ステルラフィアの力


 部屋に戻り、シャルルが眠りについたのを確認してからステルラフィアに声をかける。呼びかけに応じてすぐに影から飛び出した。

隠し事が苦手なミリセントにとって、彼との関係はだんだん面倒くさく感じていた。


 翼を広げて気持ちよさそうに夜風に当たる彼を、見つめていると思わず目が合う。濁った瞳からは、何を考えているのかよくわからない。


「いつも思うんだけどさ、コソコソしてないで普通に出てくれば良いじゃん。」


「あのね、僕は陽の光苦手だし人前に出るのも嫌いなの。そもそも僕のことどう説明するつもり?」


「考えてない…。でも隠し事苦手なんだもん。」


 想像以上に反論されてしまい気圧される。馬鹿だなぁといつも通りの言葉を無視し、ため息をつく。


 魔法使い1人につき使い魔は1匹。ミリセントがツバサネコを連れていることは学校側に知られているため、ステルラフィアを使い魔だと言い張ることはできない。

 使い魔を除けば、人に懐く魔獣はほとんどいない上に言語能力を持った魔獣は非常に珍しい。


 ミリセント自信もよくわかっていない魔獣を怪しまれないように説明することは難しいだろう。


(そういえば、ステルラフィアの種族ってなんだろ。)


 ふと思い浮かんだその疑問を、率直に彼にぶつける。


「僕の種族ぅ?君は星の魔法使いには馴染みがないけど…君の友人、シャルルとかいう子の使い魔に強いて言えば近いかな。」


「ネヴァン?まあ、見た目似てるしね。」


 あまり面白味のない回答に、ミリセントはすぐに興味を無くした。


「ところで、何かあったから僕を呼んだんだよね?」


「!そう!聞いて欲しいの!」


 そこでミリセントは、以前同じ時期に使い魔が暴走してしまう事件が起きたこと、そしてそれを止めることができるかもしれないということを話した。

 エヴァの復活や時間が戻ったことに関する話ではなかったため、案の定ステルラフィアは興味を失っていた。

 つまらなさそうに毛繕いをし、やりたければやれば?とそっけない返事をした。


「もう!確かに関係ないかもしれないけど人助けできるし…ほら…ね?」


 言葉を続けながら手帳に書いた内容を見せようと放り投げたままの制服のポケットを漁る。


 見つからない。


 不安を抱えながらも心当たりのある場所を全て探った。教科書の山やローブのポケット、乱雑なままの机の上まで手当たり次第探したが見つからない。

 すーっと血の気が引いていくのがわかった。


「な、ない…。」


「なにがぁ?」


「手帳…事件とか覚えてることとか書いてたやつ…。」


「はぁ!?嘘でしょ?」


「ちょっと声でかいって!」


 部屋の反対側で寝息を立てるシャルルを一瞥し、ステルラフィアを諫める。

 不満そうに翼をばたつかせる彼と同様に、ミリセントも焦っていた。

 頭を抱え、ぐるぐるとまとまらない思考を無理やりまとめようとするがうまくいかない。


 最後に書き込んだのは3時間目の基本魔法学だったはず。その時落としたのだとしたらすでに誰かに拾われているだろう。


「あああどうしよう今から取りに行く!?」


「もう誰か拾ってると思うけど…」


「探すだけ探すとか…消灯時間だしやばいかな…。」


 まだ頭を抱えているミリセントと対照的に、わざとらしく深いため息をついたステルラフィアはすでに落ち着いたようだ。

 とにかく、と言葉を続ける。


「このまま寝るより今から探して教員に見つかった方がマシだとおもうけどね。」


「うん…。」


 しばらく黙ったまま考え込む。

 現在の時刻は0:30。見回りの教員や警備員がすでに校内にいるだろう。

 しかし、手帳の内容を見られるより、消灯時間に出歩いていることを責められる方がマシだ。


「い、一度探してくる…すぐ帰るし…。」


 そういうと、寝衣の上から申し訳程度に上着を羽織りローファーを履く。

 かかとを靴に押し込んでいる間に、ステルラフィアは無言でミリセントの影の中へ消えて行った。







 音を立てないよう慎重に扉を開け、あたりを見渡す。警備員がいないことを確認し、静かに扉を閉めると静寂と暗闇だけが残った。


 記憶を頼りに歩いているうちに、徐々に暗闇に目が慣れてくる。荘厳な雰囲気を持つ古城は、昼とは異なった姿を見せていた。


「灯り、魔法でつけないの?」


「人いたらバレちゃうし…あんまり使いたくない。」


「ふーん。」


 正直、灯りがないとまともに進めない暗さではあったが、講義室はそこまで遠くない。

ミリセントは手すりを頼りにそのまま進むことにした。





 数分後、ミリセント達は講義室付近まで来ていた。あたりを探してみたが手帳らしきものは見当たらない。

 予想はしていたが、不安は的中してしまった。

 すぐ近くに位置している職員室に明かりは灯っておらず、鍵もかけられていた。

 もちろん、魔法学校の教室にかけられている鍵は生徒に開けられないよう強力な魔法がかけられている。ミリセントにあけることはできない。


「落とし物の確認も…できなさそう。」


「諦めて戻るしかなさそうだね。」


「うん…。」


 項垂れて踵を返そうとした時、自室へ向かう道の方から足音が聞こえる。

 びくりと足を止めると、曲がり角から光が漏れて見える。

 警備員だ。


(やばっ。)


 あわてて死角になる曲がり角へ駆け込むと、ほぼ同時に曲がり角から警備員が姿を表した。


 先ほどまでいなかったはず。程なくしてこちらへ来るだろう。

 硬い革靴の足音が近付いてくる。止まる気配はない。


(どうしよう…)


 なす術なく、きゅっと目を瞑る。


「僕に任せて。」


 その言葉が聞こえた瞬間、すぐそばでぎゃっ、と悲鳴が聞こえた。

 バタバタと動く音が聞こえ恐る恐る角から顔を出す。

 警備員は杖を取り落とし何やら必死にもがいていた。よく見ると顔には黒い何かがまとわりついている。


「バレる前に早く行くよ。」


 警備員に近づこうとしたミリセントを制し、ミリセントの影が動く。つられてミリセントも引っ張られるように早足でその場を去った。






 ややあって、ミリセントは自室のベッドの中へ戻ってきた。

 ベッドフレームに腰をかけた瞬間、どっと疲れが押し寄せる。肩で息をし、乱れた髪を軽く手で整える。

 深く息をつくと影から鳥頭がのぞいた。


「手帳、なかったね。」


「誰か拾っちゃったのかなぁ…。…それもそうだけど、さっきのあれ、なに?」


「僕ら種族の力。影を少しだけ操れるのさ。」


 その言葉に、ミリセントは少し首を傾げた。


「影って…夜の力に近いもの?あの警備員は大丈夫なの?」


「まあ、そうなるけど。君たち星の魔法使いは夜の力を嫌煙しすぎなんだよ。一瞬目眩ししただけ、何の問題もないよ。」


 ステルラフィアはムッとなって言い返すと、不機嫌そうに窓枠に止まる。先ほどまで見えていなかった満月が雲の隙間から覗いている。翼を広げ月光を受けたその姿は、神秘的に見えた。


「悪い物だって決めつけて考えることをやめる。だからそこで止まっちゃうんだよ。」


「うっ…でも実際夜の魔法使いは悪いやつだし…。」


「僕らをそんな奴と一緒にしないで欲しいな。」


 再び翼を広げるとミリセントの影の中へ消えて行った。ぎゃあ、とびっくりして小さな悲鳴をあげる。


「君はもう寝なよ。」


 気のない返事をし、促されるままローファーを脱ぐ。ベッドに横になり、ふかふかなブランケットに包まれても眠気は一向にこなかった。


 ただミリセントの脳内では、手帳のことと影の力がごちゃ混ぜになり漠然とした不安が生み出されていた。

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