ヒロインになんてなりたくない

みゅー

先生?

〈ユキナ視点〉








「・・・・・・」






顔を床に向けて歩いていると

メガネが少しずつズレ落ちてきて

資料を抱きしめている手を片方だけ放し

人差し指の中節骨の辺りでメガネをクイッと上げ

また資料を両手に抱きしめたまま足を進める






( あと…あと少しで階段… )






自分の勤務場所である経理室は4階にあって

今現在歩いている6階のフロアの2個下の階だ…




エレベーターなんて乗りたくないし

フロアの端に設置されている階段を使って

戻ろうと早足で階段を目指していると

前方から複数の固まった足音が耳に聞こえ出し

しまったと思いながら顔を更に下げて歩いた





今日は新人研修を終えた新入社員達が

それぞれの部署に配属される日で

「ここが…」とフロアの説明をしている

30代位の男性の声が耳に届き

その声の主が誰かも分かって

より一層冷や汗が流れそうだった






( よりによって営業課… )






経理課とは比べ物にならない位に華やかで…

あっち系の人間とはできる限り関わりたくない…




案内をしている

溝口トオルの顔を見ない様

壁側に顔を逸らして歩いて行こうとした瞬間…







アスカ「・・・白石先生?」






( ・・・えっ… )







聞こえてきた声に思わず足を止め

抱きしめている資料をギュッと強く胸に当てた…






白石…って私よね…

何??先生??






数歩後ろから

近づいて来る足音が聞こえ

(えっ)と戸惑っていると

右肩をグイッと後ろから引かれた






アスカ「白石…雪菜先生だよね」






私の視界に

真新しい革靴が映り込み

肩を引いて話をかけているのが

新入社員の一人で…

あの…教育実習先の生徒なんだと分かった…






( ・・・若葉高校の… )






6年前の大学3年の年に行った

教育実習先でしか

「先生」なんて呼ばれた事はない…





新入社員という事は22〜23歳の子達だから…

6年前なら…高校2年生で

私が受け持った学年の筈だ…






トオル「ん?なんだ?先生??」






溝口トオルの声にハッとして

「ひっ…人違いです」と

必死に絞り出した声で答え

止まっていた足をまた走らせた






( やだ…ヤダっ…目立ちたくない… )






階段へと続く重い扉を引いて

バタンッと大きな音をたてて閉まった扉に

背中を預けて「ハァハァ」と荒くなった息を整えた






「・・・よりによって…6年前… 」






6年前の私は…

こうなる前の私で…





階段の手すり部分に

歪んで映っている自分に目を止め

6年前とは正直似ても似つかない私に

どうして気付いたんだろうと不思議に感じ…







( ・・・・関わりたくない… )






顔も名前も分からないけれど…

私を「先生」と呼ぶあの新入社員には

近づきたくないと思った







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る