メイルストロム討伐戦②


 人間とデストロイヤー。

 戦闘能力という点において比べると、デストロイヤーの方が圧倒的に優れているのは言うまでもないことだろう。徒手空拳でデストロイヤーに勝てる人間はいない。だが人は、その他の動物と対峙する時でも、自らの肉体だけで戦ってきたことはなかった。その手の中には武器があり、身を守る防具があった。殺されずに殺す自分を守る武具、それが発展して辿り着いた先が、戦術機という兵器であった。

 

個体での人間と戦術機とデストロイヤー。


どちらが勝つかという点においては衛士の技量にもよるが、スペックの面でいえば衛士に軍配が上がるだろう。


 遠近どちらでも攻撃方法があり、機動に優れる衛士はデストロイヤーにも対抗できるためだ。戦車も、距離が離れているなどの条件が整っていればデストロイヤーを圧倒できるだろう。航空戦力に関しては、ラージ級という天敵がいない場所では有用な武器である。


 それに対し、衛士と戦術機はデストロイヤーを相手に、いついかなる状況下でも安定した力を発揮できる兵器と言われている。

 

優れた技量を持つ衛士ならば、10の数をも相手にすることができるほどの、対デストロイヤーに生み出された人類の回答式。


 現時点でデストロイヤーの最強と呼ばれているアルトラ級を除けば、衛士が勝つことができる。

 

一対一で戦えば、衛士の方が圧倒的に強い。それが、単純な事実だった。それなのになぜ、今日に至るまで人類は敗走を続けているのか。


 それは、一対一ではないからだった。ネストから生み出されるデストロイヤーの数がゼロになったということどころか、減少したという報告でさえ成されたことはない。それは擬似的な無限大を思わせられるもの。喩えるならば、母なる雄大な海の如く。無尽蔵とも思わせられる、視界一杯に流れ続ける水と同じように、まるで尽きることを知らないかのように現れ続けるデストロイヤーが存在している。

 

ゆえに奴らと長い間戦い続けてきたものはこういう。

 

――――まるで黒い波濤だ、と。

 

森も町も何もかも飲み込み、真っ平らにしてしまう恐るべき破壊の塊。人類はその他、多種多様な兵器でもってそれらを抑えつけている。だが、動かすのは人間である。ボタンひとつでデストロイヤーを倒せるわけはなく、戦車も衛士も人間の意志と腕力で動いているものだ。有用な堰板として波濤を抑えつける。そして時間が経過すれば、腕が疲れていくのも道理である。

 

疲労。それが、デストロイヤーにはなく、人間の軍にある大きな差であった。

 

 だから快勝を続けていたとして、勝利に浮かれるわけにはいかない。

 侵攻を阻止するための戦闘に勝利し一時は喜ぼうとも、油断をすれば失地を取り返され、次の日にはまた同じ位置に戻ってしまう。


 元が断てなければいつまでたってもこの防衛戦は終わらないからだ。かといって、突然何者かがネストを崩してくれることはない。そんな都合のいい奇跡は空想にさえ値しない。直接に銃火を交えるものとして、防衛の任務に就いている衛士達は、耐えるしかないと実地で学ばされていた。

 

先の見えない戦闘に、諦めを口にする者は多い。だが、その逆となる衛士もまた存在する。諦めを心に秘めても走り続ける、その代表格ともいえる彼らは、今日も戦闘の宙空に居た。

 

縛るもののない空と大地の最中で、通信の怒声じみたやり取りを飛び交わせていた。

 

『高城ちゃん! そっちにいったわ!』

『了解よ、流星!』

 

 レギオン:フォーミュラフロントの今流星と宮川高城。

 彼女達が指示の声に応じるのと、動作に移すのはほぼ同時であった。筋肉をバネにして体を前へと押す推力が高まる。やがて二人は、障害物を前にしても退かず、更なる前へと飛んだ。無表情にすりよって来るスモール級の間を抜けて、後ろに隠れていたミドル級の塊の脇を抜けて。風さながらの速度で、命令通りの位置へと辿り着いたのだった。

 

 目的の場所まで一気に跳躍移動して突っ切ったのだ。そしてシューティングモードにした戦術機が火を吹いた。それもまた着地と同時であった。姿勢制御の動作が終わってから一瞬後には、銃口は目的の獲物を捉えていた。そこから着弾までは、数瞬の間しか存在しなかった。

 

銃撃をまともに受けて弾け飛んだのは、堅牢の名前で知られるラージ級だった。連続して直撃した魔力弾がデストロイヤーの肉を穿ち、奥の奥にまで突き刺さっていった。

 

狙いは寸分さえも違っていない。2人の集中砲火を受けた接合部と胴体をつなぐ部位の肉は、集中砲火によりまたたく間に削られていく。そしてついにはラージ級が、陥落する。

 

『左!』

『っ!』

 

 流星から高城に向けて。短いやりとりだが何を意味しているのかを察した高城は、主脚と弱めの跳躍により、その場から小さく跳躍。飛び退った直後に、もう一体いたラージ級の衝角付き触手が通りすぎていく。衝角は水平に飛んでいき、ラージ級から30m離れた地面へと突き刺さった。

 

―――そして、ラージ級に大きな穴が開いたのは、ほぼ同時である。

 

「たかにゃん先輩、危なかった――――訳ないか。命中は確認したけどら大きいのはまだ健在。さぁ! カーニバルだよ!」

 

ラージ級に大きな穴を開けた下手人、後衛であるフレデリカからの通信が前衛へと入る。

 

穴を開けたのは、フレデリカの異能を利用した特殊魔力弾だった。通常の魔力弾と比べ速射性能では劣るが、威力は遥かに優れている大口径の榴弾。


それがラージを破壊していった。一方で、目の前の敵だけに集中して見ていられるほど、前衛というのは暇な職業ではない。ラージ級から距離を取りつつ魔力弾を申し訳程度にばらまいた後。群れの意識を引き付けながら、自機のもとに四方八方から集まってくる敵をブレードモードで次々に切り裂いていった。


 切れ味鋭く頑丈なカーボン製のブレードだ。大上段からの一撃ならば、ミドル級とてひとたまりもない。唯一の武器である超硬度の腕だが、その振り下ろしも流星達に当たることはなかった。


 ミドル級相手の近接戦は、前衛ならばよく出くわす状況だ。前衛の基本戦闘の一つであるといえる。対処の仕方は様々にあるが、ここでは性格が良く反映されるという。

 

 高城はといえば、ミドル級の間合いを見極めながら引きつけた後に仕掛けさせる。そして空振りをさせて、打ち込んだ。剣道における小手抜面、いわゆる"後の後"にあたる技でミドル級の頭部をかち割っていった。


 流星はといえば、ただ機先を制していた。さっと近づき攻撃される前に長刀を頭にめり込ませる。剣道の基本である"先"の技だが、多くのミドル級を相手にそれをやってのけるような衛士は少ない。

 

特に戦闘経験が多いミドルが使うのだが、年を考えるに見るものが見れば自分の眼を疑う光景だろう。近づき斬り、また近づいては斬る。長刀の刃が煌めく度に、ミドル級の頭部が柔らかい粘土のように切り裂かれた。気持ちの悪い体液の花が咲き乱れる。

 

そうして一体、また一体。やがて10体ほどが倒された頃には、残っていたラージ級も全て"陥落"していた。

 みぞれが言う。


「臨時拠点がここですか? ガーデンの方が設備は整っていると思うんですけど」


 それを流星は経験則から答える。


「たぶんここが地理的に戦況を把握しやすいのよ」

「あっちはあっちで手一杯のようね」

「あれ、司令部で何か声が」


 そういって中に入ると、お台場の楪と船田が言い争っていた。


「だったらここの衛士を見殺しにするって言うのか!?」

「そうは言っておりませんわ。優先順位を見誤らないでと言いたいのですわ」

「だからって」

「でしたらこの機会を見逃せと? そうすれば被害はこの比ではありませんわよ」


 椛も会話に加わる。


「その間に生じる、ここの被害には、目をつぶれと?」

「あら、椛。譲りの影に隠れてなくて良いの?」

「お答えできませんか?」

「お台場から派遣したローゼンナイツとクオッセベイラントは既に大半の守備に回してます。これ以上そちらにリソースを回す必要があると言うのなら、所詮はその程度。衛士の弱さの責任は自らが引き受けるべきでしょう? 衛士なら然るべき覚悟ですわ」


 その言葉に全員が息を呑む。そして一つの通信が入った。

『こちらレギオン・ヴァルキリーズ特務隊。一ノ瀬真昼です。話は聞かせてもらいました』

「なんですの? 急に出てきて」

『クレスト社から安定した火力と指揮系統を持つ衛士集団の派遣が可能と連絡がありました』

「噂の量産型衛士ですわね。反吐がでますわ」

『私たちはこれを受けて、具申します。守備防衛はクレスト社に任せて、私たち特記戦力は特型超級デストロイヤー・メイルストロムの破壊を優先する。それでどうでしょうか?』

「それは確かに助かるけど。本当に大丈夫なの?」

『問題ありません。それと特型超級デストロイヤー・メイルストロムの情報共有をお願いします』

「わかりました。ではそうしましょう」


 そう言って、楪は語り出した。

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