全てを学べ。そして死を思え』

『その通り。つまりは――――北へ』

『他所の領域を侵害するなかれ、か。統一東京防衛構想はどこへいったのやら』

『その東京が壊滅して、衛士訓練校難民が周囲に散ってるからね。無用な軋轢に巻き込まれないようにしないと』

『面倒ですね』

『本当にね〜』

 


 死から学ばされた―――だから、北へ。重い言葉を受け取った四人は、その指示通りに北へと抜けていった。デストロイヤーの密度も、前線付近とは違い散らばっている。


 ラインで止められているのであれば、その場所よりやや後方は進路につまり面積当たりのデストロイヤー総数、つまり密度は上がる。そこが一番の難関で、スペースが極端に少ない場所だ。そこを抜けたのであれば、後は技量次第でどうとでもなる場所。


 そして四人はいよいよもって勢いが強まっていた。障害物があろうとも関係がないとばかりに、巡航速度いっぱいに北上していく。技量も覚悟も定まっている、鋼となった四人は止まらない。今までに鍛えた心体を引き絞り、一筋の弾丸の如くデストロイヤーの群れの隙間をかきわけていく。


 かつて石ころであった新兵より戦場を重ねて鉄になった衛士として、鉄である己に内包する全てを武器にして、吼えるように進んでいった。対するデストロイヤーも、数だけはあるが突出して優秀な個体というものが存在しない。数打ちとして質は揃えられ総数も大したものだが、それだけだ。一度同数でぶつかり合えば、数打のナマクラが折られるように。


 夕立時雨地球統一防衛総司令官が提案した衛士の再教育中である現状、場を繋ぐ実践レベルでの衛士としてはトップレベルの玉鋼と言って差し支えない四人を止められるものはいなかった。そして切り抜けた四人が、群れの北端にたどり着くのは時間の問題で。

 その問題が結果に移りきった直後に、また通信が入った。


『発見した、1時の方角だ! 距離2000――ギガント級だ! 周りをミドルに囲まれてるが、いけそう? 二人とも!』


 前にいる、真昼からの確認の言葉に。対する二人は、誰に言っているとの嘲笑で返した。


『ここまで来れれば楽勝よ。何いってんの』

『こっちもだ、魔力は余りに余ってる。あの程度の数なら全部、平らげられる』

『私も平気です、真昼様』

 

 問題はないと、強がりではなく事実を語るように言い返された言葉。そして言葉の通り、ギガント級の全てが倒されたのはその10分後だった。

 直後に、殲滅を報せる通信が飛んだ。



『こちらアールヴヘイム1、レーザーは土に還った。繰り返す――――』


 同時に、衣奈から撃ち上げられた曳光焼夷弾が空を光らせる。弾は3発、予め決めていた成功を報せる合図だ。後は、砲撃を要請するだけである。砲撃を撃ち落とすラージ種やギガント級もほとんどがいなくなった今、砲撃は特別有効な戦術に成りうるだろう。西にはラージ級が残っているようだが、それも僅かだ。


 砲撃のポイントも、確認していた。真昼達は自分たちのいる北方とは違う、中央にいるデストロイヤー群を徹底的に叩くと聞かされていた。後続の数を減らした後、防衛軍が合流。

 士気が向上するはずのそこで、一気に殲滅するという段取りなのだが――――


『………震動?』



―――異変に、最初に気付いたのは残弾を確認していたくすみだった。

 充血した眼球に、驚きの成分が含まれていく。


『………離れた場所、だけどこれは………なんだ、砲撃はまだ始まってないよね』


 次に、真昼と天葉、衣奈がその地面の揺れ方に気づいた。


『――――まずい』


 戦争において、地面は揺らされるもの。砲撃が着弾する度にその衝撃は伝搬される。デストロイヤーが大規模で移動する時もそうだ。ことデストロイヤーとの戦闘において、地面が揺れるのはそう珍しくない。しかし、“発生源”によって、その結論は著しく異なってしまう。



『間違いない――――震源は地中だ!』

『ま、さか…………』


 真昼と同じく震源を悟った衣奈は。蒼白になった。



(ここで“アストラ”が出る、だって――――嘘だろ、そんな事になっちまえば!?)


 


 推測するまでもない、確実に全滅する。そんな最悪の事態を想定しながらも眼を閉じた真昼は、震動の大きさを注意深く観察する。

 そして、首を横に振った。


 


『ち、がう。この揺れ方は“アストラ”じゃないけど………でも、クソ!』

『反応が増えたのは………8時の方向、位置は――――!?』


 


 地中からの奇襲、そのデストロイヤーが何処に現れたのか。判明するのと、砲撃が開始されたのは全くの同時であった。

 

 


「危険地帯警報の警戒レベルが下がっただと!? 馬鹿な、計器の故障ではないのか!」



 西側沿岸、艦隊の中央。統一地球防衛軍の司令部で、あるCP将校が怒声を浴びせられていた。突如の起こったという、あり得ない報告を聞かされたからだ。再度の確認と共に、事実であれば原因を究明しろとまた怒声が飛んだ。前線においては、25分前は第一種光線照射危険地帯であった。


 これはラージ級が該当戦域に出現しており、即時照射を受ける被害が発生している場合のものだ。それが先ほど偵察衛星より入った情報によると、第五種にまで下がっている。



「たった25分だぞ!? その間にギガント級が全滅したというのか………? いや、ラージ級吶喊を行った部隊はいないはずだ!」


 だから、あり得ないと。そう結論付けたのだが―――それが間違いではないことが、再度確認されたデータより判明する。直後に、警戒レベルが下がることになった原因を報せる情報が入った。

 情報元は、友軍―――横浜衛士訓練校・特務部隊。


 内容は、特務がラージ級吶喊を敢行、それを成功させたとのこと。通信を聞いた国連軍の司令官の中将は映像の向こうに映る相手を。淡々と説明を続ける、横浜衛士訓練校の今作戦の最高指揮官である者を睨みつけた。


『貴様………ラージ級吶喊、しかもあの横浜衛士訓練校によるものだと? そのような作戦を承認した覚えはないぞ!』

『有事における緊急措置でしてな。実際、確認を取っていれば間に合わなかったでしょうから』

『だから仕方なかった、とでも言うつもりか! 事後承諾でこちらが納得するとでも思ったか!? 貴様はこの作戦を何だと思っている!?』

『撤退作戦ですよ。横浜衛士訓練校戦線と統一防衛軍で協力し合い、戦士たちを死地より帰還させる。そのために最善の指揮を取るのは指揮官の義務でしょう。事実、指揮系統の混乱は起きていません。逆に前線の衛士を含めた防衛軍達は、士気が上がっているようですが?』

『それは結果論に過ぎん! 共に戦っている友軍に報せず、勝手に判断をして上手く言ったから問題がないだと? 貴様ら、防衛軍………っ、一体何のための共同作戦か理解しているのか! 若造!』

『その通り、自分は若造です』

『それが無断を許す理由にはならんこと、まだ分からんか。ふん、無能を自分で証明する………流石は未開の野蛮人だ。ネストを一つ落とした程度で、こうも粋がれるか。どうであれ、この事は問題にするぞ。貴様の責任は追求させてもらう』

『どうぞ、お好きに』


 それでは、砲撃を開始しますと。

 それが肉声になる直前――――警報の音が、司令部の艦橋を支配した。



『デストロイヤーの、地中侵攻――――奇襲です!』


 続く言葉は、悲鳴のようだった。


『位置は………此処より3時の方向、距離は――――そんな!?』


 報告が成されてから、現実の状況が認識された後。

 防衛軍の司令部は、未曾有の混乱に陥った。



 突如に現れた奇襲。砲撃により数が減ったヒュージ。ラージ級により砲撃がいくらか撃ち落されたが、それも僅かであった。そしてどうやら、先にレーザーを撃ったラージ級も砲撃に巻き込まれたらしい。今では、ラージ級の数も残り僅かといった所であろう。そこまでは四人共理解していた横浜衛士訓練校戦線と統一地球防衛軍が張っている前線は持ちこたえられであろうことも。


 しかし、防衛軍司令部付近に展開している奴らはその勢いを落としていない。防衛軍の衛士とレギオンも、北のデストロイヤーと地中から生え出た後に北上しているデストロイヤーに挟み撃ちにされていた。


 今もデストロイヤーの群れから外れた北にいる真昼達だが、あまりの状況の変化に閉口せざるを得なくなっていた。自分たちが状況を一転させたかと思うと、そこから二転して三転したのだ。具体的に言えば、ラージ級をぶっ倒して砲撃が絶好調に効いたのに、防衛軍司令部は火の海になる直前。



 ようやく周囲のデストロイヤーを片づけ、一時的に距離を取った四人は、そこでどうするか作戦を練った。



『………どうする? 後続レギオンが待機してた場所、ものの見事にドンピシャだよこれ』


 後方に待機していた、アールヴヘイムを含めた防衛隊とレギオン。彼らが居たポイントと、ヒュージが地中より現れた場所は嘘みたいに近かったのである。生死の確認をしようにも、通信もつながらない。


 

『……駄目だね、砲撃の影響かな? 全機応答無しだ、どうなったのか全く分からない』


 電波が乱れて、通信が出来ない状況になっているのか。あるいは、デストロイヤーに殺されたのか。もしくは妨害電波を発する新種のデストロイヤーが現れたのか。

 事態が判明しない状況に陥っている。撤退用の経路もどうなったのか分からない。一応は方針を決められる立場にいる天葉も、その判断に迷っていた。


 

 その横で、真昼もじっと黙り込んでいた。好機をものにした直後に、五里霧中の苦境に放り込まれたのだ。どこに出口があるのかも分からない状況で、向かう先はどの方角にするべきか。映っているレーダーを睨みつつ、何をするにも時間が足りないことを念頭において、方針を決めるべく思考を走らせていて―――――そこに、声が聞こえた。


『嘘、こんなことって』

『どうしたの、くすみ?』

『新種です。新種のデストロイヤーです!! 天葉お姉様!! 遠距離通信のジャミングタイプに、ステルスタイプ、更にメガフロート……超大型デストロイヤーが、現れる未来が!! こんなの、勝てるわけない』


 スキルによる未来予知によって見た最も可用性が高い未来の報告が、くすみの悲鳴混じりの口から上げられた。

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