龍の言祝師(りゅうのことほぎし)
動明 志寿貴(どうみょう しずき)
第零章 運命の動く時
第1話 噂話
その噂が
邪龍が天龍に滅ぼされてから既に四百と九十九年。にもかかわらずこれほどまで噂になるのは今なお邪龍が
“黒い霧の呪い”こと
ここ二、三年で急激に増加しており唯一
不安が不安を呼び各地で言祝師の奪い合いが起き、言祝師のいる領地や村を目指して生まれ育った家を捨てる者が続出するようになった。
朝廷はこの事態を重く受け止め民に邪龍の噂をすることを一切禁止し
だが人の口には戸が立てられぬのが世の常である。
噂は留まることを知らず帝が言祝師を集めたのは保身のためであり民を見捨てるつもりなのだとまで言う者も現れはじめた。
それは帝の住まう場所にして
「
全てを切り裂くかのような鋭い月の夜であった。
二人の少年が
天龍国の内裏は都にある
昼間であれば少年たちの目の前にある
先ほど微かな違和感を感じ取った少年は虚空の一点を見つめどうするべきか
するとバチリと目の前の空間が歪み突如として
「凄いぞ
もう一人の少年、
一方の清正は実際に自分が見つけたもののどうしても信じられず
しかしそうこうしている内にも氷牙は一度も振り返ることなく進んで行きその背中は遠くなってゆく。
清正は慌てて氷牙を追いかけ始めた。
「本当にこの奥に天龍が眠っているのだろうか……」
「今更何言ってんだよ。ここまで来てまだ俺のこと信じてないのか?俺たち
氷牙は元々の釣り目をさらに吊り上げて清正を振り返った。
「もちろん氷牙は私の唯一の大切な友達だ」
ただ、と清正は心の中で呟いた。
清正が考え込んでいる内に二人は橋を渡り切り
実際に目の前で見る扉は大分年季が入っているのか所々朽ちて黒ずんでおり陰気さが際立っていた。すぐ側は崖。聖麗泉の水が轟音を立てて
「この扉、封印がされているみたいだ。俺じゃ開けられない。清正、開けてくれ」
着いてすぐに扉を検分していた氷牙は振り返ると清正に頼んだ。
しかし清正はどうしても扉を開ける決心がつかずその場から動くことができなかった。すると氷牙は苛立ったようにため息をついた。
「邪龍の復活の噂のせいで世が乱れているのを何とかしたいと言い出したのは清正だろう。だから俺はもう一つの噂を教えたんじゃないか」
もう一つの噂。それは“天龍は今も内裏のどこかで眠り続けている”というものであった。
氷牙は
「帝と
氷牙は安心させるように清正の肩に手をおいた。
「でも、真実ここに天龍が眠っているというのなら帝もご存じのはず。なのになぜ目覚めさせないのだろう」
「帝もこの場所を見つけられずにいるんじゃないのか?」
「まさか、私にも見つけられたのに?」
「……清正、お前は特別なんだ。
お前は言祝師としての
だから帝も東宮も血の繋がった家族でありながら清正を恐れ
お前はまだ正式な言祝師でないにも関わらず、だ」
その言葉を聞いて明らかに顔色が悪くなった清正に氷牙は励ますように力強く続けた。
「これは好機なんだよ。天龍を目覚めさせて邪瘴を一掃する。そうすればこの世に言祝師の力は必要無くなり清正が帝と東宮に疎まれる理由も無くなるんだ」
「でも……」
「……信じられないんだな。ならもういいよ。俺は自分のことを信じてくれないヤツとは一緒にいられない」
そう言って背を向けた氷牙に清正は慌てて呼び止めた。
「待って!」
「なら、信じてくれるのか?」
「……」
清正の煮え切らない様子に氷牙はやれやれと振り返ると清正の側に戻って優しく
「そんなに難しく考えることはないさ。
ほら、想像してごらんよ。
両親、
清正はずっと願っていたんじゃないのか。そんな“幸せ”を」
清正はその言葉に苦悶に満ちた表情で呟いた。
「私もなれるのだろうか、しあわせに……」
「ああ、勿論だ」
氷牙は
「さぁ、扉を開いて」
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ここまでお読みいただきありがとうございます。
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