決闘
暖かい日差しも、ミリセントの気分を照らしてはくれなかった。
もやもやとした気分が払拭されないまま、ミリセントとシャルルは講義室で授業を受けていた。
なにやら難しげな話をしているような気がするが全て右から左へと流れていってしまう。つやつやと輝く教師の頭部をぼんやりと眺めるだけで時間が過ぎていく。
ステルラフィアに言われた言葉が、ここ数日間ミリセントの心の中にずっと引っかかっていた。本当に、信頼しても良いのだろうか。本当に、協力してくれるのだろうか。
「…ミリセント、本当に相談乗るよ…?」
「うっ…ありがとう…。人間不信になりかけてた…。」
優しく声をかけるシャルルによよよと泣きつく。べったりとしなだれかかるミリセントの頭を優しく撫でた。
「失恋でもした?」
「えっ。全然。」
想像の斜め上の話題にミリセントの思考は停止してしまった。
「うそ!ずっと失恋したんだとばかり…。」
「入学してまだ1ヶ月しか経ってないじゃん!恋愛のれの字もないよ…。」
追加でダメージをくらい、完全に精神をやられてしまった。ごめんごめんと笑いながら謝るシャルルに頬を膨らませ抗議する。
「それでは、各自自主練習をするように。」
教師の放った一言で現実に意識が引き戻される。どうやら教師は離席し、その間守護の魔法を練習するようだ。
守護の魔法は必須級の魔法なため、さすがのミリセントでも完璧に使いこなせる。今更やり直す必要性を感じなかったため、寝ようかと再び机に突っ伏す体勢に入った。
「もう!ミリセントも練習しなよぉ!」
そう言いながら杖を振るシャルルは、初めてにしてはかなり筋が良い。ふわふわとかなり緩い魔法だが、周りが形にすらなっていない中かなり優秀な部類に入るといえるだろう。
「すごいじゃん!さっすがシャルル!!」
「煽てないで!何も出ないから!!」
恥ずかしそうに手をぶんぶん振り否定する。その様子がおかしく、ついにこにこと笑ってしまう。
「ああ全く。よくその程度で喜べるな。」
背後から聞こえたその声に、ミリセントのテンションは一気に下がった。ここ数日、よく聞いている気がする。棘のある喋り方に苛立ちを滲ませた声は既に聞き飽きていた。
「…またあんた?イヴァン。」
振り返ると、やはりいつものように顰めっ面をし、こちらを見下ろすように仁王立ちをする青年が立っていた。
「なに、成績優秀者が杖を振っているからどの程度できるのか見に来てやったのさ。」
横から首を突っ込む取り巻き達も、いつもの調子だ。ミリセントはイヴァンよりその取り巻きの方が苦手だった。
「…あの、私何か悪いことしましたか…?放っといてください…。」
毎度魔法を使う度に絡まれることに気分を害したのだろう。シャルルが反抗的なことを言うのは初めて見た。
今日ばかりは面倒ごとを起こさないと決めていたミリセントは、既に口を挟みたくてうずうずしていた。
「お前みたいな奴が1番って言うのが俺たちは許せないんだよ。な、そうだろ?」
取り巻きの一人が同意を求める様にイヴァンを見つめる。特に返事はしなかったが、かわりに薄ら笑いを浮かべた。
「気にすることないよシャルル。行こ?」
聞く必要のない言葉が耳に入る前に、立ち去ろうと席を立ちシャルルの手を引く。
予想通り、すぐさま妨害が入った。
「おい、待てって。俺らがお手本見せてやるよ。」
にやにやと笑いながら、取り巻きの一人が杖を振る。シャルルに向けられたその杖が描く魔星図は、守護の魔法のものではなかった。
とっさに、ミリセントは杖を鞘から抜き魔星図を描く。彼が放った魔法は、ミリセントの放った魔法により弾き返される。薄い金色の光は素早く軌道を変え、取り巻きの頬をかすめる。
「!?み、ミリセント…。」
遅れて状況に気付くシャルルを庇う様に前に立ち、イヴァンに杖を向けたまま睨みつける。
「無抵抗の女の子に手あげるとか、どうかと思うんだけど。まじで。」
「こ、こいつまた…!」
青筋を立てて唾を飛ばす彼を押し退ける様に、イヴァンがミリセントの前へ立った。近くで見ると背が高く威圧感がある。
「あんたとあんたのお友達、随分私の友達のことが好きみたいね。」
互いに杖を向けたまま、しばらく睨み合い続ける。後ろに立つシャルルがおどおどしているのが伝わってくる。
「…わかった。お前が俺と勝負して、お前が勝ったら手を引いてやる。やるか?」
ふん、と鼻を鳴らし取り巻きを押し退ける。十分に間合いを取るとこちらに向き直り杖を向けた。
既にクラス中の視線が集まっている。教師が戻って来れば大事になるのは避けられないだろう。
以前の世界で実践魔法が何より苦手だったシャルルに戦わせることはできない。
ミリセントも魔法を使うことは、何より人を傷つけるために魔法を使いたくなかった。しかし、ここで断れば彼らはこれからもしつこくシャルルに絡むだろう。
(ここでけりをつけるのがきっとシャルルと私にとって一番良い…はず。)
背後の友人の存在が、そしてミリセントのプライドが申し出を断ることを許さなかった。
「当たり前でしょ。シャルルに謝ってもらうんだから。」
「ちょ、ちょっとミリセント!いいって…。」
「大丈夫、すぐ終わらせるから!」
「そう言う問題じゃ…。」
何か言いたげなシャルルを押しやり、距離を取る。イヴァンの魔法が逸れても、十分安全な場所まで下がってもらった。安全を確認すると、杖の先をイヴァンに向け直す。本気の戦いではないため、互いに使い魔は呼び出さなかった。
睨み合い、一定の距離を保ったままどちらも動かない。膠着状態が続いたのはほんの数秒間だったが、周囲の人々は数分にも数十分にも感じられた。
先に動いたのはイヴァンだった。素早く杖を振り魔星図を描く。杖先から放たれた淡い金の光が、魔星図の完成が近づくにつれ輝きを増す。同時にミリセントも魔星図を描く。
イヴァンの杖からクリスタルを思わせる鋭い結晶のようなものが放たれる。それらはイヴァンが杖を振る度に数を増やし、真っ直ぐミリセントへ向かって飛んでくる。
きらきらと蝋燭の光を浴びて輝くその魔法は幻想的だ。
(結晶の魔法に追尾の魔法と分裂の魔法を組み合わせてる…1年生にはできない戦い方だわ。さすが優等生ってとこ?)
机の影に飛び込み、結晶の死角に入る。すぐそばで机に当たり砕けた結晶の破片がぱらぱらと降り注ぐ。かしゃかしゃと音を立てながら砕け落ちた破片を踏む。その破片は想像以上に脆かった。
(…?なにこれ、結晶っていうより砂糖細工みたい…。)
ミリセントは机の影から飛び出し、守護の魔法を纏わせた杖を使い、止むことなく飛んでくる結晶をそれぞれ弾き返す。どれも正確にイヴァンの元へ、正確に言えば、イヴァンの背後の壁に向かって。
意表をつかれた彼はすぐさま守護の魔法の魔星図を描くが間に合わない。いくつかの結晶はミリセントの想定を裏切り彼の肌を切り、その背後へ飛んでいく。後方で見ていた取り巻き達は慌てて頭を抱えてその場に伏せる。結晶は彼らの頭上スレスレを飛んで教室の壁に突き刺さった。
イヴァンが怯んだ一瞬の隙をついて、ミリセントは動く。再び杖を振り先ほどとは異なる魔星図を描く。
(悪いけど、勝たせてもらうよ。)
ミリセントの杖先に光が宿ったかと思うと、イヴァンの足元から彼を取り囲む様に強風が吹き荒れた。単純な風の魔法だが、ミリセントの膨大な魔力はその魔法を格段上のものにしていた。
体勢を崩していたイヴァンはなすすべもなくもろに強風に煽られる。強風に巻き込まれた結晶片の一つがイヴァンの手にあたり、持っていた杖が弾かれた。美しい弧を描き、くるくると回転しながら後方へ飛んでいく。
からん、と杖が落ちた乾いた音が勝敗を物語った。杖を弾かれたままの姿勢で、呆然と立ち尽くすイヴァンにゆっくりと近づく。
「約束、守ってもらうから。」
しばらくの間黙ったままだったが、諦めた様に息を吐いた。
「んなの認めるわけねぇだろ!!」
イヴァンのすぐ後ろから、取り巻きの一人が怒声をあげる。まだ言うか、と呆れて言い返そうとするミリセントより先にイヴァンが口を開いた。
「やめろ。…これ以上、俺に恥をかかせるな。」
目を丸くし、取り巻きを含め全員が彼を見つめる。ミリセントを見つめ直し、何事か言おうとした瞬間教室のドアが開かれる。
重たいその音に、全員が目を奪われる。姿を現したのは、先ほど退席した教師、カルヴァン・ウーズレーだった。
「…これは一体どう言うことなのか、説明しろ。」
目を見開き、これ以上ないほどに顔を顰めていた。その震える声から、激しい憤りが彼を包み込んでいるのが見てとれる。
(やっ…ばぁ…)
全身から冷や汗が噴き出るのを感じた。基本魔法学で無駄に目をつけられたばかりだというのに、また教師の目が厳しくなってしまう。そうすれば、何かあった時自由に行動できなくなる可能性がある。
生徒全員がどうしようもなく黙ったまま、ウーズレーの苛立ちだけが増していく。
「…あ、あの…これは…。」
沈黙に耐えきれなくなったシャルルがおずおずと一歩前に出る。
「俺が一人でやりました。…申し訳ありません。」
それを遮ったのはイヴァンだった。再び目を丸くする一同を尻目に、ウーズレーは低い声を発する。
「放課後、私の元へ来るように。」
緊張感を教室に残したまま、ウーズレーは乱暴にドアを閉め出て行った。
一瞬しんとしたが、すぐにシャルルがミリセントの方へ駆け寄ってきた。
「ミリセント!!大丈夫だった!?怪我ない!?」
「わぁっ、大丈夫だよ。シャルルこそ…。」
大丈夫?と言いかけて、泣きそうな顔でこちらを見る彼女に、罪悪感を覚えた。
「…心配かけてごめん。」
「ううん、ごめんね…ありがとう。」
シャルルはいつものように優しくミリセントを抱きしめた。
波が伝わっていくかの様に、次第に生徒たちは自分の荷物をまとめ教室から出て行った。気付けば授業はほとんど終わりの時間になっていた。
「…帰る…?」
「…そう、しよっか。」
あたりを見渡しイヴァンを探したが、既に彼の姿は無くなっていた。しかし、彼の取り巻き達は何か言いたげにこちらをちらちらと見ていた。その嫌な視線を避ける様に、ミリセントはシャルルの手を引いて人の波に乗り教室から出て行った。
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