メイルストロム討伐戦①
◆
人類がまだ人より猿に近かった頃より進化を遂げて、数千年。動物とは一線を画する証明でもある"道具"を手にした人類は、その後何千年もの時をかけ進化させてきた。
生活のために、あるいは、同類殺しのためにと、道具に使う技術や、対抗するための知識を磨いてきた。霊長類と自称するぐらいに殺しの技に長けている彼らは、文字通り百戦錬磨の猛者と言えた。
それはデストロイヤーを相手にしても変わることがなかった。地球上であれば話は同じだ。火薬から派生した兵器、銃、戦車、航空機。それらはデストロイヤーにも確かに有用で、それこそが人類を守る矛になった。
今まで同類を効率良く殺すために開発されてきた兵器が。まさか予想だにしなかった相手、ヒュージに役立つとは何とも皮肉な話があったものである。
戦術や戦略も有用だった。デストロイヤーの予測進路に地雷原を設置し、踏み込んだと同時に遠距離から砲撃を浴びせる。衛士においても様々な陣形と役割がある。それら全ては今までに開発された戦術を応用したもので、単純に殴り合うよりは明らかに違う有効さを見せていた。
もしも人類が互いに争わず、兵器も進化させないまま単純な殴り合いだけを続けていたら、人類は瞬く間にデストロイヤーに支配されていた事だろう。忌まわしき二度の大戦も、傷跡は深くあれどそれが兵器と文明の進化の燃料となったことは、今や言うまでもないことだ。
『しかして背後で守るのはデストロイヤーに襲われ恐慌した人類。相互理解も夢の話か』
「気が滅入ることを言わないでください。それより、先日のデストロイヤーですが………」
時雨の言葉に真昼は顔を顰めて地図を見た。
「例の特型はあれですね。一定数を越えたデストロイヤーが、東京を離れて移動。瓦礫の山を作りながら房総半島に上陸。それは今までのデストロイヤーが取ってきた行動パターン上、なんらおかしくはないことですが………」
「問題はその数ということだね。移動した総数が、こちらの予想以上に多かった。あの特型に隠れて、裏では大激戦が起こった。東京が壊滅した戦いで残存デストロイヤーも減ったとは思いましたが―――その数を埋めるように、今度はケイブが開いて補充と」
「かくして東京のデストロイヤーの総量はあまり変わらず。代わりにこっちが弾薬や衛士その他を損耗させられただけ、ですか」
デストロイヤーの最前線である東京の総戦力は変化なしで、人類側はいくらかの戦力と弾薬を消費してしまった。こうなってはもう、東京の奪還ならびに制圧など夢のまた夢というところまで来ている。
それどころか、このまま続けば半年以内にも横浜衛士訓練校が落とされるかもしれないぐらいだ。改めて状況を整理した時雨と真昼が、揃ってため息をついた。
『九州方面からケイブを通じての断続的な攻撃、もう限界が見えている』
「頭の痛い話です。上はその事実を客観的に把握できていないようなのが、また頭にきます」
東京統一防衛構想の段階ではまだ守り切れると判断できただろうが、その後の大侵攻によって大きく損害を出している。それでもまだ防衛隊の上層部。そして東京の衛士達はまだこの地を守りきれると思っている。
前線を知る人間からすれば、それは希望的観測どころか、夢物語にすぎないのだが。もっとも夢を見ないと戦えない者たちも多く存在した。
「メイルストロムでしたっけ、特型の一体。あの個体が出現しているようです。陥落も時間の問題だね」
「ええ。このままじゃジリ貧にも持っていけませんね。それを理解している一部は、賭けに出たいと思っているようですが」
「まあ、真っ当な策じゃないんだろうけど」
「今更真っ当な方法を駆使してもデストロイヤーには勝てませんよ。それに真っ当のレベルに至る作戦を、今の上層部連中が考案できるとも思えません」
むしろ真っ当な作戦は出し尽くしましたし、と真昼は首を小さく横に振る。
『じゃあ、出撃しようか。たとえ負けると分かっていても戦わないと士気が下がる』
「負けて負けて負けての状況が続く今は、メイルストロムを撃破できれば最善ですが」
『希望的観測ってやつだね。特型デストロイヤーは、強いだけじゃない、特殊能力があるから厄介なんだ。それをわからない衛士達はみんな死んだろうけど』
「残っているのは船田姉妹。しかしその船田姉妹も情報提供を渋る始末」
「頭が痛いね、真昼」
「全くです」
無色の風が強く、荒野の砂塵を流していく。空には暁の朱が広がっていた。
下では、その身に合わない巨大な兵装を持った少女達が並んでいる。人ではありえないその大きさ。全長は3メートルを超える武器を持って明けの空を頭上に真っ直ぐと立っている。
特型デストロイヤー相手に自然に振る舞える方がおかしい。
不安いっぱいの作戦を前に、二人の胸中には不安がうずまいている。今より展開する作戦の、その内容に不信感を覚えているからだ。
此度実行される作戦は、房総半島に移動したデストロイヤーの殲滅――――に乗じた、特型デストロイヤー・メトロストロムへの特攻。多くの部隊を囮に、一部の精鋭部隊が包囲網から侵入し、破壊する。
言うのは簡単だった。ある程度は前準備をしていたのも知っている。
初対面の当時よりは、かなりの情報が得られているだろう。接敵後のシミュレーター訓練や演習は当然のごとく行われている、とそう考えるほうが自然だ。
ちなみに真昼達は地上部の陽動にあたる。メトロストロムと対敵するのは、訓練も実戦もみっちりとやりこんで乗り越えてきた、お台場お抱えの精鋭部隊だけ。
失敗のリスクを考えたがゆえのことだった。なにせこの作戦での対メトロストロムの予想損耗率は90%である。生き残れば御の字で、死んで当然という成功率だ。
そんな対メトロストロムはもちろんのこと、地上部隊の衛士達でさえも恐怖を感じている。メトロストロムではない、しかし地上で戦うとしても死の恐怖は拭えないのだ。
それは―――メトロストロムと相対する部隊と比べれば危険度は低いだろうが、それでも特型デストロイヤー周辺では何が起こるのか分からないというのが、衛士とって共通認識だからである。
現在までに行われた作戦からもデータはとれている。いつ終わるかわからない戦いに気圧され、いつもどおりの力を出しきれず疲弊する衛士達。また、特型を前に、仲間に託されたものを思い出して動けなくなる衛士もいた。
そう、特型の前で衛士達は、デストロイヤーに関連するもの全てを否が応にでも思い知らされてしまう。その全てが重圧となって、衛士達の胸の外殻を軋ませるのだ。
今現在、こうして離れた場所で待機している真昼達でも、息苦しさを感じるほど。
呼気も吸気もうまくできてはいるが、吸う時の何かが足りなく、吐き出す時の何かが足りない。
酸素は足りているだろう。二酸化炭素も吐き出せている。
しかし、息は苦しい。
――――いつもの事である。最前線でデストロイヤーと直接戦う衛士ならば、程度の差はあれど、皆同じような息苦しさを感じている。
そして、いつものとおり。気づけば、この不明な重圧からの、逃げ場所を求めるように。
いつも変わらぬ、頭上に広がる空を見上げていた。
「………綺麗ですね」
真昼が言葉をこぼす。呼吸も忘れるほどに美しい、と。
時雨は言葉を返さず、だが心のなかで同意を返した。平地はデストロイヤーに踏み荒らされていて、緑も残っていない。砲撃の欠片か弾丸の影響か、そこかしこに鈍い鉛色が転がっている。
でも、空の色は変わらない。安全な場所で見た時と同じ、朝焼けに燃える朱は依然として変わらずそこにあった。昼になれば爽快な青がまた天に広がっているのだろう。
その光景を焼き付けて、戦いへ臨むのだ。
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