この数日間の青春も、俺は忘れてしまうだろう。
月摘史
プロローグ
五月上旬にもなれば、少し前まで咲き誇っていた桜の木も、枝は弱り果てたように細くなり、鮮やかな彩りで飾っていた花びらはそこらじゅうの通路を覆い隠すように散りばめられている。
それだけではない。近頃気温は春特有のほんわかとした空気は日を重ねるごとに薄くなり、わずかに日差しの熱が強くなって、外に出るのを拒むほどであった。
そんな季節の変わり目を実感しながら、俺は改札を出て片道十分ほどの通学路をただ茫然と歩いていた。
四月から始まった新学期。学年が一つ上に上がると同時にクラス替えもあったものの、なぜ去年と変わらず俺は一人で登下校を繰り返しているのだろうか。
不思議だ。実に不思議である。
一人ぐらい俺に歩み寄ってきてくれてもよくない? そんなに俺印象悪いかな。
と言っても、仮に友人と言える人間ができたとしても、きっとすぐにお互い友人だったという認識がなくなるだろう。話していくうちに相手の言動から性格、考えかたを理解し、無意識のうちに自分に合うか合わないかの分析を行う。
その結果、自分から無理に離れるわけでもなく、相手から何を言われるわけでもなく、自然とその仲は消滅する。所詮友達とか親友なんて痛々しいものは学生のうちには存在しないのだ。
周りに便乗しておけば自分の地位は安泰で、そのためなら他者を傷つけても良いと考えている狂人染みた奴らばかりだ。
そんな道徳心の欠けた奴らを、俺は何人もこの目で見てきた。
——そして、そう言う奴らはいつでもどこでも近くにいる。
「ねぇねぇ、あの暗そうな人って一つ上の先輩だよね? ネクタイ青いし」
「っえ、あんなのが先輩なの? うわぁーありゃないわ」
「この学校の先輩ってあんな人ばっかじゃないよねー?」
「ちょっと、それは言い過ぎだって〜」
俺の少し前をのこのこと歩く四人の女子生徒はそんなことを口にしながら、後ろにいる俺をちらちらと見ては高々と笑声をあげる。
これが俗に言ういじめと言うもの。俺は多少慣れたからこそそこまでの問題はないが、人によってはこれを苦痛と感じ不登校になったりする人もいたりする。
だがしかし、やはり慣れたとは言って平然を装っても、俺もくるものはある。いじめを受け続けて約一七年。やはり生活の一部だとして完全に受け入れることはそう簡単にはいかない。
⋯⋯他人の言葉ほど、これまでの価値観を変えられることはない。
俺はわざと視線を下にやって視界から彼女たちを外し、追いつかないようにと歩くペースを下げる。
周りの騒ついた声が四方八方から聞こえてくるが、できるだけ気にせず、ぎゅっと口を紡いでゆっくりと歩く。
結局のところ、いじめを受ける者はこうするしかないのだ。変に対抗すればするほど、周りからの印象は低くなり、ますますいじめはエスカレートしていくのがオチ。
なんの力もない微力な人間を見下ろすこいつらに対抗したい気持ちは勿論ある。けど、そんな漫画とかドラマみたく喧嘩も口論も、中には強い奴がいるかもしれないが、俺は自分を強いと感じたことはない。だからこうして毎日毎日、下を見ながら生きていくしかないのだ。
ほんと、世の中理不尽だらけだ。
そんなことをしみじみ思いながら歩いているうちに、数十メートル先に校門が見えてきて、複雑だった感情が少しずつ削れていく。
あぁ、朝からなんか疲れた。まじもう帰っていいですかねこれ。
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