スプリット撃滅戦終了



 夕立時雨は集められた情報を咀嚼した後、対応を全て終わらせて、端末を閉じる。

 そのまま思考に耽る。

 殲滅完了。

 未知の能力を持つ敵の出現。

 リコピコ女学院の救出完了。

 精神崩壊した衛士達。

 肉体的損害を受けた衛士達。

 デストロイヤー化した衛士。

 我々、人類が人種や国を超えて共通する敵の名前は、衛士。防ぐべきはネストへの同時核攻撃と地球脱出のオルタネイティヴ5。やるべきはネストの同時破壊と国土の奪還。

 そして、殺すべきは幻想と楽観。

 でなければ無謀は証明されることはないからだ。

 多くの死を以って手遅れになってからしか、気づくことができない類のものだから。それを止めるために必要なものは多い。暴力でさえ必要になる。

 思想や信念の異なる誰かが居る。そうした大勢の人間を巻き込んでの闘争が始まるのだ。違うから殺す。正当化されない、血みどろの戦いが始まろうとしている。

 

(責任、重圧、使命、欲望)

 

 かつて、世界の中心は欧米であった。だからこそ、その2つの強大な国々を中心とした地図では、日本は極東の地として扱われる。

 それを故郷に持つ自分が、世界を左右しかねない鍵を握っているのが現状だった。自惚れではない、それは純然たる事実なのだ。

 

(半端ないね………この重圧は。たった一回の呼吸をするにも苦労するなんて)

 

 あくまで主観的な、幻想であるのは理解している。だが、周囲全ての大気が深海の水に変わったような。人の死を直に見れば嫌でも実感させられる。その経験だけは、人一倍にある。故に、これから起こるであろう戦いに対して思う所がありすぎた。

 気を抜けば、地面に膝を、肘を、手をついて頭を抱えたくなる。誰とも分からない誰かに許しを請いたくなる。

 

 その停滞が何よりの罪となるのに。選ぶものは選ばなければならないのだ。誰を殺すのか、この手で選択しなければならない。時間切れで何も出来ないまま終わるなど、自分を含む全てに対しての裏切りだ。

 

 愛する誰かを失った、この世の終わりのような悲鳴を覚えている。それを覚えていても、覚えているからこそ、前を向かないではいられない。

 これから殺す人類も、地球を滅ぼすなど本意ではないはずだ。救おうというからこそ、本気で研究を進めている。デストロイヤーを使おうとしている。

 言葉で説得できたのなら。何度も抱いたそれは、所詮は夢物語だった。

 

「………夢、か」

 

 荒唐無稽でも、諦めないものであっても。


「本当に………出来るならさ。誰を殺すとか、殺さないとか………そういうことを考えないで済むような生活を送りたいねぇ。欠陥のあるボクじゃあ、無理かもしれないけど」


 だが、それは夢だ。都合の良すぎる、遠い夢であった。何も知らなかった頃になど。過ぎた時は戻らない。進んできた、血塗れの道がある。

 足元は屍の山。その誇り高き骸達から、受け取った想いがある。捨てて逃げることはしないのだ。許されるとか、そういう問題ではなくなっていた。

 背負うと決めたものがある。捨てず、抱くことを選びとったのは自分だ。

 

「真昼が少しでも重荷を背負わなくて良いように。ボクは選択するよ」

 

 一ノ瀬真昼は愛するべき人だ。違う目線であっても、人から見れば馬鹿な思想を捨てきれていない。甘いだろう。だけど、その甘さ時雨は好きだった。大好きで、大好きで、狂おしいほど大好きで。

 自分と同じ価値観になっていく姿に嬉しく思い、そして悲しく思い、だけど、やっぱり前を向く姿がとても愛おしい。自慢の妹。

 

 祀は以前より変わっていない。真っ直ぐで、強くて、弱い部分もあるけどそれを恥だとして誤魔化さない。絶望に顔が歪む所など見たくもない、友達だった。

 

 衛士達は少しの虚無感を抱いているが、戦う意志は十全なものだった。戦力差は絶望的でも、それでも諦めず、強くあろうとしている。

 

 アールヴヘイムの面々は変わっていなかった。変わらず、あの日の約束のままに已の誓いを胸に抱いたまま戦い続けてきたことが分かる。

 

 天葉の芯の強さと変に意地を張っている所は変わっていない。あるいは、多少は柔らかくなったのかもしれない。彼女のシュツエンゲルから聞いたが、何だか真昼に似ているとのことらしい。ということは、面倒見が良いのだろう。

 

横浜衛士訓練校は明るいように見えた。そして、みんなも生きている。二人共が子供のようだった。何も知らない子供で、だけど想いは純粋なもののようで。

 

 それぞれの思いを、夢と共に戦っている。横浜衛士訓練校に居る者達も同じだろう。

 夜空にまたたく無数の星のように、異なる輝きを抱いてはいても、夜の闇に埋もれないように必死に光を放ち続けている。

 いつしか、朝が来ると。太陽が昇ると信じて、この糞ったれな世界を戦い続けている。


 時雨は自分を締め付けるような感覚に耐え、歯を食いしばりながら拳を握りしめた。物理的に遠くあろうとも、大切な人たちが居る土地に――――太陽が昇る方角に。

 

「希望の炎を――――太陽の光を、穢させはしない」

 

 だから見ていてくれ、と。

 時雨は今もなお前線で戦い続ける真昼に向けて、決意を握りしめた拳を突き出したのだった。


 スプリット撃滅戦終了後、真昼は時雨に呼ばれて、あるホテルの一室に集まっていた。そこには金色一葉と宮川高城もいた。

 それぞれのリーダーが集まっている状況だ。


「現状を確認しようか」


【人物ならびに勢力】


 一ノ瀬真昼・損傷甚大。肉体にダメージ多数。


 夕立時雨・ヴァルキリーズの纏め役および指揮官として活躍。ただし信頼関係は築けていない。だが風間を中心にヴァルキリーズとしての行動に不調はない。


 金色一葉・突出した個人戦闘能力を誇る。しかしレギオンは崩壊。精神崩壊ならびにデストロイヤー細胞の侵食を受けて療養を余儀なくされることになった。


 宮川高城・レギオンメンバーも無事であり、今流星を除けば一番安定している勢力。しかしそのサブリーダーは力不足であり、それを支えるはずの宮川高城は今流星のことで頭がいっぱいでそれどころではない。


【状況】

 特型デストロイヤーが出現して、様々なタイプが現れている。中には精神を侵食するタイプまで現れている。デストロイヤーに多様性が生まれ始めていることが確認され、衛士達の負荷が大きくなっている。


 東京は防衛構想に基づいた対策が取られているが、それ以外の場所は特になかった為、クレスト社を筆頭とした企業連が多大な支援を開始、横浜基地の技術を使った量産型衛士によって各国の政府を首をすげ替える事になった。


 こうして人類は衛士と防衛隊が戦うデストロイヤー戦争から、全ての人類が対ヒュージに徴兵された全面戦争へと形を変えていく。


 旧GE.HE.NA.、テロリスト、そういった存在を生み出さないように徹底した監視体制と、対処システムを確立。

 完全なる企業管理社会を実現した。

 『限りある全ての資源を人類存続を目的とした再分配』を名目に、衛士を優遇し、尚且つ衛士訓練校に隔離する事で社会の変容を隠匿し、精神的な負い目を感じさせず、衛士達は万全のバックアップを受けて戦う事になる。


「これが今の状況だ。そして、今流星を使った次の作戦が提案された」

「流星をどうするつもり!?」

「安心すると良い。そう非人道的なことはしない。簡単に言えば治療のついでに衛士の戦力アップを図るんだ」

「時雨お姉様、それは一体?」

「作戦名、邯鄲法。横浜基地にして凍結封印中の今叶星をコアユニットとして治療し、ラプラスで彼女の力を支配する。そして全てのデストロイヤー細胞の特徴である万能遺伝子を使い、全デストロイヤーを眷属として接続する。これを盧生呼ぶ。そして盧生の力の源であるコアユニットの力を全ての衛士に分配する。簡単に言えば今流星のアストラ級デストロイヤーレベルの力を、ラプラスを介して全衛士に分け与えることで戦力を増強、分け与えることで弱体化した今流星は普通の衛士に戻る、と言う作戦だ」

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