謎の少女篇
23 漂流者①
一ノ瀬隊が結成されてから、訓練の日々が続いた。真昼の指導のおかげでかなり高練度の部隊に仕上がっている。特にスタミナと安全な戦いが安定してできるようになっていた。
真昼はラプラスで人を支配して戦わせるが、それは心が折れた人や大怪我を負って助かる見込みがない人を戦わさる為に使われる能力だ。真昼の本質は安全な戦いにつきる。
日々の訓練は様々なシチュエーションと、それに対していかに生き残るかを重視した慎重さを教える訓練だった。
言い方を変えるなら堅実な戦い方と言えるだろう。
そこで意外にも能力を発揮したのはアサルトバーサークのシノアだった。ラプラスとのコンビネーションで真昼が操作することで、意思のない強靭な戦士を自由に操れるのだ。
それは盤面をひっくり返す逆転の一手としてとても優秀な性能をしていた。
「はい、今日の訓練はこれで終了! みんなお疲れ様ー!」
訓練が終わると戦術機を格納してお風呂へ向かう。かいた汗を流す為だ。そこに真昼達一ノ瀬隊の端末にメッセージが届く。それは上からの命令だった。
『海辺に漂着した物体を調査せよ』
それに首を傾げる。
「なんですの? これ」
「海辺って、何かありましたっけ?」
「わからない」
困惑しながら戦術機を持って、指示された場所に向かう。そこには薄汚れた青色の残骸が折り重なっていた。ねちゃねちゃと粘着質で、ぶよぶよしている部分もある。
風間が漂着物の上から見下ろす。
「全く派手にやらかしてくれしたわね」
「昨日って戦闘ありましたっけ?」
「いえ。昨日は何もなかったはずです」
「共食いでもしたんじゃろか」
エミーリアの言葉を愛花が否定する。
「デストロイヤーを形づくるのは全て魔力の力だからデストロイヤーはものを食べたりしないはずです」
「魔力を失えばデストロイヤーは巨体を維持できずその場で崩壊するはずよ」
「軟組織は一晩もあれば無機質にまで分解され骨格も数日で……」
「それがまさに今」
「この臭い……まだマシな方」
その漂着物は異臭を放っていた。悪臭だ。かなり強い匂いだが、GE.HE.NA.の実験で慣れた胡蝶にとっては平気なものだった。サラリと出る言葉に、GE.HE.NA.での胡蝶の境遇を感じるものをがありながらも、真昼は探索を続けた。
「なに、これ」
落花生のような怪物の卵のようなものがあった。色は黄緑色で内部でドロドロと流動している。
真昼は戦術機でツンと刺してみる。すると戦術機の魔力クリスタルが反応して真昼から魔力が吸い取られるのを感じた。
すぐさま距離をとって、戦術機を構えた。
「真昼お姉様、何かありましたか?」
背後からシノアが話しかけてくる。真昼は卵から目を離さないで答えた。
「うん、ちょっと変なものを見つけて」
「変なもの……女の子ですか?」
「あ」
ずるりと、卵から女の子が現れた。紫色の髪に幼い肢体。裸の女の子がそこにいた。
真昼は警戒しながらも言葉をかける。
「こんにちは、貴方は何者なのかな?」
「……わか、らない」
(言葉が拙い。生まれたばかりだから?)
真昼は冷静に分析しながら何度か会話を試みる。だが成果はなかった。何も知らない、何もできない、何もしない、そんな存在だった。
「真昼お姉様、取り敢えず衛士訓練校の保健室に連れて行った方が良いのではなでしょうか?」
「そうだね。私が持つよ」
真昼は笑顔で、しかし戦術機ですぐに攻撃できるように銃口を背中につけたまま、少女を抱き抱えた。そして衛士訓練校の保健室でチューブやバイタルチェックを受けて、ベットに寝かされる事になった。
本当ならこんな謎の存在に拘束具もつけず、ベットに寝かせるなんてことはしたくなかったが、レギオンのみんなからの感情を考えて、意見するのをやめていた。
隔たれた窓から少女を見る。
「……みんな行こうか、訓練の後で疲れてるでしょ? いつデストロイヤーが来るか分からないから、ちゃんと休んでおこう」
「真昼様の訓練は苛烈ですからね。しかしやりがいもあるというものです」
「そうだね、日々成長を感じるよ」
愛花と葉風が言った。
一ノ瀬隊の伸び代は高い。それぞれが個人が強いのに対して、レアスキルのバランス構成も良い。風間と愛花が攻撃防御を高めて、鷹の目の二水が索敵、葉風が狙撃で敵を減算して、残りのメンバーが前衛向けのレアスキルで敵を撃滅する。そしてピンチになったら真昼のラプラスで全員のステータスを向上させる。
またそれぞれ横浜衛士訓練校の至宝と謳われる風間や、それと同等の愛花、国際問題になるレベルの強さを持つ葉風、アールヴヘイムで経験を積んだ梅と真昼という技術的な面でも練度が高い。
一年生のシノアと二水も、戦闘と索敵の役割を全うしていれば他がカバーして機能する。
盤石のレギオンといっても過言ではなかった。
「問題はマギスフィア戦術ですわね」
「パス回しだけなら簡単なんですけど、そこにデストロイヤーが絡んでくると厳しいですね」
「でも一体相手なら、他にラージ級やスモール級がいても倒せるゾ! ギガント級二体相手が厳しいな!」
「ギガント級二体なんてそうそう現れる敵でもありませんけどね」
「30メートルから50メートルなんて大きすぎますよ……それに遠距離ビームに魔力リフレクターなんて」
真昼の要求する水準は高かった。
それはデストロイヤーの親玉であるアストラ級相手を想定しているのではないかと思われるほど苛烈なものだった。
しかし厳しいだけではなく、ちゃんと段階を踏んで試行回数と会議を繰り返していくと倒せるので、レギオンのメンバーは日々自分の成長を実感できるのだった。
それはGE.HE.NA.に真昼が依頼した練習メニューだった。元々は時雨が死んだ後にそれを埋める為にGE.HE.NA.に依頼したものだったが、今は一ノ瀬隊を使った効率的な衛士の戦力増加メソッドの確立。その実験の対象とされていた。
そして一ノ瀬隊メンバーの生体情報をGE.HE.NA.から渡された端末を通して送信する。それが一ノ瀬隊データとして各ガーデンの衛士に共有され戦闘技術の向上されることを祈っているのだ。
「ただいまー」
「お帰り、祀ちゃん」
「疲れたわ。生徒会代理に色々やらせすぎなのよ、全く」
「あの子の様子はどうだった?」
「うーん、魔力はあるわね。人間としても平均的で、健康。だけど筋力は少し低下してるかな」
「その生体データもらえる?」
「あ、いいわよ」
真昼は祀からデータを受け取る。
「もし、何か気づいたら、教えてね」
「わかったわ。でも素直ないい子よ。好奇心は旺盛だけどね」
「ははは、じゃあ、おやすみ」
「ええ、おやすみなさい。私は用を思い出したからまた外に出てくるわ」
真昼は布団に入り、祀は部屋を出て行った。
GE.HE.NA.との通信用の端末から拾った女の子のデータを送る。
真昼はあの女の子に危険なものを感じていた。明らかに普通の人間ではない。喋るデストロイヤー、もしくは人間に擬態するデストロイヤー、その可能性を考慮していた。
時雨の脳を食らって、そこから夕立時雨に成ろうとしたデストロイヤーからもそういうデストロイヤーが現れるのも時間の問題だろう。
そこにふわりと、夕立時雨が現れる。
『あのボクに成ろうとしたデストロイヤーの件があるから、真昼は警戒してるみたいだね』
「当たり前です。社交性のあるデストロイヤーの存在は、胡蝶のお父さん関係からも示唆されていました。GE.HE.NA.ではデストロイヤーを作る実験やクローン技術も研究しています。その過程でデストロイヤーと会話できる可能性も出てきています。そして人間に擬態するデストロイヤーも」
『真昼はあの子がデストロイヤーだと疑っているんだ』
「はい。好奇心が旺盛なのも人間の情報収集しようとしているように思えます」
『でも、もしかしたら無垢なのかもしれない。あの子がデストロイヤーだと仮定して、ボク達の反応次第で敵になるか味方になるか分かれるかもしれない。少なくとも警戒は大切だけど、敵対しないように管理はするべきだと思うよ』
「そうですね。デストロイヤーとの戦いを終わらせる鍵になるかもしれない存在ですから」
『そしたら次は、人間同士の戦いになるだろうけどね。衛士なんて存在を、全員が許すはずがない。今こうして人類と敵と戦っている方が平和だと思う時代が来るかもしれないね』
「それは私も考えてました。デストロイヤーと衛士の安定した戦争。それが人類平和のためになるんじゃないかと」
『ああ、そうだ。真昼。君はGE.HE.NA.の一員になったわけだと、あまり信用しすぎるものではない。彼らは果てしない技術の向上を目指している。いつ君が捨てられるか、ちゃんと見極めておくべきだ』
「わかりました。気をつけます」
そして時雨の幻影は消えた。
真昼も息を吐いて、瞳を閉じた。
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