旧友の悩み④
最初の第四世代戦術機を装備してから、依奈は任務がない日はこの戦術機の練習に励んでいた。その度に百由を付き合わせるわけにはいかないので、自分で設定をして実験室で訓練していた。
その甲斐あって、ファンネル戦術機をまるで手足のように動かせるようになっていた。あとはこれを実戦で指示を出しつつ操作できるかが問題だった。
「ふぅ」
訓練の一休みしていると、突然頬にジュースが当てられた。その感触にびっくりして、依奈はひっくり返る。
そこにいたのは真昼だった。手には、汗をかいたジュースを持っている。
「いきなり冷たくてびっくりした?」
「冷たくはないでしょ。普通に頬に何かつけば誰だってびっくりするわよ」
「そっか。ごめんね」
真昼は目を細めて、ジュースを手渡した。
「練習頑張ってるみたいだね」
「ええ、スランプでレギオンのみんなには迷惑かけてるからね。次に戦う時に足手纏いじゃないって思わせたいの」
「うん、そうだね。実戦では思いもよらない事が起きるからね。昨日までは良くても今日は駄目って日が来る。でもセーフティを最小限にして稼働させるのはまずいよ。安全マージンは最大にしないと何が起きるか分からない」
「良いのよ、私は強くなければいけない。その為なら多少の不具合は受け入れるわ」
その言葉に真昼はなんとも言えない表情をする。依奈はそれが意外だったのか、少し驚いた顔で言う。
「アンタなら最善を尽くすには犠牲つきものだ、くらい言うと思ったけどそうでもないのね」
「犠牲は無い方が良いよ。私は一貫して最小の犠牲で最大の戦果主義なのは変わってないよ。人は常に最善を尽くす事を目指す姿勢をやめては往けないとも思ってる。だけど、犠牲を容認しているわけでも無いんだよ」
「何が違うの? 最小の犠牲なら結局犠牲は出すんでしょ?」
「その最小の犠牲をいかに軽減するか、も私の最善を尽くすに入っているの」
「なるほどね。つまりアンタは欲張りなんだね。理想論は犠牲なしの最大の戦果。だけどそれは無理筋だとわかってるから犠牲を容認する。でも犠牲は最小の最小にしたい」
「だって、誰だって死んでほしく無いし傷ついてほしく無いって思うのは当然のことでしょ?」
「そりゃあね。けど人には譲れない時もある」
「依奈ちゃんにとっては今がその時か」
「そうよ。最小限とは言えセーフティはかけてある。酷いことにはならないでしょ」
「だと良いけどね」
その時だった。横浜衛士訓練校の鐘が鳴り響く。デストロイヤー襲来を告げる音だ。しかも警戒音からしてデフコン3だ。
ラージ級と大量のスモール級やミディアム級が出現したのだろう。
デフコンとは、「Defense Readiness Condition」の略で、通常は戦争への準備態勢を5段階に分けたアメリカ国防総省の規定を指す。
「デフコン5」は完全な平時であり、「デフコン1」だと完全な戦争準備態勢(非常時)となる。例を挙げると、デフコン5では核攻撃機はアメリカ本土地上待機であるが、デフコン1だと24時間3 - 4交代でアラスカまたは北極圏上空待機となり、その他も地上待機となる。
横浜衛士訓練校にも鐘の音でこの手はこんなシステムが組み込まれている。
依奈は立ち上がって、装備をつけたまま実験室を出ようとする。それを真昼が後ろから声をかける。
「依奈ちゃん」
「何? 私は今日担当だから行かなきゃいけないんだけど」
「セーフティを全て外しちゃダメだよ」
「わかってるわよ。そんなに死に急いでないわ」
扉が閉じて、依奈の姿が見えなくなる。
真昼は端末を操作して依奈の戦闘記録と生体データを調べる。一日四時間、休憩なし、七日間連続、敵性デストロイヤー難易度高、精神連結90%、AI補助オン、オートパイロットプログラム稼働中、安全装置低、セーフティ最小、ファンネル戦術機のマニュアル操作。
「十分、死に急いでるよ、依奈ちゃん」
依奈はガンシップの中で出動準備を進める中、隊長が情報を伝達する。
「ラージ級が10体以上、ミドル級以下が100を超えてる。時間との勝負だよ、みんな気合い入れていこう」
隊長は依奈に視線を向ける。
「依奈様も覚悟は良いですか?」
「問題ないわ」
隊長は厳しい視線を依奈に向けた。彼女が依奈に強くあたるのはいつもの事だが、今日に限ってはそれだけでは無い。今日の出動は依奈のわがままで決定されたことなのだ。
『次にデストロイヤーが来たら私たちが出れるように申請して』
依奈はそう隊長に頼んだ。本来なら非番であるが、依奈は一刻も早く力を試したかったのだ。
『次の戦いで私はこのレギオンの足手纏いから卒業する。私の力を見せる。もし駄目だったら私はレギオンを抜ける』
その言葉を受けて隊長は了承した。隊長からすれば司令塔の役割を奪った足手纏いの依奈を切り捨てる良い口実になる。断る理由はなかっただろう。他のメンバーも我慢の限界だったのか、誰も止めようとはしなかった。ただ天葉だけが苦しそうな表情をしてるだけだった。
依奈はアタッシュケースを開けて、ヘッドギアと翼型のバインダーを装着する。
隊長が敏感に反応する。
「何ですか、それ」
「第四世代戦術機の試作機。私の新しい相棒になる子よ」
「第四世代って精神直結型戦術機ですよね? 初代アールヴヘイムのメンバーが実験中に廃人になったという。正気ですか?」
「私は正気よ。あたしは今日からこれを使って出撃するわ」
「隊長として許可できません」
「事前に練習もしている。セーフティもある。安全装置は確認済み。大丈夫よ、ね? ソラ」
「え、う、うん」
この中で唯一知っている天葉の反応は悪い。彼女もまた精神直結型戦術機の使用を完全に認めているわけでは無いのだ。まだ試作機であり、安全性が確立されてないものが使われるのには抵抗があった。
そして悲劇が頭をよぎる。
「あたしはこれを使えてた。そうよね? ソラ」
「うん、それは見てた。前の戦術機を使ってた時よりも戦果はあったと思う」
「ほらね。だから大丈夫よ。何かあってもあたしの自己責任だから」
「なら、無様な戦いをしてみんなを危険に晒すような真似は許しませんよ」
「安心しなさい。その時は潔く隊を去るから」
ガンシップに備え付けられたスピーカーから声が出る。
『目標を確認。ラージ級とそれ以下のデストロイヤーが多数』
「了解」
そう返したものの、その声に違和感があった。教導官や先生がオペレーターをすることはよくあることだが、それにしても若い……どこかで聞いた事があるような声だ。
「その声、もしかして百由?」
『あら、わかっちゃう? ちょっと先生に言って代わってもらったのよ。なんせ表向きは初の第四世代型戦術機の初陣なんですもの。それをよく知るアーセナルがいないと困るでしょ?』
「それはそうですが、こう言うことは困ります。次からはやめてください」
『ごめんごめん。真昼も現場に行って何かがあった時用に待機してるから安心してね。それじょあオペレートするけど、ラージ級軍団の侵攻先に中学校があるわ』
「それはまずいわね」
『更に悪いことにデストロイヤーの行動が妙なパターンを示している。子供を攫う挙動を見せているわ。最近は必要に小中学校の周辺にワープしてくる。だからその中学校の前に防衛線を築くわ』
「この公園ね。了解」
『防衛隊がスモール級と対峙している間にラージ級を全て駆逐して防衛隊の支援に回るのが今回の作戦プラン。一気呵成に、東から西に一直線にレギオン全員で始末していく』
「オーケー。まずは手始めに、一番近くのラージ級を狙撃するわ」
依奈はガンシップの扉を開けて、ファンネル戦術機を自分の周りに浮遊させる。そして地面にいるラージ級に向けて一斉に発射した。一度だけでは無い。周囲にいるスモール級も纏めて粉砕する為に連続斉射したのだ。普通の戦術機ではここまでのことはできない。火力も弾速も速射性も段違いだった。
「すごい」
思わず隊長が声をこぼす。
依奈は手応えを感じて心の中でガッツポーズをする。痛みも違和感もない。まるで体の神経が全て戦術機と一体化しているようだった。ただ機能的に駆動する。思ったことができる機械の体になった。
「ガンシップをここに降ろして。ラージ級のレーザーで撃ち落とされる可能性がある」
ガンシップは依奈の倒した敵の場所に降りて、衛士たちを地面に下ろす。
「よし、ここからデストロイヤーサーチャーを頼りに一気に移動して叩く。行くわよ!」
『了解!』
レギオンは号令と共に大地を駆けた。目の前のデストロイヤーを切り裂きながらラージ級に接近して撃破していく。攻撃的な性格のメンバーが多いので、常に前衛が孤立する危険性があるのが弱点であり、依奈の指揮が上手くいかない原因であったが、高速移動する銃口であるファンネル戦術機のお陰で、支援が行き届いている。
それによって依奈にも余裕が生まれて、効率的なデストロイヤーの殲滅ができていた。
まるで人が変わったようだと誰もが思った。スランプで悩んでいた前の彼女とは動きが違う。判断力、実行力、精密性、未来予測全てが機械のようだった。
「最後のラージ級を撃破!」
「よし! スモール級の駆除に動く!」
ガンシップを呼び戻して、空中から防衛隊と戦っているスモール級に向けて発砲する。ラージ級のレーザービームがなければ衛士は空中からガンシップに乗ったまま一方的にデストロイヤーを殲滅できるのだ。
それは従来の戦術機の弾丸でも可能である。しかしファンネル戦術機の精密さは異常であり、弾幕を抜けて防衛隊を食い殺そうとしたデストロイヤーを魔力ビームで貫いて止めた。
戦いが終わり、帰りのガンシップの中、隊長は無言だった。
依奈も無言で体を休めている。他のメンバーも二人の放つプレッシャーから重い雰囲気を察して黙っていた。
それを破るように隊長が言った。
「私、依奈様の事が少し嫌でした。突然やってきて司令塔を奪って、なのにスランプでうまく行かなくて、レギオンの質が落ちた気がしていました。天葉様が推薦したのにその顔に泥を塗って何なんですかって思いました」
「ええ、事実よ」
「でも、今日は凄かったです。前とは全然違いました。だから、その、もしその強さがこれからもあるなら、うちにいてくれても良いです」
隊長の不器用な認め方にみんなは笑ってしまった。隊長は顔を赤く染める。
「今まで迷惑かせてごめん。これからはみんなを助けれるようになるから、これこらもよろしくお願いします」
依奈の誠意の篭った言葉に、レギオンメンバーは笑顔で受け入れた。
それでふと、真昼からもらったジュースがあることに気がついた。喉も乾いていたし、飲むことにした。
ラムネだ。
プシュ、と音と共に蓋が開いて、流し込む。
(やっは温くなってる。味がしないラムネなんて珍しいの真昼見つけたわね)
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