◆1 鶴の一声に導かれ──運命に身を任すのよ!

【1日目】1975年(昭和50年)11月8日土曜日


「ヘーックション!」

 気がつくと、辺りは既に暗がりだった。公園内の街灯にも灯がともり、通路を仄暗い光が点々と照らしていた。鶴の気配も消えてしまった。

 ──あれは、夢か現か幻か……?

 かなりリアルな夢だった。とても夢とは思えない。

 ──いや、あれは夢なんかじゃねえ、現実の出来事だ!

 朱鷺は動物的本能から直感した。

 三途の川向こうの鶴の言葉を、噛み締めるように思い起こしてみる。

「文鳥は、あちらにはいねえ……」

 母子水入らずで仲睦まじくやってるものとばかり思っていた朱鷺だが、母親の意外な発言に翻弄され始めていた。

 閑子は文鳥の病気回復祈願に薬師如来の図を描いた。その図柄と同じ形の痣を持って生まれた鴻之助を見て、泣きじゃくった。足の裏に頬ずりしながら、まるで愛しい我が子をいたわるように。あの時、朱鷺は呆気に取られたと同時に激しく嫉妬した。閑子は鴻之助を文鳥の生まれ変わりだと思っていたのかもしれない。幼くして旅立った我が子に印をつけて見送ったという例は古来より多々ある。朱鷺も昔、そういう話を年寄りから聞いた覚えがある。閑子のあの行為は、そういうことだったのか。俄かには信じがたいものの、そう考えるほうが合理的な気もする。どこか救われた気持ちにもなる。

 ──お袋さんのお墨付きももらったことだし……

「オラも信じてみっか!」

 そうと決まれば、朱鷺の信念は最早揺るぐものではない。誰が何と言おうと、矢でも鉄砲でも持ってきやがれ、ってな勢いで立ち上がった。と、清々しい気分に満ち満ちてきた。

 ──なして、こんな時代に飛ばされてきた?

 皆目、見当もつかないが、長年、心に巣食った澱を取り除くことが叶った。これだけでも甲斐があったということだ。

 この先、この時代でどんな波乱が待ち受けているのか、予想だにし得ぬが、不安と期待を抱きつつ運命に身を任せる決心をするのだった。

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