大磯ネスト攻略作戦

青々とした朝の時間に、作戦は開始された。

 

防衛軍の低軌道艦隊から放たれた爆撃が、大磯ネストの周辺に居るラージ級のレーザーにより撃墜、炸裂。それが開戦の号砲となった。

 

あまりにも多くの爆弾と、撃墜と。あちこちで急激に燃焼する火薬の威力と轟音は、本州の奥まで届こうかというほどの規模だった。

 

その近海の中を往く潜水艦の中、海の神と名付けられた鉄騎の中枢部にある男は居た。静かに目を閉じ、艦を揺らす水圧と、遂に始まった低軌道艦隊によりネストへの軌道爆撃の音を感じながら戦意を滾らせていた。

 

(―――ようやく。ようやくだ、親父、お袋)

 

男は4年前までは家族と共に大磯のその街の外れに住んでいた。田舎だった。近所を歩いて見えるのはそれなりに舗装された道路だけ。ガードレールには道の外から溢れたのだろう、緑色の雑草があちこちに絡まっていた。隣の家までは30mはあろうかという場所、どこを見ても知り合いばかりで、新しい出会いという物はテレビの中にしか存在しなかった。

 

退屈だったが―――と、竜平は苦笑を零した。それが平穏の証だっと、今ならば気付く事ができるようになったからだった。

 

『―――震えているのか、スティングレイ9』

 

『はい、いいえ隊長殿。例え震えていても、それは喜びから来るものであります』

 

いきなりの通信の声に、竜平は即答した。そして、礼を告げた。上陸部隊から外すべきだという外からの声に、真っ向から反対してくれた隊長に向かって、敬礼と共に笑顔を返した。

 

『ご存知、足が遅い機体ですのでご案内は……できるかどうは分かりませんが、その時にはお任せ下さい』

 

スティングレイ隊が任せられたのは、上陸地点の確保という危険極まるもの。状況によるがデストロイヤーの配置によっては損耗率が高くなる。竜平はその事実を飲み込んだ上で、出来る限りの誠意を見せた。

 

生まれ育った大磯の街、自慢の自転車を乗り回してあちこちへ行った。悪ガキと何度怒られたことか、と男は当時のことを思い出し、笑った。

 

『先輩を押しのけて、か? ふむ、そうなった時はなった時だ、頼むぞ少尉。そして―――二度は言わんが、分かっているな?』

『はい。何処であろうと、何があろうと躊躇いません』

 

もしかすれば、建造物が残っているかもしれない。当時の面影を思わせる何かがあるかもしれない。その土地に向かって、36mmのチェーンガンを叩き込めるのか。過去の無念に引きずられ、判断力を鈍らせてしまうのではないか。竜平は反対意見を出していた他部隊の上官の言葉を反芻した後、迷いなく答えた。

 

『撃てます―――撃ちまくります。徹頭徹尾、任務のために。後続の軍のため、先駆けになって死ぬという我々の役目を果たします』

 

アーマードコア海神。米国が海兵隊用に開発した強襲攻撃機A-6イントルーダを元に生産されたこの機体は、上陸時の制圧能力に長けていた。引き換えにA-6よりも水中行動半径が減少したが、一度攻撃を開始すれば固定兵装である片側6連装、両腕合わせて12連装の36mmチェーンガンの猛威が眼前のデストロイヤーを駆逐する。重装甲でどっしりと構えながら、高火力で敵だらけの海岸を強引に拓く。そんな設計者の声が聞こえてくるような機体である。

 

反面、その欠点も分かり易い。回避能力はほぼ皆無のため、弾幕を抜けてきた突撃級に押し倒されるか、要撃級の一撃をまともに受ければそこで終わりになる可能性が非常に高いのだ。

 

それに、重装甲とはいえラージ級のレーザー照射を防げる程ではない。上陸した地点は厳選されているとはいえ、近くに光線級の群れが居れば被害はそれだけで激増する。

 

『ですが……それも、本望と言えば本望。誰より早く、あの大磯の地に足を降ろせるんですから』

 

適任だと呼ばれ、任される場所は誰にでもある。欠ければ作戦の続行に支障が出るという意味では、とても重要な役割だ。竜平はその意味を取り違えることはなかった。

そして、死んだとしてもそこは故郷の地だ。竜平はこれ以上に贅沢なことは無いよな、と呟きながら大陸や国内の防衛戦で散っていった衛士の事を想った。

 

『はっ、勘違いするなよ。無駄死には無能がすることだ。貴様も例に漏れず、可能な限り生きて、そして死ね………軍人たるもの、死ぬことが仕事。だが、甘えるな』

 

自棄も暴走も禁じる、という言葉。察した男は背筋を伸ばし、それに、と続けられた隊長の声に頷いた。

 

昔の作戦ではまだ確立できていなかった、上陸時の海軍戦術の発展系を実地で試すという意味でも、今日は新しい日なのだ。

 

―――大陸での戦闘記録や戦術論、デストロイヤー群に対する弾幕の効率化が記された1冊の本を元に、先の海軍がずっと考えてきたものがある。時間をかけてチェーンガンの弾幕の張り方、散らし方や、敵に浸透する方法を吟味し、効率化してきた日々を、成果に変える意味でも、無様は晒せないからだった。

 

『―――了解、です。必死で戦い、必死で死にます!』

 

大声で、敬礼を。途端、周囲から口々に声が。

 

『―――おいおい、日本語がおかしいぜ、少尉』

『―――バカ、気持ちが分かるがツッコムなよ、盗み聞きしてたのがバレるだろうが』

『―――はっ、覚悟するのが遅えよ。あと足引っ張ると九段あっちでぶん殴るから覚悟しとけよ』

 

調子者の笑い声、諌める者、厳しい先任の声。それを受けた竜平は―――気遣ってくれているのだと分かり―――泣きそうになりながら、了解の声を絞り出した。

 

ちょうど、その時だった。通信の声が、衛士の耳に届いたのは。

 

『―――HQよりアーマードコア17機甲戦隊、上陸を開始せよ。繰り返す、上陸開始せよ』

 

冷静な女性を思わせる、通信士の声。

 

遅れて、海神の衛士達を運ぶ崇潮級強襲潜水艦の艦長から、命令が出された。

 

『全艦最大戦速―――全スティングレイ、離艦せよ!』


間もなくして、了解の雄叫びがコックピット内に響き。解き放たれた重厚たるアーマードコアの最先鋒は、海の中を潜り抜け、海岸に降り立った。

 


光条の白と爆炎の赤、海の青と艦隊の黒灰が入り乱れる真野湾の沖合で、愛花は獰猛な笑みを浮かべていた。足から伝わる、大磯の島の土の感触。それを全身で感じながら、大声で命令を下した。蹴散らせ、と。呼応するように、防衛隊の精鋭達は戦闘を開始した。撃墜された撃震や、横たわる海神をすり抜け、前へ、前へと。

 

炎を吹き出しながら沈んでいく母艦の仇を取るように、吼えたけるように引き金を引いて、ブレードを肉に。食い込ませていった。

 

母艦より発つ前に潰された、上陸する前に空中で光に貫かれて散った。母艦の搭乗員で、脱出する前に焼かれた仲間の仇を討たんがために。

 

手順は素早く、端的に、容赦は一切の微塵もなく。殺し慣れたその鋭い機動は、日本内でも屈指のものだった。上陸の余韻に浸る前に構え、間もなくして戦うための動きを始めていった。

 

そして愛花を含む戦闘経験が豊富な分隊の6名は敵の配置状況を確認して間もなく、本隊より一時的に離れんと精鋭を集め始めた。

少数、電撃的に最優先で倒すべき敵の元へ駆けるために。

 

『―――真昼様!』

『皆まで言やなくて良い、さっさと行って!』


 愛花の動きを瞬時に読み取り、やるべき事をやった。移動ルートを確保せんがために、多くの衛士を束ねて動き始めたのだ。

 

その判断、指揮は的確と言う他に表現できる言葉はなく。まるで全てが想定の内だという、たった一言で交わされたやり取りを聞いた衛士の動揺は最小限に抑えられた。

 

それが真実か嘘か、どうであれ深くを詮索している余裕が無い衛士にとっては、途轍もなく頼もしく思えるもので。真昼は冷や汗を流しながらも、指揮に戦闘に、全身全霊を賭していた。間違っても後背を突かせるものかと、部下に怒声を飛ばしながら奮戦に奮戦を重ねた。

 

それに応えるべく、先んじた衛士達は風のように駆け抜けていた。

 

『どけえええええええ!!』

「後ろフォローします! くっ、照射が―――』

『慌てないで愛花。ラージ級を盾に!』

『止まるのは一時的にだ、遅れるなよバカども!』

 

 デストロイヤーを遮蔽物に身を隠し、岩塊があれば利用し。だがそれも一時的なもので、攻勢的な機動を真昼は保ち続けた。ミディアム級やスモール級の相手は最低限として、誰よりも早く前へ。

 

その念が叶えられたのは、2分後。真昼達はその数を5に減らしながら、ついにはラージ級の元へとたどり着いた。沖合付近を射程距離に収めている一団へと。

 

撃てば届くし、邪魔な障害物もない。だが、それは互いに射線が通ったことを意味するもので。ラージ級はその機能の通り、飛来物よりも迫りくる脅威を排除せんとするために真昼達へと照準を定めた、が。

 

『―――遅い!』

 

照射された光が致命的なものになるより早く、戦術機の突撃砲から放たれた120mmの嵐が重を含むラージ級を次々に砕いていった。

真昼達はそれを見届けた直後、感慨に浸るより早く本来の移動ルートに戻っていった。

 

『揚陸艦隊の被害はあれど、作戦の続行に支障なし』


大磯ネストのデストロイヤー誘導を担当するエコー部隊。その一団の中で防衛隊の巡洋艦である最上のオペレーターから先発して上陸している最中の、ウィスキー部隊の被害状況を聞いていた。想定より低い被害であることが分かると、静かに拳を強く握りしめていた。

 

陸に近づく揚陸艦と、衛士を上陸させるため海岸に近づかざるを得ない母艦の被害が大きくなるのは当然だが、その数が想定されていたものよりずっと少ないのだ。

 

ほとんどの場合において、艦隊はラージ級のレーザーによる攻撃以外受けることはない。そこから考えれば、上陸地点の確保もそうだが、陸軍の展開速度が速いことを意味していた。

 

『これもXM3の恩恵の一つ、ということだろう』

『不満はないけど、それを活かせる腕と体制があってこそだと思うけど」

 

フェイズ1は、低軌道艦隊によるネストへの軌道爆撃。

フェイズ2、3はネストに近い東西の沿岸部にデストロイヤーを誘導すること。

フェイズ4はエコー部隊の上陸。エコー本隊は東北の方角へ移動してデストロイヤーを誘導する。


彼女達は独自に動き、南方からやってくるオーバードウェポンの進路を確保。六連超大型荷電粒子砲の砲撃をサポートするのだ。予定では3度の砲撃を行い、アルトラ級デストロイヤー・ファンバオを含めた周辺のデストロイヤーを一掃することになっている。

 

フェイズ5は、最終段階。デストロイヤーの数を減じた上でネスト内への突入が行われる。担当は色々と交渉があった結果、軌道降下兵団と愛花となった。

 

作戦発令時に強く協力を申し出てきた大東亜連合や統一中華戦線だが、結局の所は米軍と共に国連軍の旗下として編成された。共に国連軍に対して強い不信感を持つようになっていたが、現場での混乱を避けるためにと国連軍の指揮の下で戦うことを受け入れた。

 

上層部でいくつかの貸しや借りが取引されたらしい。

 

『極東国連軍と防衛隊の砲弾備蓄量の消耗を抑えられたのは大きい……確か、20%でしたっけ、真昼様』

『ええ……あれだけの砲撃を行ってなお2割程度とは、信じられないけどね』

『……綺麗だと言えば、不謹慎になるかもしれないけど』

『いや、私も同感です。あれだけの規模、滅多に見れるものじゃありません』

 

彼女達の言葉通り、映像に移った大磯ネストへの砲撃の光景は圧巻の一言だった。雨のように降り注ぐ砲弾と、それを撃墜せんと地上から放たれる幾百もの光条。爆発と黒煙、白光が入り乱れる上空は、神話の1ページと例えられてもおかしくない程に鮮やかだった。

 

轟音に次ぐ轟音、地面の揺れは果たして如何程か。成果は得られたと、報告があった。対レーザー弾頭弾が使われた軌道降下爆撃と帝国連合艦隊第2戦隊からは、多くのラージ級を潰すことに成功したのだ。

 

それでなお砲弾の消費が20%に収まったのは、大東亜連合の強い援助があったからだった。一般の将兵はその援助を、連合内に日本の工場が多く建設されている以上、日本に転けられることは避けたいという意志の現れだと感じ取ったらしい。

 

(もっと強く想ってるだろうけどな)

 

避けたいではない、転けたら星ごと共倒れという未来が待っているのならば、ここで強く出ずになんとするのか。そう考えて―――連合内からの反発の声も多かったと思うが―――動いた元帥に感謝を捧げた。

 

物資を遠慮なく使っての面制圧は、無事に成ったからだ。日本軍機甲4師団およびアーマードコア甲10個連隊、防衛隊第16大隊で編成された東側の上陸と誘導を担当するウィスキー部隊も、損耗率が少ないままでデストロイヤーを誘導し始めていた。真野湾沿いで接敵後、デストロイヤーを削りつつ西へ、西へと移動。一部の分隊は南へ、同じくデストロイヤーを誘導しながら戦っていた。

 

そこで南方の小規模艦隊から発進した小型アーマードコアと合流する。“あるもの”を試すために。

 

(分隊の方は“それ”が終わったら、補給部隊として展開するらしいけど)

 

全体の損耗率は少ないと聞くが、個人がどうなのかを知る術はない。無事なのか、あるいは。武は考えたが、すぐに思考を作戦の方向へと切り替えた。

 

あの猛者達が撃墜される光景がどうしても想像できないと思ったからだ、そして。


『―――ヴァルキリー1より、中隊各機。エコー部隊の上陸が近い』

『―――クサナギ1より、中隊各員。先鋒のウィスキー部隊に倣え。緊急事態に備え、いつでも発進できるように準備を』

『―――被害状況を報せよ』

『小破が1機、戦闘の続行は可能な状態です。他に脱落者は居ません』

『結構だ―――望外には遠いが、ひとまず平常通りという所か』

 

第16大隊は二中隊、24名がウィスキー部隊の本隊と同道していた。12名は南下し、分隊の援護と共にある地点に向かっている状況だ。

 

その24名も固まって動かすつもりはなかった。部隊を少数に分けて、ウィスキー部隊の移動ルート上に広く展開させていた。遊撃に努めることで、防衛隊の機甲連隊の損害を減らし、誘導の規模をより上げるための戦術だった。

 

だが、言うは易く行うは難し。孤立と死が同義な戦場において、戦力の分散は愚の骨頂とも言える。第16大隊は、その常識を覆していた。

 

自機は当たり前に、味方機の面倒をみつつも戦果を積み重ねていく。それを成すために求められる技量は如何程のものなのか、通常のアーマードコアパイロットであれば考えるだけで気が遠くなるもの。

 

それが空論になっていないのは防衛戦から撤退戦、関東へ退きながらの防衛戦に。多様な戦場を経験する中で、色々なアドバイスを16大隊内で徹底的に咀嚼し、改良した成果だった。

 

味方を助けて数を減じさせることなく戦い続けることこそが最良の戦術の一つであるという、“数は力なり”というクラッカー中隊の理念に沿った戦術は、この大磯の土地でより発展系の形を成しつつあった。

 

『守る必要があるかは、不明であるがな……陸軍も気合が入っているようだ』

『はい。先の失態を取り戻さんがためでしょう、よく練られています。そのお話とは別に、帝国海軍の、アーマードキャリバーのパイロットまでもが“あれ”を意識している事には驚きましたが』

『弾を放つことが出来る時間に数、どちらも多ければそれで良い。そのための遊撃部隊であり、尊敬される戦力であるというのが口癖だったからな』


防衛隊の中でも、第16大隊が最強と言われる所以でもあった。どこにでも現れて、味方の窮地を救ってくれる部隊。同じパイロットの目から見ても頼もしい、強いと断言できることは衛士から見ても上位の、最強のという点に繋げられるものだった。

 

事実、有用だった。損耗率が下がるということは無駄に終わる弾を少なくする事に繋がる。コストの面においても、力量が高い部隊が遊撃を行うことは、推奨されるべきものだった。

 

『―――議論は後だ。第二中隊は遅れている殿の方へ赴き、部隊の救出に努めろ。ここは逢魔が土地、先に何が起きるか分からない以上、数を保つことに専念する』

 

自分達の生存は当たり前で、それ以上を追求する。断言した崇継の言葉に、最精鋭たるパイロット達は迷うことなく了解の言葉を返した。

 

それは、誰もが戦術に判断に、目まぐるしく移り変わる今に目を迷わせながらも、言っていることは正しいのだと理屈ではなく感じられたため、了解の叫びを声にしていた。

 

そこに、差し挟む声があった。

 

『戸惑っているようだが、お嬢さん達』

『当時のラプラスの英雄も15歳―――私達は劣っているから無理ですとか、当たり前の言い訳をするか?』

 

それは、常人であれば許されるであろう言葉。普通は無理なのだ。それを薄々と感じつつも拒絶した。

 

『―――ふざ、けるなよ貴様!』

『言わせておけば、図に乗って!』

『それで引き下がるような私達に見えるんですか………!』

 

戦意をむき出しに、それぞれの口調で激昂する。指揮官は内心で喜びと共に笑い、顔の表面には挑戦的な笑みを浮かべて答えた。

 

『機動で語れよ、木っ端新人―――そこの上様もな』

 

『言われずとも、見せるつもりだ』

 

動揺は欠片もなく、堂々たる態度で笑った。

 

『貴官もだろう。ただ女の尻を追ってばかり居るのではなく、そろそろその実力を見せて頂きたいものだが?』

『ハッ―――良い尻をしている中尉殿から言われれば、世話ないねえ』

『触らせはせんよ、少なくとも鈍間の間抜けにはな』

『……つまりは素早い奴なら良いってことか?』

 

男の当てずっぽうの軽口で、女をからかった

 

『―――ほざいたな』

『後悔させてくれよ、美尻のお姉さん』

『言われずとも―――影さえ踏ませるものか』

 

貴様こそが遅れるなよ、と挑発を挑発で返した。そして自分で発した言葉と、間もなく上陸するであろう主君と。

 

そして昨日に約束を交わした、年下でありながらも歴戦を越えた風格を漂わせた少女の言葉を胸に、動き始めた。

 

一連のやり取りを止めずに見ていた上官は、満足そうに頷いた。

 

過酷な戦場にあってもぶつかり合う意見、譲れないもの、奮起する様に、強く揺るがぬ意志。全てが美しく、無作為であると感じたからだった。

 

『計算通りに行かぬのが人間―――悪くも良くもだ』


生まれて初めてみた、自分の予測を容易く越えていく人間の名前を呼びながら、直に来るであろうその方角を見た。

 

「エコー部隊、上陸完了―――オーバードウェポン輸送部隊も移動を開始しました」

 

損耗無く上陸に成功、本隊から外れて移動を開始したという報告を受けたHQは、緊張を緩めず、されど第1段階はクリアという言葉を脳裏に浮かべていた。

 動く、動く、動く。

 伝わる、伝わる、伝わる。

―――使う者が使えば、最新鋭の戦術機を容易く凌駕できる。


「この力、凄い」

 

 愛花はつぶやく。

 着地、長刀での一撃から抜けるまで。ラージ級の反応速度を上回る機動、接地の脚から腕まで伝わる力の比率、予後の機体の負荷まで、ストライクイーグルとは明らかに違う。

 

 中途半端な腕の衛士であれば、長刀はラージ級の頭部であっても途中で止まる、だというのに何気なく振るった斬撃が抵抗少なく肉を斬り裂き通してくれる。

 

 シューティングモードに切り替える時の速度もそう、その反動も少なくなっていた。長時間の戦闘において、その振動は衛士の体力に影響してくるという、それが無視できるほどに吸収されているように感じられる。

 

方向転換や回避機動の時の、機体の重心移動も容易すぎた。多少の無茶でもきっちりと機体が応えてくれる、推進力のロス無く方向を転換してくれる。まるで、生きているかのような挙動を前に、愛花は戦術機を握る手に汗が流れる感触を覚えていた。

 

(なんでしょうこの気持ち、頭がどうかなってしまいそう)

 

 対デストロイヤー戦において、最上位の技能を持つ衛士が追求するのは効率の1点に限られていく。人間のように相手の心理を読む必要はない、個々の機体性能や素質、連携の精度を鑑みることも必要ない。

 

 ただ、地上でに動いているデストロイヤーをできる限り早く、消耗少なく、危険を侵さずにばら撒いていく。

 

通常の衛士でさえ、極まった者達は並を外れていく。ベテランの衛士が鎌を使って草刈りをするなら、更に越えて芝刈り機のようになっていく。抵抗など考えもしないと、当たり前のように屍を量産していく。

 

 それは、対デストロイヤーで重要視される衛士としての理想とも言えた。実現するために必要なのは、圧倒的な基礎技量と判断力を裏付ける経験。

 

 そこに最新鋭の戦術機が加わった時、人は死神になる。触れれば死ぬし触れずとも砕け散るという、理不尽の塊に。

 

 その域に至った、天災は―――真昼は大磯の地で、死を配布していた。

 

『―――』

 

一歩、踏み出しては中刀を切り抜いてギガント級の頭を落とし、

 

『―――』

 

次には跳躍し、邪魔になるラージを最小限の弾幕で砕いていき、

 

『―――』

 

銃撃の反動を電磁伸縮炭素帯に僅かにため、その反発を推進力として軽く跳躍し、

 

『―――っ』

 

狙った通りの間合いでギガント級の攻撃を回避、その相手の攻撃の力を利用するカウンターの形で関節部に深く切り込みを入れて、

 

『―――』

 

振り抜いた勢いのまま更に前へ、要塞級のせいで機動が削がれていたラージ級の脚の上に、複数の脚を傷つけられる位置に36mmの魔力弾を通して、その向こうに居るラージ級の頭部に叩き込む。

 

一つの動作に複数の意味を、その全てが燃料、弾薬、機体の負荷を抑えるためのもの。

 

だというのに複数のデストロイヤーを的確に巻き込んでいくため、撃破数は他の者に比べて一線を画していた。

 

その早さは異常そのものだった。中隊の誰もが気づけば目的地であるアルファポイントに到達していて、その直後に時計の故障を疑ったほどだった。

 

 真昼は周囲を警戒しつつ、オーバードウェポン輸送部隊との合流地点で佇み、他のみんなが補給コンテナを引っ張ってくる様子を眺めながら、真昼は手を確かめるように握りしめては開いていた。

 

『……なんか、暇になるとは思わなかった』

『主に真昼様のせいです』

 

 真昼のボヤキにシノアが突っ込んだ。すかさず、周囲の者達が深い同意を示した。

 

『なんですか、アレ。ラージ級の頭踏んづけた後に反転してたの』

『なんで一発でギガント級の脚が千切れてるんですか。超能力かなんかですか?』

『中刀は体重を乗せ難いという話だったが……綺麗に背中まで通すとは、別の金属でも使っているのか?』

『あー………まあ、そういう事もあるだろうってことで』

 

面倒くさくなった真昼が誤魔化すように笑ったが、一斉に突っ込まれた。ねえよ、と忌々しい表情を叩き付けられながら。そうして、補給をしている武達は広域データリンクにより、大磯ネストの各地で動いていく戦況を見ていた。

 

 主には、デストロイヤーの誘導の進捗状況だ。砲撃が失敗した時、軌道上から再突入した降下部隊がネストの深部へ侵入する必要がある。そのための誘引で、西から上陸して南北に散らばったウィスキーであり、東から上陸して北部へ、更に北東部へ敵を引きつけるエコー部隊である。


 エコーの本隊から別れて、東海岸から上陸した後に南下したが、いくらかのデストロイヤーはついてきているし、点在する大隊規模のだが佐渡島内の敵総数を減少させることに成功している。何らかのアクシデントがあり、防衛隊の砲撃が予定数を下回ったとしても、すかさず反応炉を目指して侵入できるようにするための作戦だった。

 

ペースで言えばこの上なく、大磯ネストのデストロイヤーを掃討することが出来ている。このまま問題なくことが運べば、あるいは神琳が使用することになっているオーバードウェポンが無くても、反応炉の破壊に成功するかもしれない。そう考えた武だが、表情を変えるとネストがある方角を睨みつけた。

 

『薄くなれば早速、か―――そうそう上手くはいかないか、やっぱり』

 

 直後、振動と共にネスト周辺に土と砂が舞い上がったことが確認された。

 

通信を聞いた部隊長は周囲と地中部への警戒を命令した。それに続き、地中の振動を計測する機械を設置した。

 

地面に突き刺して通信を送れば自動的に地面した5mまで埋まる自動計測機で、その精度は地上部とは比べ物にならない。今回の作戦で試験的に試されている、地中部からの奇襲を封殺するための装置だ。

 

 そこまでして警戒するのは、平地での戦闘であれば圧倒できるが、地中からの奇襲は対応できなくなる可能性があったから。

 

 真昼の命令通り、了解の声を返しながらも、広域データリンクに映るデストロイヤーの反応をじっと眺めていた。全ては順調、相手の援軍も想定内で―――だというのに嫌な予感が消えなかったからだ。

 

 直感か、錯覚のどちらか。真昼は判断がつかなかったが、不安になる自らの内心に対し、何らかの理由があるのかと思い悩んだ。

 

 原因、元凶を、感触の根拠をそれとなく探しながらも、ネストがあるであろう大磯大地から飛び出してきたドラゴンをきつく睨み返していた。


「ファンバオ」


 愛花は呟く。

 嵐のように荒れ狂うドラゴン型のデストロイヤー。

 台北を滅ぼして、愛花の家族を皆殺しにした復讐の相手。愛花は躊躇いなくオーバードウェポンを起動する。


『システムに深刻な障害が発生しています。直ちに起動を停止してください』

「黙れ、黙って私に従え。殺してやる。殺してやるぞ!! ファンバオ!! 私の全身をくれてやる。だから、今ここで!! お前はここで死ぬんだ!!」

『身体に過負荷がかかっています。肉体の崩壊する可能性があります。ただちに使用を停止してください』

「出力上昇」

『精神汚染率87%。精神に深刻な負荷がかかっています。ただちに使用を停止してください』

「照準合わせ」

『ただちに使用を』

「セーフティ、オールパージ」

『オーバードウェポン・強制停止まで10秒』

「殲滅開始」



 オーバードウェポンが起動して、激しい閃光と爆撃と衝撃波を撒き散らして、一条の光の奔流がドラゴンを八つ裂きにして破壊した。反動として愛花の全身は熱で焼き爛れて、ドロドロに溶けていく。


 激しい痛みが全身を襲い、再生と破壊が繰り返されるが、煙の中で愛花は家族の仇を殺した悦びに身を振るさわせて狂気的な笑いを浮かべていた。


 そして作戦は成功。

 大磯ネストは陥落した。

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