旧友の悩み③
実験室に向かう道中、依奈は天葉に言った。
「ソラ、ありがとうね」
「え、なに急に」
依奈の様子に天葉は緊張する。
「私が腐ってる時に手を引いてレギオンに入れてくれて、レギオンに入っても不調なのは明らかなのに長い目で見てくれて」
依奈の口調は穏やかだ。いつもの毅然とした表情がない。まるで最後のような言葉に天葉は嫌な予感を覚える。
「この数ヶ月、私なりに努力してきた。でも真昼に言わせればそれは自己満足なんでしょうね。肝心の仲間に助けを求めずずるずると足を引っ張ってきたんだから」
「依奈が努力してきたのは知ってるよ。依奈は優しいから迷惑をかけないようにって思ったんでしょ」
「あたしね、レギオンに入ったばかりの頃は、なんでも他人のせいしてたと思うの」
「そんな事ないと思うけど」
依奈は機材を見ながら自身の反省を述べていく。天葉は優しい言葉をかける。
「ううん、そうなのよ。あたし自身に問題があって、それをそれを認めたくなくて、誰にも弱さを見せなくないプライドがあって、だから何も解決しなかった。ソラはいつも味方してくれた。それに甘えて、レギオンの足を引っ張ってきた。ずっと」
「依奈は優しいよ。だからアールヴヘイムは上手く回っていた。みんなが依奈を潤滑剤となってお互いを理解していた」
「でもそれは過去の話よ、今の私はソラからの助言を受けても今の二代目のことを深く理解しようとしなかった」
依奈はアールヴヘイム解散に一番強固に反対していた。現在の不調の原因も初代アールヴヘイムの解散を発端とした精神的ダメージを引きずり続けての結果だ。
「依奈、二代目アールヴヘイムは結成したばっかりのレギオンだよ。焦る必要はない。第四世代に頼る必要ない」
慰めるような口調から、断言する強い口調になる天葉。やはり廃人になる危険性のある第四世代戦術機の実験台になるのを嫌がっているのは明らかだった。
「私は仲間を危険に晒してきた。もう十分待ってもらった。だから私は何をしてでも前へ進まなくちゃいけないの。もし進めないなら、衛士を止める」
「依奈!」
天葉が依奈の肩を掴む。
「それ本気?」
「本気だよ。それにこれは初代アールヴヘイムの暗黙の理念でもあったじゃない。時雨様が真昼に言い聞かせてたのかな。死力を尽くして任務にあたれ、生ある限り最善を尽くせ、決して犬死するな。もしこれで私が廃人になってもこれも一つのデータとして後に続く者の礎になる。無駄にはならない」
「衛士を止めるのが最善だって?」
「少なくとも戦って味方を危険に晒すよりマシよ。衛士はやめて企業の兵装テスターでもやるわ。GE.HE.NA.とかのね」
「その冗談、面白くない」
天葉はそれを最後に口をつぐんだ。代わりに口を開いたのは百由だった。
「ねぇ、依奈。ミスを続けて空回りを続けてそれを打破する為に第四世代に行き着いたのは理解できる。これまでより司令塔としてより強い力を発揮できる能力を手に入れるのは間違いないでしょう。でもアンタの使ってる戦術機は最新鋭の第三世代戦術機よ。つまりアンタは最新型の最高レベルのカスタム戦術機を使いながら、結果を出せていない。これ以上の力を戦術機に求めても根本的な解決にはならないとは思う」
「確かにあたしの不調はあたしの問題。戦術機のせいじゃない。あたしが活かしきれていない」
「なら第四世代なんて尚更無理だとは思わない?」
「かもしれない。だけど私は力が欲しい。自分で改善する努力をしたけどだめだった。だったら別のアプローチを試すしかない」
「その別のアプローチが、第四世代?」
「そう。真昼の言ったように私にできる最善はこれだと思ったから」
百由の問いかけに対して、依奈は敢然とした口調で断言した。そして、ふいに、照れた表情を見せる。
「本当はね、あたしアールヴヘイムの再結成を望んでた。もういない人も多いけど、それでも残されたメンバーで同じようなレギオンを作れるんじゃないかって」
「……」
「だけど、他のみんなはそれぞれ別のレギオンを見つけて馴染んでいって、時が経てば経つほどアールヴヘイムの再結成は遠のいていった。みんな薄情だなって思った事もある」
「依奈、私達は……」
「わかってる。ソラ達も辛いのはわかってる。だけど、そう思う自分もいたの。そして真昼だけが一人で戦っていた。同じだと思った。アールヴヘイムを望んでいる仲間だって。けど真昼は違った。ただ特定のレギオンに入らない方が戦いやすかっただけで、最善のレギオンがあればそっちに入った。あたしだけが、取り残されている。立ち止まっている」
「それで、依奈はどうしたいの?」
依奈は決意の満ちた瞳をしていた。
「アールヴヘイムは死んだ。もういない。だから今いるレギオンで最善を尽くす。そしてその最善が、第四世代戦術機。真昼からのデータと百由の技術があればできると思っている。私は第四世代戦術機を使いこなせる」
百由は黙って歩いて行く。その様子に不安を覚えた天葉は両者の間に立つ。
「ちょ、ちょっと、二人とも。これは大切な問題だよ。他のみんなにも相談した方が」
「みんなは止めるよ。聞かなくてもわかる」
「だったら、尚更駄目じゃない! 真昼の発破を受けてやる気になるのはわかる! あの子のあんな姿は初めて見た。けど本心で言ってるわけじゃない。依奈を煽る為にわざと悪役になったんだ。それは依奈だってわかるでしょ!?」
「真昼は優しいから、わざと私を煽ったのはわかってる。でも事実を悪い言い方で指摘しただけ。間違ったことは言ってない。足を引っ張るくらいなら、衛士を止める。それか、新しい力を手にするか、その二択しかない」
意思の固い依奈に天葉は拳を握って壁を殴った。
「百由! もし依奈に何かあったら許さない!」
「うん、わかったわ」
「依奈! 必ず無事で第四世代を支配して見せて!」
「私を誰だと思っているの? プランセスの二つ名を持っているのよ。それくらい余裕よ」
実験室に到着すると、三人で持ってきた機材を広げて依奈に装着した。巨大な翼のようなバインダーの中に六基づつ格納されている小型攻撃戦術機がある。
形はファンネルと呼ばれるように先細になっており、色は塗装されていないので灰色だ。そしてそのオールレンジ攻撃をマニュアル化する為のヘッドギアがある。
「まず概要を説明するわね。この小型戦術機は電力で動いている。ヘッドギアで増幅された脳波を感知して稼働、浮遊して、飛行する。ここまでは誰でもできる。問題なのはここから。複雑な飛行を行いつつ、標的に向けて魔力ビームを発射しなければならない。魔力ビームの発射には使用者の魔力を使用するわ。そして一定の攻撃を行った後、再度バインダーに格納されて充電される。その間は何もできないし無防備なる。だから気をつけて」
「わかったわ」
全ての装備を装着して、模擬デストロイヤーが出現する。
「じゃあ、起動実験開始!」
依奈のヘッドギアに光が走り、バインダーに格納されていた六基のファンネル戦術機が動き出す。その動きは緩慢だが、確かに稼働していた。百由はデータを見ながら驚愕する。
(前は起動だけで膨大な負荷がかかっていたのに驚くほど負荷が少ない……クレスト社はここまでするのにどれだけの実験を重ねたの?)
百由自身が作った第四世代戦術機とは比べ物にならないほど使用者への負荷が少なかった。そしてファンネル戦術機は段々と動きは過敏になり、空中を高速で移動し始める。
依奈に異常がある様子はない。
天葉は技術面はわからないので不安そうに見てあるが、それは杞憂だと思えるほどだった。
「凄い、頭で考えた通りに動く! このまま!」
ファンネル戦術機は模擬デストロイヤーを包囲して全方位から魔力ビームで貫いた。その際に少しだけ依奈は顔を歪めたが、まだまだ余裕といった様子だ。
「模擬デストロイヤー増やしていくわ。充電が必要になれば命令に割り込んで格納されるからそれに注意して」
「了解」
様々な場所や距離に出現する模擬デストロイヤー達をファンネル戦術機は魔力の光で貫いて行く。距離にして30メートル。それ以上は届かない。しかしもしこれが実戦ならば指示を出しつつ、支援するには十分な距離だ。ファンネル戦術機自体は30メートルしか飛ばないが、そこから、更に魔力ビームによって射程は伸びる。勿論、遠ければ遠いほど威力は減衰されるが、できることが重要なのだ。
「そろそろね」
飛び回っていたファンネル戦術機はバインダーに格納されて充電モードになる。
「これで終わりね」
「ええ、データは十分に取れだわ。戦術機を休止モードにするから、そしたら外して」
依奈は電源がオフになるのと同時にバインダーとヘッドギアを外した。天葉か駆け寄ってくる。
「大丈夫? 気持ち悪くない? 頭痛いとかない?」
「平気よ。けどこれは強い武器になるわ。百由、貴方凄いわね」
それに百由は首を振った。
「凄いのはクレスト社、それにここまで第四世代戦術機の研究に参加した被験者達よ」
99%の安全性の確立。
それが百由の出した結論だった。もう第四世代戦術機は完成している。しかしここに至る為には膨大な量の実験と改良が必要だった筈だ。それには当然人体実験も含まれる。
クレスト社はGE.HE.NA.と繋がっている。そうとしか考えられない。
実験の成功を喜ぶ二人をよそに百由は真昼への疑念を感じた。
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