堤防で和樹君と会う。

翌日、目が覚めると、全てが夢であってほしいという思いは、すぐに打ち砕かれた。


天井に貼ってある西城秀樹の特大ポスターが目に入ったのだ。


「平凡.. 特別付録」ポスターの隅にそう書いてある。


涙があふれてきた。

なんでこうなったのだろう。

いったい悠馬君とわたしの大切な友達・莉子りこはどこにいってしまったのだろう。


「お姉ちゃん、起きてるの? 」

「 ..うん 」


わたしは枕で涙を拭いた。

そうだ。

わたしを心配してくれた裕子ちゃんが自分の部屋に泊めてくれたんだ。


隣で寝ている裕子ゆうこちゃんは、わたしと手をつないでくれた。


変なものだ。

手の大きさは違うけど裕子叔母さんと同じぬくもりを感じる。


「裕子ちゃん、裕子ちゃんは何歳なの? 」

「私は11歳だよ。由紀子ゆきこは7歳で典子のりこは2歳。おねえちゃんは? 」


「17歳」

直哉なおや兄ちゃんより1つ下だね。お姉ちゃんのお友達も同い年? 」


「うん。あと悠馬君は9歳」

「悠馬君は莉子ってひとの弟とかなの? 」


「うん」

嘘をつくしかなかった。


「そうだ。堤防に行こう。今の早朝に行くと和樹かずきに会えるよ。毎朝、釣りしてるんだ」


わたしたちは顔を洗い、髪を整え玄関に向かった。


「そうだ! 昨日、渡すの忘れたんだ。ちょっと待ってて 」


裕子ちゃんは部屋に一度引き返すと、手に赤いバッグを持ってきた。

あれは悠馬君の浮き袋になるバッグだ。


「これね、お姉ちゃんが倒れてた時、手に持ってたの。昨日、渡し忘れちゃった」

「 ....」


「おねえちゃん、大丈夫? 」

「 ..うん」


バッグが現実を物語り、言葉が詰まり、涙が溢れるばかりだ。



堤防にいくと和樹さん.. 和樹君が釣りをしていた。

孫の悠馬君に良く似ている。


「おう! 裕子! そこの人が兄貴の彼女か? 」

「和樹! 失礼だよ! 」


「お前こそ、兄貴には『お兄ちゃん』なんて甘い声だすくせに俺は呼び捨てじゃんか! 」

「なに? やきもち? 和樹は和樹だからいいんだよ」


どうやらこの2人の関係は呼び捨ての仲らしい。


「はじめまして、吉野智夏って言います。よろしくね」

「 ..う、うん。和樹です」


「和樹がマダコになってる!! あははは 」

「うるせーな。釣りの邪魔するなら帰れよ」


なるほど、この子が47年後にあの和樹おじいちゃんになるわけだ。

何となくわかる気がする。


「あのさ、莉子って人と悠馬君って子を探してるんだけど、あんた何か知らない? 」

「ああ、兄貴にも聞かれたよ。全然聞いたことないよ。うちの親父も知らないって言ってたぞ」


「お姉ちゃん。どうする? 」

「 ..うん。取りあえず一度帰って朝食を食べてからにしよう」


地元の大人が事故を知らないって言っているんだ。

事故とわたしがタイムリープしたこととは切り離したほうがよさそうだ。

わたしは一度考えをまとめたかった。


「じゃあね、あんた何か気が付いたら、すぐにうちに来なさいよ」

「生意気な! 俺のほうが年上だぞ!! 」


そう言いながら地団駄踏んでいる和樹君の姿は年上という説得力を欠いていた。



みかん畑の間を抜けながら、気になっていた疑問をぶつけてみた。


「ねぇ、裕子ちゃん。裕子ちゃんは三姉妹なの? 」

「え? そうだよ? 何でいまさら?? おねえちゃん、大丈夫? 」


やっぱり裕子叔母さんは三姉妹なんだ。

わたしの知っているのは裕子叔母さんとうちのお母さん(典子)だけだ。

三姉妹なんて初耳だった。


そう、『由紀子ちゃん』をわたしは知らない。

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