異常事態・解決


「異世界の秦祀の正体は一ノ瀬真昼だ。正確には秦祀が一ノ瀬真昼の因果取り込み変質し、生み出されたもう一人の一ノ瀬真昼だ。いうなれば彼女は一ノ瀬真昼……いや、正確にはラプラスへの自己批判精神だ。無論、自己批判精神だけで出来上がってる訳じゃない。土台には祀が、装飾には真昼が使われている。しかし真昼が特異だったのは己を攻撃する性質を持っていたということだ」


 それが今まで起こった事を時雨に話した率直な意見だった。


「横浜衛士訓練校に入学こっち、ズルをしていると自覚があった、悪い夕立時雨を同情心で助けてしまった。その報いを受けたかった。天音天葉と友情を築いた。しかし優しい彼女の友人である資格があるのかずっと悩んでいた。戦場で多くの衛士を救った。そしてラプラスの英雄にまで呼ばれるようになったけどそれがどうしても弱みにつけこんだと考えてしまう。衣奈を尊敬する、あんな真っ直ぐに生きれないことがコンプレックスだ。防衛隊を助けたけど助けたかったのは一部だけでかなかった。夕立時雨で暴走してしまった。周囲を巻き飲んだ間接的な自殺に散らせた命に申し訳がたたない。夕立時雨はとなし崩し的に復活してしまったけど、それは本当の許されることなのだろうか」


 時雨は淡々と読み上げるように言っていく。


「そもそもラプラスの力を使いこなすって卑怯じゃないのか? それに報いがあるべきじゃないのか? そういった自身に対する批判精神が余すことなく発露した精神体が秦祀である。うん、証拠はない。全ては推測に過ぎない。だけどわかっていることだろう? 彼女はあまりに君に似ていた。謂わばもう一人の自分だ。自己批判精神から来るものなんだからそりゃあ似ているとも」


 時雨は優雅な動作でティーカップを机に置く。


「以上が率直な感想と評価だ。真昼の話聞いた身としてはそういう印象を受けた」

「なるほど」

「力が強いってのは、ただそれだけのことで周囲に影響と悪影響を与えてしまうものさ。そこには責任なんて伴わない。今回の件は気にせず忘れると良い」

「……この世界は、私のいた世界なんでしょうか?」

「さぁ、今回の件は様々な世界がラプラスを中心に交錯している。人間関係は勿論、世界情勢も変わっていると見て良いだろう。しかし君はこの世界で生きなければならない。違和感や差異を受け入れなければならない。でなければ、真昼はきっと、壊れてしまうだろうね」


 時雨は立ち上がって、真昼の頭を優しく撫でる。


「大丈夫。ボクが全てなんとかする。だからボクに全て委ねてくれ。君に寄り添い、支えると誓う。大丈夫、大丈夫」


 優しく頭を撫でられているうちに梨璃は段々と眠くなって、時雨に体を預けるのだった。



 睡眠薬入りのティーカップを片づけながら、夕立時雨は思考を巡らせる。

 真昼から話を聞いた一件、時雨は当然のごとく知っていた。何故ならば彼女もラプラスに覚醒していたからだ。ならば当然、並行世界の秦祀の収集対象であり、同じ世界にいるなら同じ時間、同じタイミングであの世界に呼ばれていた。


 そして真昼との対決を敢えて傍観し、彼女は己の目的のために行動していた。己の目的、それは真昼の記憶操作である。


 真昼に記憶の欠落が多かったのは、祀との接触やラプラスによる副作用などではなく、ユーザーザインによる記憶操作で、並行世界の秦祀を含めた全員を都合の良いように記憶を書き換え、尚且つ彼女と真昼が対決するように違和感を残していた。


 そして目論見通り、真昼は違和感から秦祀と対決し勝利した。感慨はない。私の真昼が負けることなどあり得ないのだから。


 最後は真昼が秦祀を倒す直後に、参戦。

 真昼を気絶させ、秦祀にとどめを指すのとを同時に彼女の持つ大量の因果とラプラスの力を奪い取った。簒奪したのだ。

 一ノ瀬真昼はそれに気付かず、自身が祀を倒した事で元に世界に戻ったと思うようにしてある。そして疲労困憊の真昼をあたかも何も知らないふりをして介抱して、睡眠薬で眠らせた。


「さて、始めようか」


 真昼は優しい子だ。だから汚れ役を引き受けるのは似合わない。だけど都合が良い。状態が良いともいう。だから世界は彼女に重荷を背負わせた。ラプラスの英雄という偶像を彼女に求めた。全人類が彼女に期待を寄せている。そんな期待、捨ててしまえ。


 まず初めに夕立時雨は世界の状況を把握する。総人口は五億人ほどで、デストロイヤーという外敵に襲われている。

 戦うのは衛士と呼ばれる少女が人口の二割ほどで、三割は防衛隊に所属している。残りは民間人だが、誰もが戦いの為の工程に仕事を置いている。


 G.E.H.E.N.Aの大粛清から数ヶ月、人類は真昼の目標の一つであった人類の総力戦となっていた。


 生まれる子供は国連が厳しく管理して女は衛士として育てることが義務付けられるようになった。

 訓練校という最低限の人権は保証されながらも、少女は衛士という一つの戦闘単位として運用される。


 夕立時雨と一ノ瀬真昼の残したラプラスレポートから最低のリスクで、最高のパフォーマンスを発揮できる英才教育が施されていた。

 また数ある戦術機開発会社も統合され、激しい勢力争い末に企業連の中の社が全ての技術と人員を確保することになった。


 また旧G.E.H.E.N.A残党と呼ばれるマッドサイエンティストとテロリストを合わせた集団は地下へと潜り、転覆の時を待っている。


 G.E.H.E.N.Aのデストロイヤー関連に付随する生体技術と戦術機開発会社の戦術機に付随する機械と魔導技術を手に入れたクレスト社は第4世代戦術機の規格量産と強化衛士の安定性と性能上昇、そして人造衛士のスペックの底上げに力を注いでいた。


 人類は団結している。

 人類を脅かすのはデストロイヤーのみ。

 人類とデストロイヤーという二つの勢力図に世界は塗り替わっていた。


 では戦局はどうなのか?

 これについては拮抗しているといったところだろう。デストロイヤーはネストと呼ばれる巣で根を張り、ワープゲートを通って戦力を送り込んでくる。それを防ぐ為の装置もあるが、それを設置するには多大な時間を必要とする為、安易に設置できず、しかしデストロイヤーも面制圧した後の支配地域の管理はせずそのまま移動してしまうので、一種の緩衝地域のような空白地帯が生まれていた。


 衛士と防衛隊はそれを死守して、ネストを破壊する機会を伺っている。無論、ワープゲートの阻止は容易ではなく、街中での戦闘は避けられない。


 多くの死傷者がいる。しかし、クレスト社の技術によって生み出された普通の人間のクローン臓器を移植することで民間人の死亡率は大きく下がった。


 泥沼の戦争になっていた。そもそも三十年間続いていた戦争の時点で泥沼といえば泥沼だが、更に終わらせにくい戦いになっていた。そしてそれは時雨の望む展開だった。


 時雨の目的は自分と真昼(ついでにシノア)が日常を送ること。そしてそれは平穏な日常ではない。戦火の日常でこそ時雨は満たされる。真昼ももう戦いのない日々には戻れないだろう。


 自分は強いからこそ周りを助け、称賛され、デストロイヤーを蹂躙することで鬱憤を晴らし、安全圏から戦争を見守る安泰な日々だ。


「バランス調整は必要だろうけどね」


 チェスの駒を弄びながら、妄想にふける。

 安全な戦争が続いてしまえば人類はマンネリ化し、予期せぬ崩壊を招くだろう。だからこそ戦死者は必要だし、デストロイヤーへの憎しみを絶やさないように煽り続ける必要がある。

 戦争をスポーツ感覚で出来る立場と権力の確立。それが夕立時雨の思い描くグランドラインだ。


 そして勿論、セーフティは用意しなければならない。デストロイヤーの予期せぬ行動を力でねじ伏せる圧倒的な技術を独占して、小出しにし続ける。幸い、五十三万の平行世界の知識と技術を美鈴は得た。当然、この世界にない技術、オーバーテクノロジーやロストテクノロジーも存在する。


 停滞は死だ。

 しかし飛躍した進化は破滅をもたらす。

 この世界に英雄は必要ない。

 この世界に魔王は必要ない。

 必要なのは、裏で暗躍するだけの駒と、表で活躍する駒に指揮する強い権力と、すべてを破壊する暴力だけだ。

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