スプリット撃滅戦②



『胡蝶さん、右ですわ!』

『言われなくてもっ!』

 

 声に、砲撃。それはほぼ同時だった。

 胡蝶が持っていた戦術機から魔力の弾丸が放たれ、その内の9割が近くにいたミドル級に突き刺さった。

 余裕のある距離から、近づかれる前にシューティングモードで片付ける。それが今の彼女達に許された、唯一の戦闘方法だった。


 狭く、崩れやすい場所での近接戦闘はリスクが高いからであった。だが、それでも一方的に撃ち砕くことはできない。

 弾幕の隙間から、抜けてくるデストロイヤーを一葉が両断する。

 風間は満足まではいかないが、それなりにチームワークが機能していることを嬉しく感じていた。

 次々に現れるデストロイヤーに、チームで組んで対処していく。仕損じれば間違いなく命に関わるような事態に陥る。

 

 その緊張感は戦場の常だが、東京を背負っているとなるとなお重い。

 

(最前線で戦っていた真昼様はこれを、これ以上のプレッシャーを受け続けていたんですのね)

 

 ただの殲滅戦とはまるで違う、多くの命のやり取りが行われている場所に居るという実感。それは口の奥に血が広がっていくような。

 鉄の味が唾に交じる。呼吸の一つさえも、以前とは違うような。戦術機から放たれたものが、外見だけではない、活動しているものの"何か"を壊していく。油断でもすれば、逆の立場になることは間違いない。全ての五感と思考が、実戦の中に居るということを教えてくれるような。

 

 そして、自分を守るような陣形で戦う仲間の姿を見て、思い知ったことがあった。縦横無尽に動き回る仲間達。

 戦場でその力を十全に発揮していたのだ。全てのデストロイヤーは完全に仕留めきれていないが、それでもその撃破速度は風間の想像を超えていた。

 

(これが、序列一位、金色一葉)

 

 実戦になっても衰えないどころか、キレが増している。自分に、今の彼女と同じだけの動きが出来るか。

 横浜衛士訓練校の至宝と呼ばれる自分と比べて、私は彼女と同等レベルだと判断されているのか疑問に思うまでになっていた。


 風間は戸惑い、答えのない自問に答えないまま、それでも目の前に居る敵に向かって引き金を引き続けた。

 

『ナイスキルです! 風間さん!』

「………当然ですわ」

『流石です! これを当然と言えるなんて! 心強いです』

「別に、褒められることじゃありませんわ」


 風間の態度に胡蝶は言う。


『素直じゃないね。でもま、万が一の時の備えは必要だよ』

『確かに』

 

 葉風は首を傾げる。胡蝶と一葉の会話を聞いて、不思議に思った。こうも優勢であるのに、何を心配しているのかと。今の所、戦況は大きくこちらに傾いている。圧倒的に有利と言ってもいいぐらいだ。

 

『地上部隊より報告だよ、風間くん』

「何ですの? 時雨隊長」

『地上のデストロイヤー支配地域の奪還に成功』


 戦闘時間17分で852体のデストロイヤーを殲滅。それが、夕立時雨のスコアだった。対する一ノ瀬真昼は10分で845体のデストロイヤーを殲滅したらしい。続いて第一世代の戦術機に切り替えて戦線復帰したお台場も戦域に居るデストロイヤーをほぼ殲滅させたという。対する風間特務隊小隊は、まだ目標の72%ほどの地点にしか達していなかった。

 

『速さ凄いが、量が問題だね。でも焦らなくて良いから風間』

「分かっていますわ。ここで無茶して死んだら、何にもならないですもの」

 

 風間は自分に言い聞かせるようにいった。焦る気持ちは確かにあるが、ここが最後という訳でもないと。

 と、そこで一葉が呟く。

 

『………地面に、圧迫感が。占領、されたような』

『あん?』

『気のせいだと良いんですが、地面に圧迫感を覚えるなんて』

 

 その言葉を聞いた、胡蝶が一葉の方を見た。

 

『勘弁して。冗談でも趣味が悪い』

『私もそう思いたいんですが、一応、注意だけはしといてください。そもそも、デストロイヤー相手の無根拠な保証なんて有って無いようなものなんだから』

『………一つの意見としては聞いておく。残敵は少ないようだから、出てきても対処は可能だけど』


 葉風も軽く地面を警戒する。何かを感じつつも、直接言葉にはしない。風間は迂遠な言い回しでやり取りをするのを聞いて、首を傾げていた。

 言葉にしないというよりは、したくないような空気。それを感じつつも、目の前の敵に対する注意は忘れてはいなかった。

 

「そろそろ、クリアですわね」

『スプリット系列のデストロイヤーってこんなもんなの?』

 

 チームの数は、それなり程度。それも上澄みの衛士で固められている。それ故にまるで危機感を覚えない戦況になっていた。

 然るべき対処を続ければ、何事もなく撃破できる程度の。敵の数は多いが、このまま対処すれば損耗もなく切り抜けられるだろう。


 コピリコを蹂躙したデストロイヤーも危険な存在ではあるが、そこまで恐れる存在ではない。風間がそう思い始めた頃だった。


『ん?』

『どうした、金色一葉』

『いや、なにか………』

 

 最初に気づいたのは、ずっと気を張っていた人物であった。

 

『気のせいか………? っ、違う! 微かだけどこの揺れ方と気配は………!』

 

 金色一葉は通信向こうの相手に、声を大にして叫んだ。

 

『後方に退く、急げ!』

 

 金色一葉は問い返される前に、更に告げた。切羽詰まった声に、胡蝶を筆頭とした3人は瞬時に思考を切り替えた。

 風間もその声から逼迫感を感じ取っていた。なにが、と確認する前に答えは出された。

 葉風の呟きが、通信になって届く。

 

『い、異常震源複数探知! 震源が移動中………いえ、震度が急に浅くなって?!』

 

 驚きに焦る声。

 風間が、叫んだ。


『全員、下からの攻撃に気をつけてくださいまし!』


 戦場となっているコンクリートの地面が爆ぜたのは、風間が叫んでから2秒後のことだった。

 

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