首都防衛戦⑦

 コード991。

 作戦はデストロイヤーの進軍によって開始された。


『デストロイヤー移動を開始しました! ラージ級の姿は見えず! 繰り返すラージ級の姿は見えず!』

「良かった」


 黒十字補欠隊の道川深顕は砲撃地点の護衛に役割を与えられていた。

 ラージ級はレーザーで砲弾を撃ち落とし、その巨体で砲弾をものともしない。ラージ級がいたら火力支援が大きく下がる。


「ラージ級は無しか。妙だな」


 ベテランの衛士は疑問を持っているようだ。

 先鋒は後方に控えている戦車の砲撃。重厚感溢れる砲火の艶花がデストロイヤーを蹂躙していった。高速で撃ち出された大質量の砲弾が、異形の化け物の全身を打ち据える。直撃を受けたデストロイヤーはたとえラージ級以上の持つバリアがなければひとたまりもない。抗うことなどできず、ただ大地に散らかされてゆく


「うっ」


 なのに化け物たちは怪物であることを実践するが如く、怯まず前へと進み続けた。これがまともな生物ならば、躊躇いをみせただろう。知能のない動物とて、脅威に曝されれば逃げる。だがヒュージはまるでお伽話の怪物のごとき、不死の怪物のように怯む様子を見せない。


(こ、こんな光景を衛士達はいつも)


 ごくり、と深顕は息を呑む。


「数が多い、ラージ級がいないのが幸いだけど」

 

 ベテランの衛士がレーダーを見ながら舌を打った。いつもよりも、"赤"の密度が濃かった。

 

「砲撃の効果が薄かったの?」

 

 飛びついてくるスモール級をよけながら、銃を撃った。狙いは違わず、飛びついてきたスモール級、そして絨毯の如く地面に蠢いているスモール級のことごとくをひき肉に変えていく。だけど、数はまだまだ健在だった。赤い血の池のように、水のように。開いた穴へと流れこむように、スモール級は押し詰めてくる。その速度はいつもの倍。砲弾で多くが圧殺されているだろうスモール級、その密度がいつもよりも多い証拠だった。砲撃による撃破率が低いからだ。

 気づき、深顕は盛大に舌を打った。


「うああああああああ!!」

 

 前衛にとってはある意味でラージ級よりも厄介な個体が多く生存しているのだ。苛つきを見せない方が無理というものだった。しかし、死地というほどではない。戦力差からすれば、十分に許容内のものだ。衛士のいるエリアにはこの倍はヒュージが殺到している筈だ。


「減らない!? なんて数なの!? 煉獄からの使者共め!」


 何とかその場で踏ん張って応戦し続けた。噴射跳躍の轟音が大気を揺らし、マズルフラッシュが輝く度にデストロイヤーに死が量産される。その速度は、敵の密度もあってか通常時よりも早いもの。だけどそれは味方側も同じだった。網膜に投影されたレーダー、その中でアーマードコアを表す青の数の減りが、いつもより早くなっていた。


「多い……だけど!」

 

 戦う。戦う。それでもまた、どこかの防衛軍の断末魔が聞こえてきた。

その度に、戦線に穴が開いた。埋めるべく、他の部隊が戦域を広げる。

 正面だけに集中していた部隊も、正面よりやや左右に広げて戦闘の領域を広げなければならない。


「戦線が……!」


 それは、一度に相手をする敵の数が多くなることを意味する。そして、アーマードコアⅡに腕は2本しかない。補助腕関係なく、戦闘に直接使える腕は8本も16本もないのだ。自然、最前線に出張ってくるデストロイヤーの総数が多くなる。詰めてくる敵に、対処する銃弾の数が不足している。押し込まれることは必然。戦線全体の後退は、何時にないほど早まっていた。

 

「これは、まずい。押し込まれている」

 

 同じ戦線で戦っていた衛士の一人が忌々しそうに呟く。この状況を鑑みた結果ゆえだ。数多くの敗戦を知る彼女は、いち早くこの戦況に焦りを見せていた。こと戦争において、その結果に時の運が絡んでくることは多い。そしてこの場においての運は、流れは完全にデストロイヤーの方向へと行っていた。

 

「こちらがデストロイヤーどもの戦術にはまったか」

 

 掟破りの市街地に設置した地雷はその全てが作動したはず。爆発の規模においても、過去の戦闘を下回るものではなかった。それなのに、デストロイヤーの撃破数は前よりも少ない。デストロイヤーが戦術を理解するとは思いたくないが、衛士はあの化物共が何かしらの対処方法が取ったとしか思えなかった。

 

「大きいデストロイヤーの数が妙に多い。ミドルの中でも大きいのが残ってる。ミディアム級もそうだ。先んじて小型種だけを前に押し出して、地雷への贄としたか………そういえば、戦場の待機時間が多かった」

 

 加えていえば、進攻の速度がいつもよりも遅かった。発見から出撃、そして接敵。その出撃から接敵の時間が、前回よりも10分は長かった。


「衛士さん、私はどうすれば!?」

「まずは着実にスモールとミディアムを撃破して! ラージが来れば私達はそちらを優先しなければならない。それまでに少しでも数を」

 

 もしラージ級が現れて対処しなければ、後方にまで押し込まれるだろう。黒十字補欠隊に関していえば上手く機能している。いつも以上ではないが、それなりのペースでやれているだろう。だが、他の部隊はそうではないようだった。実戦経験の少ない新兵を編成している部隊にいたっては、あるいは心の隙をつかれたのだろうか。普通ではないペースで次々に落とされていっているのが確認できてしまっていた。


「他の部隊のマーカーがどんと減っていきます!」

「他の部隊と連携しないと」

「駄目です。どこまで手一杯です。助けられる余力はありません!」

「クソッ」


 ベテランを擁する部隊は流石に踏みとどまっているが、多すぎる敵の数に圧されているせいか、動きも鈍っていた。このままでは、後背にある防衛陣地近くまで押し込まれてしまうかもしれない。

 

 目の前に集中するしかない未熟な衛士とは異なる、全体の戦況を把握できるベテランの衛士達。他の部隊の猛者達もみな、徐々に今の事態の不味さを把握していった。どうにかしなければ。あるいは、起死回生の一手を。地形を活かして何事かできないか、ベテラン達の脳裏に浮かんだのはそれだった。


『こちら司令部』

 

 ―――しかし、そんな時に通信が入った。発信者は戦域の全体を俯瞰できる指令だった。

 一斉に入った通信に、一瞬だが場が混乱する。だが、本当に混乱するのは通信の内容が知れ渡った後だった。

 焦った調子で告げられた連絡。その言葉は、無慈悲なものであった。

 

『司令部より各機へ! エヴォルヴの自壊を確認。しかし大量のケイブが発生。デストロイヤー後方にさらなる増援のあり! 規模は10個師団! 10万以上のスモール級が殺到してます!! それに、デストロイヤーの進行方向が北にずれています! このままいけば東京市民の避難所とぶつかります!!』

「北? エヴォルヴが自壊?」

「エヴォルヴは自己進化をしていたんじゃない! 自己進化に見せかけて内部にケイブを量産していたんだ!!」

「つまり囮!?」

「デストロイヤーが知恵を!?」

 

 深顕はレーダーを見て唸った。今はデストロイヤーの群れの前面に銃火を叩きつけて抑えているものの、抑えきれておらず。そして全体としては、徐々に北へとずれている。

 

 今までのデストロイヤーの進路は、エヴォルヴのいる新宿から真っ直ぐ防衛陣地に直進するルートであった。しかし今は、その進路は北へとずれていた。今までの戦闘から割り出したデストロイヤーの予測進路より、大きく外れている。

 

「このままでは更に内陸部に入られる………これじゃ沿岸部の艦隊の砲撃が届かなくなる!」

「ああ、後方にいる戦車部隊の射程距離から―――くそ、外れちまうじゃねえか!」


 移動速度と射程範囲を把握した深顕は焦った。それがどういった結果に繋がるのか。脳内で戦況を整理した上で、否、だからこそ戦慄してしまう。

 

 この地における防衛線の多くは、防衛線へ直進するルートを封鎖するような形で敷かれていた。新宿を封鎖して、衛士を防衛陣地に集結させることで餌にして誘導する。防衛陣地に相当数の戦力が配置されているのが現状だ。砲撃の着弾点もその方針に従い、設定されていたはず。戦車その他の砲撃部隊は、敵が真っ直ぐに突っ込んでくればより多くの打撃を与えられるようにと配置されているのだ。


「くそ、どうすれば。戦力配置が完全に裏目に出た!」

 

 そこにこのルート変更が発生すればどうなるか。当然のごとく、砲撃は届かなくなる。届かせるためには砲身自体を移動させる必要があるのだが、これが問題だった。


「戦車部隊の足が遅い!!」


 そもそも戦車部隊が主力として扱われないのは、その機動力の低さにある。衛士やアーマードコアとは比べるまでもない、遅い足しかもたない戦車部隊は、悪路をものともせず140kmで突っ走るスモール級には追いつけない。沖の艦隊は今の状況になっては、論外と言わざるをえない。そもそも陸に上がれない。間もなく、数えられる戦力から省かれることになる。


「支援も届かないのに10万を相手にどうしろって!?」

 

 それは問題だった。艦隊の援護が届かない防衛圏外部に入られてしまうと、軍全体の打撃力が著しく減じてしまう。当然として、北の進路上に人類側の戦力が配されていないことはない。備えは常にしておくべきだからと、戦術機部隊その他は配備されている。

 

 だが、人類に余裕はない。必然的に、主ではない場所の戦力は疎かになる。

 

 その理は北に置かれている部隊の戦力にも適用されていた。

 

 ―――壁にもならない。言い表すのならば、これが正しいだろう。北の戦力は、防衛陣地周辺のそれを比べるまでもなく劣っていた。

 当然、これほどの規模で侵攻しているデストロイヤーを止められるほどではない。

 

(止められない。このままでは、戦線の一部が突破される………それは不味すぎる!)

 

 いくら迂回ルートとはいえど、その道は市街地に通じている。避難所として設定している街に被害が出れば、この防衛戦の様々な"力"は落ちるだろう。しかし対応策は無いに等しかった。撃破数の多くは、戦車や艦隊による砲撃のものだ。衛士は防衛陣地でエヴォルヴを破壊する為に守りに徹している筈だった。


「エヴォルヴに気を取られ過ぎた!! まさかデストロイヤーがこんな戦術を取るなんて」


 アーマードコアと防衛隊で殲滅することは難しい。このままでは、後方にまで抜けられる。その先の未来はどうなるか――――それは、この場で戦っている誰もが、考えたくないものだろう。

 

『黒十字補欠衛士隊へ! 今は目の前の敵に集中して下さい! 対応は司令部に任せ、今は一匹でも多くのデストロイヤーを!』

「了解! 私達はこの鋼の機械を操る希望の戦士だ! あの下等生物を少しでも破壊する! 行くわ!! ついてきて!!」

『了解』

 

 通信を聞いた深顕が戦闘中の各機へ通達する。前衛の手は止まってしない。手足をせわしなく動かし、一分に数匹のデストロイヤーを屠っていく。しかし、耳は開いていた。

 深顕から発せられた、通信の号令が響く。

 

「私達は戦える!! ―――なら、やることは避難ではなく壁なること!! 一刻も早く、一匹でも多くの敵を殺せ!」

 

 それが最善に繋がる、と。隊長からの声に、補欠衛士の戦士たちが応じた。了解、と。

 

 薄暗い防衛陣地の中。中隊の声を聞いていた梨璃は、しかし顔をしかめ続けていた。

 

「OKです、それが最善、だけど――――」


 周囲を見る。有能な司令官はあちこちの状況を確認しながら、声を飛ばしている。そこにいつもの冷静さはない。観察眼に優れる真昼だけではない、他のレギオンリーダーもその動揺を見抜いているようだった。指揮官が冷静さを失う場面。それは言うまでもなく、致命的な状況が訪れた時に現れるものだ。

 

(予想外すぎる。避難所の方の手配は済んだ。これでは避難を開始するはず………なのに、このよりによってこの日にデストロイヤーがこんな行動を取るとは)

「負ければ終わりだね………ここも」

 

 戦況は傾いていた。流れはデストロイヤーが掴んだのだろう。レーダーに映っている味方の青と敵の赤。その総数は一目瞭然だった。言うまでもなく、赤の数は馬鹿みたいに多く。青は、その数を減らされていっている。

 また、物言わぬレーダーの青が消えた。

 

「レギオン、す………スレイブ、全滅しました!」

 

 震える声がオペレーターに響いた。声には涙色のそれが含まれている。自分のレギオンが死んだのだ、無理もないことだろう。だけど、誰も振り返らない。レーダーを注視するのみだ。

 なぜならば、戦いは続いているのだ。幾十、幾千もの銃弾が飛び交っているのだろう。

 

「レギオン:ザウバー、壊滅しました!」

「戦線に穴を開けるな! 隣接するレギオン:ヤマにフォローさせろ!」

「レギオン:チャーリー、前衛4機が壊滅!」

「………レギオン黄金の翼と合流しろ! 連携は、だと弱音を吐くなそれぞれに役割を果たせ! ここで撤退させるわけにはいかん!」

 

 青が喰われる度に通信がわめきたてる。司令の怒声が飛んだ。確かに、戦闘が続くにつれ赤の数は減っていった。だけど青の光点も、時間に応じてその数が少なくなっていく。無理も無いことだろうと、真昼は思う。なにせ衛士や防衛隊を青の火の粉と例えれば、対するデストロイヤーは紅蓮の火炎そのものだった。青はまるで水の礫。そして炎は、水玉につつかれようとも、消えるコトは有り得ないというように燃え盛っていた。


「レギオン:ガスパーク、消滅」

「レギオン:サイドガラタ壊滅!」

「数が! 数が多過ぎます!!」


 遂には、青の火の粉は消えて。そしてまた次々に、赤い波に呑まれて消えていった。

 次第に、戦場の色が変わっていく。


「くぅ、押し切られる」

「黙れ! 弱音を吐く前に仕事をしろ!」

「すみません!!」

 

 ――――レーダーの地形を示す色は、青がかった緑だ。そして今、その色の多くは赤に染められていた。まるで、綺麗な池が血に染められているように。そしてその血は、ついには北の青の線を突破した。

 赤い奔流が北へ、北へと駆けていく。

 まるで疲れを知らぬ、恐怖を体現する群れは次第に東へと進路を傾けた。

 

「司令官」


 真昼は言った。


「なんだ?」

「私達を避難所防衛に当ててください」

「無理だ。エヴォルヴが自壊したといえ、まだ形状崩壊を起こしていない。このまま再生する可能性もある。君達は砲撃を達成するまで動かすことはできない」


 真昼は唇を噛んだ。


「なら! 私達が行きます!」


 その言葉を言ったのはシノアだった。愛花も同じ手をあげて同意している。


「この場にはレギオンリーダーが揃ってます。防衛十分でしょう。私達はデストロイヤーの追撃に向かいます」

「わかった。頼んだぞ」

『了解』

 

 このままではやらせない。意地とも取れる司令の声が防衛陣地内に響いた。

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