莉子!今、そこにいくからね!
莉子!今、そこにいくからね!
まるで空間のひずみから漏れ出したような風が軒下をたたき、戸の隙間をこじ開けようとする。
その不気味な風音が作り出した静寂が、わたしの目を覚まさせた。
「莉子.. ねぇ、莉子っ! 」
「なあに? 」
「外、荒れてきたみたいだよ。台風の影響かな? 」
「そお.. じゃ、今日はゆっくり寝てようよ。あたしは昨日の疲れが抜けてないんだよ」
「んっもう! そうじゃなくて、悠真君と約束したでしょ」
「うん。そうだね.. 」
「あの子、堤防に行ったりしてないよね? 」
「大丈夫でしょ。あの子だっていつも天候を見て釣りやってるんじゃない? 」
「まぁ、そうだろうけど」
「心配しすぎだよ。
時折吹く風の音がなぜかわたしの心を急き立てる。
わたしが『一応、堤防まで様子を見てくる』というと、顔を洗い終わった
「智夏ちゃん、莉子ちゃん、海に行くつもり? 海が荒れるから止めておきなさい 」
「大丈夫です。今日は釣りじゃなくて ちょっと散歩するだけだから」
「それならいいけど、海に近づいちゃだめよ」
「「 は~い 」」
心配する叔母さんに半分嘘をついてしまった。
空はまだかろうじて晴れていた。
だけれど低い雲と高い雲が層になって、とても早く流れていく。
みかん畑を降りて道路を渡り、堤防を見渡す。
誰もいない。
悠真君が来ていないことにホッとする。
そこから少し海岸沿いの道路を歩いてみる。
時折『ドーン』という轟音とともに波が打ち付ける。
「智夏、これで気が済んだでしょ」
「うん。帰って朝ごはん食べようか」
そう言いながら振り返ろうとした時、地面に落ちている赤い何かが目に入った。
わたしはその赤い何かを確認しに走り寄る!
いつも悠真君が身に付けているボディバッグだ。
「莉子っ!! これって! 」
何かに気が付いた莉子が堤防に走ると叫んだ!
「智夏!! あれ見てっ! あれ、悠真君だよ」
「ぁあ、悠真君だ!! どうしよう!? 」
悠真君は海に力なく浮かんでいる。
「智夏! 悠真君が流されちゃう! 今ならまだ間に合う! 私が行くよ!! 」
「ダメだよ。莉子! 危ないよ。誰か呼んでこようよ! 」
「悠真君が動いてないんだよ! わかってる? 智夏!! 私、水泳得意だから行くよ!! 」
そういうと莉子は海に飛び込んだ!
「ど、どうしよう! どうしたらいいんだろう。誰か呼ばなきゃ」
わたしは
それは防水性の浮袋にもなるバッグだった。
悠真君のお父さんが持たせていたのだろう。
空気を取り込めば水の中で抜けない構造になっている。
わたしは海を見渡し確認する。
莉子が悠真君に追い付いた。
しかしウネリのせいか悠真君を抱えた莉子はなかなか岸にたどり着けない!
時折、大きな波が2人を飲み込もうとする。
「莉子―っ! 」
莉子がせき込んでいる。
わたしは浮袋を持って海に飛び込んだ。
莉子! 悠真君! 待ってて。
すぐに浮袋持っていくから!!
海面は上から見るよりも荒く波だっている。
ウネリで身体が上下に揺れる。
飲んだ海水が喉を焼く。
泳げ!! 泳ぐんだ!!
もう少しで、もう少しで莉子の所に.. 莉子の所に!
「莉子ーっ!! 」
わたしの手が莉子の身体を掴んだ!!!
・・・・・・
・・
リィィン リィィン
この心地の良い音は聞き覚えがある。
そうだ.. 昔、叔母さんの家で.. 改築前の家の軒先で揺れていた風鈴の音だ。
「 ..ねぇちゃ.... 」
「 ..誰? 」
「おねえちゃん。おねえちゃん。あっ、起きた」
「え? ..ここは? 畳に枕.... タオルケット?? 」
混沌とした意識の中、まず確認できたのはその3つだった。
「ねぇねー、おねえちゃんが起きたよ」
小さい女の子がそう言いながら走っていった。
「
「だってもう起きたよ? 」
話声がする
あれ?? ここは 叔母さんの家?
いや、昔の叔母さんの家に似ている?....
「すいま っ痛.. 」
肩が痛かった。
岩にぶつけたのかもしれない。
「大丈夫ですか? 」
ひとりの女の子が声をかけて来た。
長い髪を二つ結びにしている利発そうな女の子。
「ねぇ、おねえちゃん、カルピス飲む? 」
「あ、ありがとう」
小さい女の子がコップにカルピスをついで持って来てくれた。
どうやら姉妹のようだ。
二つ結びの子は10歳くらいだろうか?
妹は7歳くらい?
「あ、あの!! 莉子! わたしと同じくらいの女の子知らないですか? それと男の子! 」
姉妹は顔を見合わせた。
「見なかったな。倒れてたの君だけだったよ」
縁側の外から声がした。
「あ、
二つ結びの子が声を上げる。
「あ、あの、じゃ、海で助けられた人とかは知りませんか? 」
わたしは外にいる人に聞いてみた。
強い日差しが眩しく顔が良く見えなかった。
「海? 事故か何かあったの? ..
「知らないよ」
目が慣れるとやっと外の人の顔が見えた。
男の子、わたしと同じくらいだ。でも、どこかで....?
それより、莉子.. 悠真君.. いったいどうなってるの?
「おい、おい、大丈夫か? もう少し寝てた方がいい。裕子、毛布を持ってこい」
・・・・・・
・・
「直哉お兄ちゃん、カルピス飲む? 由紀子、作るよ? 」
「ああ、悪いな、一杯くれ。暑くてたまんねぇな」
扇風機の音がする....
「あ、あの.. すいません」
「気が付いた? そのままでいいよ」
起きようとするわたしに近づき男の子は気遣ってくれた。
「いったい、どうなってるんですか? 」
「ああ、君がこの家の前で倒れてて、俺が君を担いでここまで運んだんだよ」
「家の前に? 」
「そうだよ。君どこから来たの? 」
「東京です」
「おおっ! すげー都会じゃん」
「あの本当に.. 女の子、莉子って言う子。知りませんか? 」
「知らない。でも、あとで近所に聞いてあげるよ。あ、俺は佐野直哉。君は? 」
「わたしは・・智夏・・吉野智夏です」
(佐野.. 佐野.. ああ、悠真君の家..佐野 直哉.... )
「あ、気が付いたの? 直哉兄ちゃん、コーラもうなかったよ。スプライトでいい? 」
「うん。あと裕子、ポテトチップスか何かない? 腹減った」
「あ、あの! 」
起きようとすると二つ結びの女の子が止めに入る。
「ダメだよ。もう少し寝ていた方がいいよ」
「ねぇ!? あなた名前は? 今、確か.... 」
「え? 私ですか? 私は裕子、望月裕子です 」
「え? 叔母さん!?? 」
「「 おばさん?? 」」
「ねぇね! 西城秀樹でてるよー! 」
「え? 本当に? 今行く! 」
【今や、人気絶好調の秀樹が歌うのは新曲『激しい恋』どうぞお聞きください! ~~♪ やめろっと言われても ♪♪ 今では遅すぎた ♪♪ 】
(西城秀樹.... 知ってる。でも.. これって.... )
「あの、ちょっとトイレに行きたいんですが.... 」
「ああ、じゃ、俺の肩につかまって」
わたしはトイレに行くふりをして居間の様子を見ようと思った。
足が重い。
そして居間を一望できる場所まで来た....
「 !!? なに? なんで!? 」
いったい今、わたしは何を見ているのだろうか!?
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