僕っ娘の心雪さんはプロゲーマーになりたい! ― 最凶オークと目指す格闘舞台(ファイティング・ステージ) ―

宇枝一夫

第一部 僕っ娘ゲーマーの誕生宣言!

第一章 僕チン、最強最凶宣言!

第一話 最凶ゲーマーの休止宣言

 世はまさにe-スポーツ戦国時代!


 数多の業務用、家庭用ハードウェアメーカー、そして、数多くのIP(Intellectual Property)を抱えるソフトウェアメーカーが、それぞれイベントや大会を開き、自社コンテンツのシェアを伸ばそうと、群雄割拠の様相を呈していた。


 そして有象無象のプロゲーマーが現れ、地位と名誉、そして一攫千金を手にしようとしのぎを削る。


 あるモノは数年前まで無名だったのに、大会優勝を機にメーカー専属ゲーマーとなり、メーカー直営のイベントでその人気を博し、またあるモノはフリーとなり、数多くの大会に出場し賞金を稼いでいた。


 そんなゲーマー達にとっても下剋上の世で、ある団体が設立された。


 あらゆるハード、ゲームソフト、ゲーマー、さらに

“様々なジャンルの観客”

を受け入れ、きわどいコスプレからゲーマーに向けての汚いヤジや罵声にとどまらず、直営掲示板や直営動画サイトにおけるゲーマーへの誹謗中傷すら認める団体が現れた。


 法律と競技のルール違反以外、まさに何でもありのその団体の名は、


e7イーセブン

 

 名前の意味は公式には秘密とされているが、数多くのゲーマーは語る。

 それは……"e"の頭文字をもつ、七つの英単語の意味を持つと……。


 さらにe7は、各ハード、ソフトメーカーと協議し、他のプロスポーツと同様、年齢、ジャンルごとにプロ試験を行い、合格した者にはe7からプロライセンスを与えられた。


 これによりプロライセンスを持っている者は、e7の各プロ大会に出場でき、勝利の暁には高額の賞金と賞品、観客からの惜しみない拍手と尊敬の念。さらにはスポンサー契約を勝ち取ることも出来た。 


 eスポーツ界における新しい団体、そしてそれに所属するプロゲーマーの誕生は、新しい英雄、王、そして神の誕生をも意味する。


 英雄は尊敬され、王は畏怖の対象となり、そして神はファンから崇拝される。


 しかああぁぁしぃ! e7のとある部門において、それは必ずしも必然ではなかった。


 ― 20XX年 8月初旬 ― 


 ― e7 SUMMER FESUTIVAL U15(十五歳、中学三年以下) 格闘ゲーム部門 ―


 ドーム型イベント会場においては、格闘ゲーム、《剛拳X》の大会が行われていた。


 そして決勝戦終了後、MCの絶叫が会場に轟いた。


『つよおおぉぉぉい! 《オメガ・オーク(Omega Orc)》選手! ただただ強おぉぉ~い! 決勝戦においてもランキング二位、《ダイナミック・ドラゴン(Dynamic Dragon)》選手相手に一度も土をつかずに完勝ぉ~! まさにパーフェクトビクトリィ~!』


 e7、R-15格闘ゲーム部門、ランキング一位のゲーマー、《ゲーマーネーム》、オメガ・オーク。


本名、《那良来海ならくるみ》。


 七色の髪のヴィッグの上に七色の学生帽をかぶり、豚鼻型の鼻マスク、ラメ色の唇とネイル。


 そして中学三年、まだ誕生日を迎えていないため14歳の彼の体重は、すでに120㎏を超えており、さらに身長も平均より低い為、その姿は昭和の忍者漫画や平成のVRラノベの主人公のようであった。


 その体を包み込む極彩色の学ランは、今にもはち切れんばかりにパツンパツンに膨らんでおり、さらにその色はまるで七色のペンキをぶっかけられたような現代アートの模様をしていた。


 それはeスポーツのみならず、あらゆるスポーツのチャンピオンとは思えない姿である。


 ……ちなみに、学ランも学生帽も元々は白であったが、観客からリアルにペンキをぶっかけられたのである。


《ゲーマーへのヘイトは、競技場や敷地内においては、法律とルール違反以外、オールオッケー》


を掲げるe7においてはおなじみ……いや、オメガ・オークにだけ実際に行われたのである……。


 オメガ・オークはヒール(悪役)ゲーマーとして、その行為をむしろ誇りと思い、以後、その極彩色の学ランを身にまとっているのである。


”はあぁぁぁ~……”


 MCの優勝宣言と同時に、観客席から一万以上ものため息が漏れた。


 とても決勝戦終了後とは思えないお通夜状態。


 そんなことは気にしないオメガ・オークは、胸ポケットから取り出したピカピカ光る星形のサングラスをかけると、


『イエェェ~イ! 僕チン最強最凶西京漬けぇ〜〜〜!!』


 をドームの天井に向かって高々と掲げた。


 一般人ではなかなか出来ない薬指を立てる行為は、オメガ・オークの勝利宣言であり、トレードマークでもあったが、対戦相手の男性プレイヤーに対しては


『この粗チン野郎』。


 女性プレイヤーに対しては


『俺のハーレムの一員になれ』


との、超侮蔑の意味が含まれていた。


 対するダイナミック・ドラゴンは、U15格闘ゲーム部門においてランキング二位、トレンチコートを纏った長髪の美少年であり、コートには数多くのスポンサーのロゴがあった。


 そして、もちろんながら女性人気No.1である。


『くっ!』


 ダイナミック・ドラゴンはヘッドセットのマイクに悔しさの息を漏らした後、髪を揺らしながらうなだれた。


 その姿に女性ファンは、顔や口に両手を当て、目に涙を溜める。


 MCのアナウンスは続く。


『これでオメガ・オーク選手は剛拳Xのみならず、《ストバドV》、《KoK20XX》、《ヴァーチャル・トルーパー》の四大格闘ゲームを制覇し、U15において前人未踏のグランドスラム達成ぇ~ぃ! もはやこのモンスターを倒せるのは《悪魔》か、《神》しかいなあぁぁぁ~い!』


 MCがオメガ・オークを讃えれば讃えるほど、観客の熱は冷めていった……。


『それではぁ~勝者であるオメガ・オーク選手から、《ウィナー(勝者)・タイム》です』


 e7の決勝リーグにおいては、試合前と終了後、選手からのメッセージタイムがもうけられる。


 試合前は主に対戦相手に向かっての挑発行為や


『この試合に勝ったら、あの娘に告白するんだ』


等の死亡、いやいや、フラグトーク。


 終了後は勝者からは敗者へのリスペクト、敗者からは再戦への決意、そして両者からは観客への感謝の想いを述べるのがセオリーであった。


 プロである以上、ここで観客を盛り上げたり喜ばせるする力量も問われるのである。


 しかかああぁぁしぃ! ことオメガ・オークとの対戦時は、このセオリーはまったく無視された。


 オメガ・オークは立てた薬指をダイナミック・ドラゴンへと向けると


『よおおうぅええぇ~よ!(よわいよ)』


と、ただ一言だけ、ねちっこい口調で述べた。


 オメガ・オークは試合前、そして勝者として試合終了後も、決して対戦相手の名を呼ばなかった。


『ふっざけるなぁ~!』

『敗者をリスベクトしろぉ~!』

『一度ぐらい対戦相手の名を言え~!』


 どぎつい観客のヤジすら、オメガ・オークにとってはカエルのつらにショ○ベン状態。


《e7の大会において勝者には、法律とルール違反以外の、あらゆることが許される》 


 これも何でもありを謳う、e7の方針でもあった。


『それではぁ~皆様お待ちかね、破れたダイナミック・ドラゴン選手の《ルーザー(負け犬)・タイム》です』


”おおおおぉぉおお~~!!”


 まるでダイナミック・ドラゴンがチャンピオンになったかのような歓声が、ドームを揺らしていた。


 ダイナミック・ドラゴンは脇に置いたケースを開けると……チェーンソーを取り出した!


 そしてエンジン始動用のひもを引っ張ると


”ブロロン……ブロロン……ブロロロロロ!!”


 マイクを通してエンジン音がドーム中に轟いた!


 いくら何でもありのe7とはいえ、中学生がモノホンのチェーンソーを振り回すわけではない。


 これはダイナミック・ドラゴンと契約しているスポンサーから提供された、音しか出ない模型である。


 重ねて言うが、何でもありは契約するスポンサー企業にも適用されており、自動車から農機具、金のアクセサリーから爪楊枝まで幅広い。


『なんということだ……。今日こそは……今日こそはあぁ! あの豚野郎をおぉ! この

《Mokita製 Moki77》

でぇ! 学ランごと切り刻んでミンチにするはずだったのにぃ~!』


 プロである以上、スポンサーには最大限の敬意を払うのである。


”うおおおぉぉぉ!!”

”きゃああぁぁぁ!!”


 オメガ・オークに向かってチェーンソーを突きつけながら、中二病のように顔に手を当てるダイナミック・ドラゴンのパフォーマンスに、観客の歓声は最高潮を迎えた。

 

『ウィンターフェスティバルでは、ぜってぇテメェをぶちのめしてやる! 敗者の副賞として、北極でシロクマに食われるツアーを《大江戸ツーリスト》に組んでもらうぜ! せいぜいその駄肉をセイウチ以上に太らしておくんだなぁ!』


 ……プロである以上、スポンサーには最大限の敬意を払うのである。


 その言葉にオメガ・オークはニヤける。


『あ~残念だなぁ~。ボクチン今日をもって活動休止するからねぇ~』


『なん……だとぉ……?』

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