異常事態④

 その日は映画を観ることを横浜衛士訓練校から要請された。タイムトラベルを扱った恋愛映画だった。真昼はタイムトラベルなんて馬鹿らしいと一蹴していたが、シノアと一緒に入れるのが嬉しくて一応は眺めていた。

 

ある日、主人公は父親から、彼らの家系は時空を移動する能力を持っていると告げられる。主人公はその能力を恋愛に使うことに決め、ヒロインと結婚することに成功する。子どもも順調に育っていたが、主人公の妹が交通事故に遭い、大怪我を負う。妹の彼氏が原因だと言う。主人公は過去を遡り、その彼氏と妹を別れさせ、事故の原因を取り払う。そして現在に戻ってくると自分の子どもはまったくの別人になっていた。父親によれば受精のタイミングがずれると別の子どもが生まれてくるのだという。主人公は本来の子どものために妹を事故から救うのを諦める。その父親もがんで死ぬ。死後も主人公は時間を遡り父親と会っていたが、新たな子を授かる。彼はその子のために父親を諦めるのだった。

 

 たとえ時間を遡れても、すべてを得ることはできない。今の家族のためには何かを犠牲にしなければならない、そんな物語だった。

 

「これを私に見せて何がしたいのかな。確かに家族については少し思うことがあるけど、だからといって私に見せる意味がわからない」

「普通に暇潰し目的じゃないんですか?」

「でもそれだけでわざわざ映画を見てくださいって要請してくるかな」

「どうなんでしょう。もっと家族愛を考えろってことなんでしょうか」

「暗に人間性を否定されている気がするね」

 

 真昼は不満げに言った。時間を無駄にしたと言いたげだった。けどシノアはそんな真昼を見て笑った。

 

「そうでもないですよ、私は面白かったです」

「本当にぃ?」

 

 真昼はシノアに呆れたような顔を向ける。冗談と受け取ったのだろう。

 

「姉妹契約を結んだ、だからみんな家族? 同じ母親から生まれるわけでもあるまいし。同じ学校で高め合った仲間ならみんな姉妹にならないでしょう。そしたら衛士訓練校の衛士はみんな姉妹になっちゃうよ」

「まぁ確かに」

「いや、同じ学校に入る前から姉妹として紐付けされてる衛士もいるか。祀ちゃんの妹候補の山田嬉詩ちゃんとか」

「でも、祀様の姉妹契約の話は聞きませんが」

「中等部生時代、衛士訓練校編入前に戦闘に巻き込まれ、戦術機も持たない状態で市民を逃がすため戦死してるからね。祀ちゃんと嬉詩ちゃんは幼馴染で、一足先に中等部入試で横浜衛士訓練校に祀が入学、高等部から嬉詩が入学予定で入学式の後に姉妹契約の契りを結ぶ約束をしていたの」

「ああ、それで姉を失った真昼様と妹を失った祀様は、悪友って関係になったんですね」

 

 シノアがそう言うと真昼は頷いた。

 

「そういうこと。シノアちゃんからしても時雨お姉様も姉でしょう?」

「うん、うん? それは何か違くないですか?」

「簡単に言えば、愛しあいえばそれは家族であり、恋人であるということだよ。たとえ性別が同じでもね」

「なるほど」

 

 シノアは戸惑いながらも一理あると頷く。

 

「今すぐ思わなくていい。出会ってからでいいんだ。人間だって同じ母親から生まれても必ずしも家族になれるわけじゃない。生まれてから長い時間を一緒に過ごすから家族になるんだ。すぐに引き離されたら家族とは思わない。時雨お姉様を家族と思うかは貴方が自分で決めて。選択する権利が与えられているんだから、ね?」

 

 シノアの肩を叩いて励ます。それでもシノアの戸惑いを拭い去ることはできない。彼女は疑うように聞き返す。

 

「私に、時雨お姉様の妹になれるでしょうか」

「人間とだって家族にはなれるんだ。同じ部隊で共に戦う時雨お姉様と家族になれないはずがない。シノアちゃんがそう望むならね。どうしたって、私たち三人は特異性から同じ時間を過ごすことになるんだから」

 

 ベッドに寝転がり、真昼は自分が言ったことを考える。私に家族か、そう思っても全然実感が湧かなかった。

 

 例えば、時雨お姉様。

 私は彼女とどう話すだろうか。彼女の見た目は知っている。記憶として私の中に存在するからだ。想像してみよう。私が話す時のように談話室のソファに彼女を座らせてみる。彼女がどういう座り方をするのか、まずそこから分からなかった。彼女の見た目は知っている。彼女の詳細な癖や仕草も知っている。だが、それだけだった。

 

 彼女にどのようなパーソナリティが設定されているのかは知らない。どのような性格をしていたのか、全ては知らない。


 実は気弱な性格をしているだろうか。それとも豪快?

 最初の頃の私のように無垢かもしれない。今では彼女の声も忘れかけて、そもそもどのような会話を交わすかも想像できなかった。私の記憶にあるのは時雨お姉様とした大切な会話をした、という記録だけだ。だからそれ以外の会話など想像できるはずもなかった。

 

 会話を想像するのは打ち切る。今日観た映画を参考にしてみる。あの映画では新しい家族のために古い家族を犠牲にしていた。私に家族はいないので犠牲にすることはできない。他のもの、何か代わりになるものはないだろうか。例えば戦術機。私の半身であり、大事なものだ。それでも戦闘の時は時雨お姉様を救うためならば、この銃を犠牲にしてもいい。その方が生存する確率が高くなるだろう。私は時雨お姉様のために大事なものを犠牲にできる。

 

 他に何かあるだろうか。しばらく私は頭を捻っていた。

 そこで思いついた。

 記録。

 知らない記録。

 ラプラスレポート。

 真昼は端末を操作して、ラプラスレポートについて読み始めた。それは概ね真昼のの記憶と一致していた。また戦術論に関しても一定の評価を得るに至る合理性があった。

 だが、その中で、唯一謎とされる部分があった。

 それは未来の記録だった。

 未来の、それも人類がデストロイヤーに敗北する可能性が過去から現在に至るまで、具体的には梨璃がラプラスに目覚めてから10年後の未来に至るまで無造作に書き殴られているページが数十ページにも及ぶものだった。


『デストロイヤーによる大規模攻勢による破滅』

『人類の内乱による破滅』

『長期化した戦争の物資不足による破滅』

『合理化を進めて統一した結果、反乱を招いて破滅』

『デストロイヤーの研究に失敗して破滅』


 その日付は様々だが、とにかく人類の敗北の記録がそこには記されていた。

 真昼はこれをただの推測や予測だとは考えなかった。

 それはまるで真昼自身が体験して記録したような、そんな感覚を覚えていた。


 その時だった。

 ガチャリ、と扉が開いて祀が入ってくる。

 真昼は端末を閉じて、出迎えに行って絶句した。

 そこには真っ赤に染まった制服と、死んだ瞳で歩く秦祀がいた。


「祀ちゃん?」

「失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。私は失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した」


 真昼の元に一通の連絡が届く。

 それは秦祀のレギオンが壊滅し、生き残ったのは秦祀だけという報告だった。そして医療室から消えた秦祀の行き先を問いかけるものだった。


「レギオンのみんなが死んだ。私のミスで」


 真昼の腕を強く掴む。


「シノアさんの足を失わせた。私のミスで」


 秦祀の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。生まれてきて、ごめんなさい」

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