閃き
せっかくの日差しは二段ベッドにより遮られている。ミリセントに降り注ぐのはただ影のみだ。寮の部屋には東に大きめの窓が設置されている。窓からはゆったりと流れる雲と遠くで飛行術を受けているであろう生徒たちの姿がちらほら見える。寮舎に這う様に生育しているモッコウバラは、窓枠を美しく飾り立てている。
時刻は9:30。1時間目は9:00開始なので、既に授業は始まっている。何度かシャルルに起こされた気もするが、眠気に勝てなかったので適当な言い訳をして眠り直した。
あと30分で授業は終わるが、一周回ってミリセントは何も感じていなかった。
(ふっ…これしきのことで動じる様な私ではないわ…。)
優雅に髪を整え、丁寧に制服を着る。ミリセントのくせ毛はなかなか櫛を通さなかった。黒いリボンで軽く編み込むと、久しぶりに満足のいく仕上がりになった。よしよし、と頷くと荷物をまとめ、軽い足取りで部屋を出ていった。
(か、完全に忘れてた…。)
ミリセントの浮かれ気分はすぐに叩き折られることとなった。欠席した1時間目の授業は、理解度確認の小テストがあったことを思い出したからだ。期末テストでの結果は高が知れているミリセントにとって、挽回できる可能性がある小テストを欠席するのはかなり痛手だった。
「うー…しょうがないか…。」
だだっ広い校内をゆっくり歩く。ちょうど横切った講義室では、2年生が実践魔法学を習っているところだった。遠目から、教壇に立つロランの姿が見える。
(…なんか考えなきゃいけないこととかあるけど…やだなぁ…)
頭を使うと気が滅入る。見なかったことにしてその場を離れた。しかし、その光景は同時にミリセントに重要なことを思い出させた。
「あっ…ああああ!」
思わず声をあげ、あわてて口を塞ぐ。ミリセントが思い出したこと、それは魔獣が暴れた事故についてだ。
事故はミリセントが基本魔法学で灯りの魔法を習った週に起こった。次週からは異なる魔法について習う。次の基本魔法学は二日後。
つまり、「その事件は今日明日で起こる」と言うことを意味していた。
(うあああ…忘れてた…。どうしよ…。)
こうなってしまうと考えざるを得ない。2時間目が始まるまでの休憩時間で、ロランに相談を持ちかけるべきだろう。話したいことはいくつかあるため、そのまま授業が終わるのを待つことにした。
一時間目が終わるまで残り15分ほど。出席はとうに諦めているため、残りの時間を活用するしかない。
(魔獣がなんなのか、よりもどこからきたのかが重要だよね…。)
むむむ、と顎に手を当て考え込む。学校には大きな結界が張られているため、ノクスや魔獣などが外部から入ることは難しい。
内部で魔獣が発生するのはまずあり得ない。卵を持ち帰った生徒がいる、という例があるなら可能だ。しかし、人ほどの大きさで生まれてくる魔獣というのは聞いたことがない。
「わっかんないやぁ…」
(やっぱり、ロラン先生待った方がいいかな…。)
ずるずると壁に背を預けながらしゃがみ込む。長い廊下には、陽が差し込んでいる。苛立たしくなるほど、天気だけは良かった。
もふもふとした感触を足元に感じ、思わず悲鳴をあげ飛び退く。石畳に尻を打ち、呻き声を上げた。触れた物体を慌てて見ると、ミリセントの使い魔、ツバサネコのネーヴェだった。
「えっ、ネ、ネーヴェ!?なんで!?」
敵意なく、ごろりと腹を出し大理石に横たわる白い毛玉はなんとも愛くるしかった。疑問より先に手がでてしまう。首元を撫でてやると、ごろごろと気持ちよさそうに喉を鳴らした。
(気付かないうちにネーヴェのこと呼んでたのかな…?)
「みゃう」
「ごめんネーヴェ、それより今は…。」
魔獣のこと考えなきゃ、そう言おうとしてはた、と考える。
侵入困難といわれたエストレル学園の校内にいた魔獣。それが生徒を襲った。
もし、それが外部ではなく内部にいたものだったら。
___もし、それが魔獣ではなく誰かの使い魔だったとしたら。
全ての辻褄が、合うのではないか。
ミリセントが知っている限り、授業内で使い魔を呼び出すのは実践魔法学か基本魔法学、魔獣学でも一度だけ呼び出した。
講義室内を少しだけ覗くが、実践魔法学では座学をおこなっている様だ。
ちらりと時計に目をやると、一時間目終了までのこり10分。時間はある。ミリセントは基本魔法学が行われている教室に小走りで向かった。その後を追う様に、ネーヴェは走る。ミリセントが軽く杖を振ると、空中で小さな星が弾けるのに合わせて消えていった。
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