首都防衛戦⑧

 民間人の避難所がいる場所へデストロイヤーが到達した。

 一気に避難区域に赤いマーカーが流れ込んでいく。


『ああああああっ! そんな! 到達! 避難区域にデストロイヤーが!!』


 オペレーターが悲鳴のような声を上がる。

 それを聞いて全員の顔が強張った。

 避難区域にデストロイヤー到達した。

 それは戦いが佳境から煉獄へと変換されたことを意味する。そんな惨劇の色が濃い戦場だが、それを止めようという動きがあった。最初に"それ"を確認したのは、防衛隊のその中隊長だ。

 デストロイヤーに包囲されてしまった、危地に陥っていた中隊の長である彼は、それを見てまず自分の視力と正気を疑った。

 

「これは………!?」

 

 網膜に映るレーダー。映しだされた戦域の、その南東から青い点が迫ってくる。その数は2――――赤の群れを掻き分けて、こっちにやって来ている。問題は、その速度である。2の青の連なりは、まるで無人の荒野を往くような速度で戦域を移動している。

 途中に存在する、数えるにも馬鹿らしいほどに多い赤のマーカーをまるで"在って無い"と言わんばかりに。


「……!」

「……!」

 

 確かに、デストロイヤーは移動中である。その密度は通常より高くないだろう。しかし、だからと言って高機動を駆使したとしても、抜けられるほどに薄くはないはずだ。

 

「いや、違う?」

 

 その二人は、デストロイヤーをただ避けているのではなかった。

 青が前に進む度に、赤のマーカーが消えている。

 

 考えている内に、やがて、青の点が中隊と交差した。次の瞬間に行われたのは、奇行である。少なくとも彼にはそう見えた。なぜならば、正気では成せない業が、そこにはあったから。

 

『うああああうあああ!!』

『死なせない!! その為に私はぁ!!』

『邪魔なのだああああ!』

『一刻も早く辿り着く!!』

 

 通信と共に衛士の2人が現れ、次の瞬間には去っていた。

 彼は自分の顔がひきつっているのを自覚した。

 

 ――――まず、速度がおかしい。衛士の正気を疑うほどの、無謀と言われても否定できないほどに。しかし、その二人は倒れなかった。安全域とされる速度を上回ってなお、着地時にバランスを崩さないで。それどころか、射撃までする余裕があるなど、酒場での与太話の類だ。


「馬鹿な、早すぎる。これが横浜衛士訓練校の衛士か!?」

 

 目の当たりしてしまったからなどは、自分が妄想の世界に逃げ込んだのではないかと思ってしまってもいた。それでも、死に瀕している自分という意識は嘘ではない。それに、その光景には現実味があった。妄想にしては、機動に特徴がありすぎるしバリエーションも違う。

 

 一方の衛士は鋭すぎる機動で切り込んだ。もう片方が的確な機動を駆使し、他の衛士が動けるスペースを確実に広げ、相手を削りつつ刳りこむように前へと驀進していった。


『どけぇ!!』

『邪魔しないで!!』


 次に現れた衛士も。こちらもまた、尋常でなかった。特筆すべきは射撃の精度だ。高速で前進しつつも、強襲の役割を果たしていた。その役割とは、もう一人の援護。確実に邪魔となる敵をみつけ、最速で撃破することがベストである。


「XM3とはここまでの力を!」

 

 だが、それは―――言うほど簡単なことではない。特に高機動下の状況においてはターゲットの確認も射撃も、その達成難易度は劇的に跳ね上がる。高速で移動している時、衛士は何より自機のバランスに気をつける必要がある。そのため、射撃の精度が落ちることは必然である。ターゲットを確認する時間も、少なくなる。ましてやあの速度である。成せるはずがない、それが常識の範疇である。しかし、衛士2人は常識を越えていた。

 

『11時と10時に5つ! 2時と3時半に4つ!』

『うがぁあああ!!』

 

 あまりに端的すぎる指示。傍目には意味不明としか思えないものだったが、直ちに動く機体があった。指示を出されたと思われるその衛士は、行き掛けの駄賃とばかりに、邪魔となるデストロイヤーだけを血まみれにしていく。スモール級はひき肉に。だが、ミディアム級に対しては数発の銃弾が撃ちこまれただけで、倒せてはいない。だが、頭部を貫いたそのダメージは小さくない。


『12時に5、4時に7つ』

『うおおおおおおお!!』

 

 あの傷であれば、すぐに立ち上がり反撃されることはないだろう。そして中隊は、"それで十分だ"とばかりに、動けないミドル級を無視して、ただ前へと抜けていった。

 

 前に、前に。隊の意志は、それだけに思えた。

 それはまるで槍のようだ。デストロイヤーを貫き、突き進む一陣の白刃だった。

 一秒でも早く前へ、という意識が二人のものとして共有されているようだった。


『邪魔だ!! どけええええええええ!!』

 

 そこには個人の"味"が無い。だけど彼らは、一個の強靭な生物のようにただ一つの意志の下に動いているようだった。バラバラではなく、2人の全てが一つの目的を紐として束ねられている。いわば、2機編成エレメントという名前の、一振りの槍となっている。機能としての貫徹を定められた、名槍のように。

 部下からの通信が入った。

 

『隊長、ついてこいとの指示が!』


 言葉を交わした刹那的。

言われるなり、隊長は風が吹いた跡を見る。そこには、倒れているデストロイヤーと、抜けられるかもしれないほどのスペースがあった。

 吹けば飛ぶような儚い希望、賭ける命、笑えば笑え。


『………全機に告げる! あの二人の衛士に続け、この包囲を抜けるぞ!』


 生き抜け修羅舞う道。

 脈打つ鼓動。

 肺を燃やして。

 今はどうか、とこしえに刻め。

 形は残らないは残らないとしても。

 槍のような彼らが駆け抜けた跡は、デストロイヤーの密度が確実に薄くなっている。そうして、男の率いる中隊は、危地を抜けて前へと動き出した。

 前方――――デストロイヤーの進路の先、市民の避難所がある方向へと。

  ――――死が満ちている。死が溢れている。

 

 声はない。音楽もない。あるのは風が吹く音と肉が砕ける音と、銃弾のマーチだけ。断末魔の悲鳴はシンバルかもしれない。通信の声はバイオリンか。戦う音、死の音はすべて混じわりあい、入り乱れていた。それはまるで素人だけで演奏されたオーケストラのように。


「ぐうううううう」

「うらあああああ!!」

「人類をなめんなぁあー!!」

 

 だけど噛み合わず、不協すぎる奇天烈な和音が混じりすぎている。

まるで悪夢が現実になったかのよう。それでも、戦うものは戦うことを諦めてはいなかった。

 

 体力も限界に達して。馬鹿になっていく身体をひきずって、引き絞っていた。

 

『ううう、おおおおおおおお! 梨璃様に、誇る為に!! 絶対助ける!!』

 

 少女そうだった。柊シノアは、歯を軋ませながらも食いしばり戦っていた。戦うという行為自体がぼやけるような中で。疲労に視界は歪み、記憶さえも断続的になって、知らぬ内に唇の中から血が滴り落ちながら。


「うらああああい!!」


 泣いて縋る未来を欲しがる夢なんてもう要らない。

 それを見ている隊員達も、戦っていた。ガキが歯を食いしばっている。呼ばれた名前は、聞いていた姉の名前か。時おり、それを聞く度に、隊員達の心が軋む。削っている。命を削っている。未熟な身体を酷使して、叫びながら戦っている。それは一等まぶしいもので。だから決して、消させたくはなかった。大人であり、成人している防衛隊員の中に芽生えるものがあった。


「兄さん達に!! 私は幸せですって!! 故郷の墓に花を添えるんだ!! こんなところで死なせてたまるかああああ!!」


 ―――未来ある子供を、こんな所で死なせてなるものか。

 ましてや、ガキが戦っているのに自分だけがどうして弱音を吐ける。ボロい肉体でも。苦しい訓練でも。あるいは、ボロクソにこきおろされた戦術レポートを見ても、特別に不満を垂れず頑張った理由がここにあった。

 

 一生懸命に生きているガキ。突っ走っているガキ。そんな立派な――――凄いガキに、大人として情けない背中は見せたくないのだ。彼らは個々人で思いの差異はあるが、それでもプライドの高い人間だった。だからこそ納得できないことには衝突し、いつしかまともな軍人の道からは外れていた。


『貴様ら!! 衛士共に晩飯を食われて腹ペコだろう! 今からたっぷり食わせてやるぞ!!』

『おおおおおおおお!! 飯だ!! 食い尽くせ!!』

『衛士がなんだ! 俺たちだって防衛隊の一員だ!!』

『飯だ!! くそ! うまそうな飯だなあ!!』

『最高だぜ!! くそったれ!!』

 

 それでも、プライドは消えず。何より無様は許せないという頑固者で、ある意味でガキで。そんな彼ら彼女らだからこそ、諦めるという選択肢を蹴っ飛ばせた。

 全身を苛む苦痛。戦闘に伴う衝撃と激痛に、悲鳴を上げてのた打ち回りたくなる。だけど蹴っ飛ばす。自分から諦めはしないと、踏ん張って。

 

 致死の攻撃が迫るも、諦めずに回避して、回避して、回避して。

 

 仲間を襲うデストロイヤーあれば、させるものかと撃って、撃って、撃って。

 

 近づき仇なすデストロイヤーあれば、守るためにと斬って、斬って、斬って。

 

 あるいは、他の衛士や防衛部隊も同様だった。限界に倒れるものは多かった。だが、このまま行かせれば基地ごと壊滅させられてしまうだろう。その果てにあるのは、死。死のみである。守れなければ失うのみ。そしてデストロイヤーは何もかも飲み干していく。軍人としてそれは許せない。不良の軍人でも、臆病な軍人でも唯一共通している矜持は存在する。


「衛士も防衛隊も補欠衛士も関係ない。ただ戦うのみ!!」

 

―――民間人が死ぬのは、最後。ここを超えたければ、先に俺の屍を踏潰して越えて行け。

 

 ここまで残っている軍人は生粋のものが多い。そうして、この戦闘で失った仲間も多い。

 戦死した仲間たちの思いと想いを重しに、彼らは叫びながら戦っていた。

 

 荒野に命がばらまかれていく。赤い血と紫の体液が地面を汚していく。

 二つの花が荒れ果てたビルの間を往く。道すがら、壊滅した部隊の残存を拾いながら。

 

『た、助かった! って行くのか? くそ、本気かよ!』

『愛花さん………ありがたい。さっき、カリーナも逝ってしまってな』

『………私もついていこう。残り2人だが、よろしく頼む』


 青に青が重なる。生き残った衛士達が、蜘蛛の糸を掴むカンダタのように生への活路に殺到しているのだった。いつしか、それは川になっていた。

 青の識別信号が連なっている。デストロイヤーも、なぜか移動を優先していて、攻撃をしかけてこない。状況を把握した神琳は、決心する。


『ここが、その時ですね』


 レーダーにも映っているその場所。情報には火何時のと評されるその中では、赤と青の識別信号が入り乱れている。そして、この東京には避難民がまだ残っているという。その証拠とばかりに、中心部からは、白黒問わずの煙が上がっていた。


 ただ、頷くだけだ。そして言葉を紡いだ。

 

『ここに居るのは軍人です。そして、私達がするべき事はなんでしょう』

 

 答えなど決まっていた。例え後で悪夢に出てくる事が確実である、凄惨な光景が待ち構えているとはいえども。そのような甘ったれた理屈を盾にして逃げ帰るなど、軍人として有り得ない行為だった。

 

 そして衛士も、防衛隊も、全員が軍人である事を選択した。誰でもない、自分の意志によって。しかも、死んでいった人達を背負うことを決意した。それは即ち、彼らの遺志を汲み取ることに他ならない。

 

 そうであれば、撤退の二文字はあり得ないと切って捨てるべきもの。亜大陸で散っていった仲間たちは、危機にある民間人を見捨てて自分だけ逃げるような下衆ではないのだから。

 愛花が声を上げる。


『全員、傾聴アテンション!! この通信を聞いている全ての人間に告げる!』

 

 美しい。けど力強い。追随している部隊を含めた全ての者が耳を奪われた。

 

『見ろ、あの煙を! あの火を! あの場所に人が居る、我々が守るべき民間人が今も残っている! 歩兵の銃声も聞こえるだろう! 今正に友軍が、味方が、人がデストロイヤーに抗っている――――』

 

 愛花は叫んでいた。単語の中に、自己の内に渦巻いている有り余る熱量と質量をこめていた。必死と評されるその声には、余裕を見せつける洒落の気はない。気取った声も、格好もついていない。だが、全員が目を離せなかった。積み重なった疲労を忘れ、ただ続く言葉を待っていることしかできなかった。

 

『これ以上は言いません。だが、この場所において命だけは惜しむな! ただ己に課した責務を忘れず、それぞれに全うせよ!』

 

 愛花の言葉に建前は存在しない。彼女も今や故国を奪われた女である。台北という国は奪われてしまった。死地に死地を重ねても、届かなかったのだ。だけど、彼は今も戦い続けている。そんな女が望んでいるものは、決して衛士としての"義務"などではなかった。

 

 欲しいものは未来。輝かしい未来と―――そこに続くと信じさせてくれる、人間だ。

 疑いなき意志が欲しいのだ。背中を許すに足る仲間を欲していた。あの絶望的に強くて多い忌まわしきデストロイヤーが相手でも、己の全身からぶつかることができる。

 

 例え自分が倒れても、と思わせてくれる戦う者たちを

 

 愛花問わなかった。強制せず、命令もしない。訴えかけるだけだ。そして追随している軍人は、ただの一人も逃げなかった。

 

『―――誇り高き戦友達に告げる』

 

 声には、喜色が浮かんでいた。それを察した軍人達の口も緩んだ。


『地獄に往くぞ――――私に続け!』

 

 苛烈なる中隊の火のような突撃を誘蛾灯に、青の識別信号の川が避難所へと流れ込んだ。

 吹けば飛ぶような儚い夢を賭ける命。笑えば笑え。

 掴み取れ、一度しかないこの瞬間、抱いてつらぬけ。

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