人違い…
〈ユキナ視点〉
「戻りました」と小さく言いながら
経理課の扉を開けて中に入っていくと
「白石!書類!」と尖った声が響き
自分の手にある書類のくたびれ具合に
「あっ…」と声をもらした
( さっきだ… )
あの新入社員に呼び止められた時に
強く握りしめ過ぎたんだと思い
「すみません」と
ダークグリーンのマットの敷き詰められた
床へと目線を落としたまま謝り
預かって来た書類を
目を吊り上げているであろう課長に手渡し
急いで自分の陣地でもある窓際の端の席へと
腰を降ろし「はぁ…」と小さく息をもらしながら
指先に滑り止めである
指サックを取り付けてから書類をチェックしだした
アスカ「白石先生?」
さっきの事を思い出すと
眉間にシワが寄るのを感じ
首を横に小さく振りながら「集中」と呟いた
白石先生…なんて呼ばれて
「どうしたの?」とさも本物の先生かの様に
得意げな顔で笑っていた自分がいて
授業の事や…クラブ活動…
女子生徒の恋愛相談まで聞いていたっけ…
( ・・・今の私には…出来ないな… )
恋愛話どころか
小学生への指導もきっと出来ないだろう…
【 髪、サダコみたいで気持ち悪くない 】
突然頭に聞こえてきた
記憶の中の声に思わずパッと
自分の髪へと手を当てて
後ろで束ねられている髪にホッと息を漏らした
( 大丈夫… )
大丈夫…
髪は1つに束ねてあるし…
爪も…ちゃんと短くカットされているし…
直ぐ横にある窓ガラスへと顔を向け
伸びきっている眉毛と
四角い黒ぶち眼鏡に
ひたすら大丈夫と胸の中で呟いた…
( ・・・コレでいい… )
今の私でいいんだ…
誰からも名前を覚えてもらわなくてもいい…
地味に…地味に過ごすんだ…
タカシマ「白石、コレも頼むぞ」
「はい…」
同じ部署の先輩達とも
必要最低限の会話しかせず…
只々…仕事をこなして帰るだけ…
( それが一番楽で幸せだ… )
そう思っていたのに…
この4年ずっとそうしていたのに…
翌日…
経理課のドアが開いたと思ったら
カツカツと嫌な響きを纏った足音が
私のいる
アスカ「・・・白石…雪菜…」
私の胸元に下げられている社員証を手に取り
ジッと眺めた後に名前を読み上げたかと思ったら
顔をコッチに向けて来たから
顔をパッと下に落とした
アスカ「・・・同姓同名で漢字まで同じ…」
「・・・・ぁっ…あの…」
昨日の新入社員の男の子なんだと分かり
膝にある手が小さく震えていて…
( 皆んな…見てる? )
タイピング音や電卓を叩く作業音が
全く聞こえてこず…
皆んなが手を止めてコッチを見ているんだと分かった
アスカ「それでも人違いですか?」
顎を持ち上げられて
必然的に私の視界には
リクルートスーツを着た男の子が映り…
アスカ「・・・先生…ですよね?」
「・・・・・・」
男の子の視線に耐えれず
目を泳がせると
男の子の奥にいる同僚達の姿が見え
掌にジワリと汗をかき出している…
( なに…なんでココに… )
6年も前の事だし…
たった2週間だけの実習期間の「先生」に
なんでこんなにしつこくするのか分からず
目線を彼の胸元にある社員証に向けると
( ・・・
名前を見ても
私の記憶は何一つ蘇ってこず…
( 6年も前だし… )
目の前で私をジッと見ている青城君が
誰なのか分からないままでいると
小さく「フッ」と笑う声が耳に届き
それが楽しい声色ではなく
私が彼を思い出せない事に対しての
苛立ちを含んだ笑いで…
何も言えないまま目を合わせれないでいた
アオシ「・・・アンタ…最低だね」
「・・・・・・」
そう言うと掴んでいた社員証を投げる様に放し
またカツカツと足音を立てて
部屋から出て行ってしまった…
教育実習と言えども…
仮にも私は彼の〝先生〟で…
彼は…私の生徒だったのに
名前も顔も覚えていない私に
彼が最低だと言うのも分からなくはないけれど…
フクタニ「なに…知り合い?」
向かいの席にいる
福谷先輩から知り合いかと問いかけられ…
「いえ…全く知らない人です…」
フクタニ「そうなの!?人違い?」
彼の言う「最低」はその通りで…
私は彼の事よりも
皆んなからの視線の方を気にしていた…
「人違い…しているみたいで…」
・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます