私の使い魔

 やや緊張した面持ちで、杖の先を見る。

脳裏に浮かぶのは死に際、少しも動かない使い魔の姿。



「おいで、ネーヴェ。」


 緩やかな弧を描くように杖を振ると、杖先から淡白い小さな光が飛び出す。

光は数回跳ねるように動き突如眩い光を放ちながら弾けた。

思わず目を細めると光の中から真っ白な何かの姿がふわりと現れた。


 白いふわふわの毛並みに長い尾。淡い水色の瞳を持ち、背中には1対の翼を携えている。


 ツバサネコと呼ばれる魔獣の一種、それがミリセントの使い魔だ。


 羽を動かし、ふわふわとその場に飛んでいるその小さな体を思わず抱きしめる。


「うわぁ〜〜〜〜ん会いたかったよネヴェたん!!!」


 すりすりと頬擦りをすると使い魔__ネーヴェは低く唸り声をあげ、素早くミリセントの顔面に引っ掻きを入れた。


 ぎゃあと悲鳴をあげ手を離すと、ネーヴェは緩やかに地面に着地し不満そうに尻尾を揺らした。


 ツンツンしてるところが堪らなく可愛いんだよねぇと目尻を下げニヤけた顔を直すように頬に手を当てた。

もちろんネーヴェの不満はもっともなものだが。


 ミリセントから離れたかと思いきや、すぐに戻ってきて足元に行儀良く座りこちらを見つめる。

汚れひとつない真っ白な毛並みは白雪を思わせる。


 んん〜〜と気持ち悪い声を出しながら、ミリセントはしゃがみ込みネーヴェを撫で回した。




 ごろごろと戯れているうちにふと前の世界での記憶が浮かび上がる。


 ネーヴェはミリセントと行動を共にし、ミリセントのすぐ側で最期を迎えた。

同時に致命傷を負っていたミリセントはネーヴェだったものに触れようとしたがそれは叶わないまま生き絶えた。


 ネーヴェはミリセントにとって、唯一の家族だった。


 次第に自分の中に一つの感情が芽生えていることに気付く。

故郷を壊し、友人を殺し、自分からただひとりの家族を奪ったあの魔法使い。彼に対しもっている感情は憎悪そのものだった。


 ミリセントに撫でられごろごろと喉を鳴らすネーヴェ。


(二度と、奪わせないからね。)


 涙目になりそうになっているミリセントを、ネーヴェは不思議そうに見ていた。



「ミリセント!どんな使い魔だった?」


 ぱたぱたと駆け寄ってくるシャルルの声にはっと反応し振り向く。

気付けばほとんどの生徒が使い魔の呼び出しに成功し、それぞれ思い思いの時間を過ごしていた。


 シャルルはネーヴェに気付き、キラキラと瞳を輝かせる。


「ツバサネコだったんだ!かわいい〜!!」


 ツバサネコは魔獣の中ではかなりありふれた種族であるが、同時にそのかわいらしさから人気の高い種族でもある。


 黄色い声を上げながらネーヴェの体毛をもふもふと触る。悪い気はしないのか、ネーヴェもごろりと横になった。


「ふふーん、かわいいでしょ!」


 自慢げに笑っていると、彼女の使い魔の存在に気付く。


 ふわふわと笑うシャルルの肩には1匹の白いカラスが止まっていた。


 ホワイトネヴァンと呼ばれる珍しい魔獣であり、以前の世界でも学園内で噂されていたことをよく覚えている。


「えーホワイトネヴァンだ!かっこいい使い魔じゃん!」


 シャルルは照れ臭そうに頬を赤らめる。


「使い魔に見合う魔法使いにならなきゃって思うんだ。」


「あー私も。この子にはいっぱい迷惑かける気がする…。」


「ね、一緒に頑張ろ!」


 互いに目を見合わせにこりと笑う。




 まだ授業終了には早い時間だったが、ロランから呼びかけがあった。


「初回の授業だし、今回はここで終わり。あとは自由に行動していいよ。次の授業に遅れないように!」


 それじゃあ、と言い杖を軽く振ると一瞬にして姿が消えた。


 授業は終わったが、生徒のほとんどが使い魔と触れ合ったり談笑目的で留まっていたため、ミリセントたちも留まることにした。



「次の授業なんだったっけ。」


「基本魔法学!楽しみだなぁ…。」


「ええ、そう…?」


 以前落第した授業だったことを思い出し、嫌だなぁとすでに暗い気持ちになる。

対照的にシャルルは期待に満ちており、そわそわと教科書を開き始める。


「ミリセントは試験の勉強した?」


「えっ、なんのこと?」


「?基本魔法学だよ。初回に中等学校レベルの簡単な試験やるって言ってたよ。」


「嘘だああああぁぁ……。」


 この世で一番嫌いな試験の二文字を聞いた瞬間ミリセントは慟哭した。そういえばそんなこと言っていたかもしれない。

頭を抱えるミリセントを見て、大袈裟だなぁと

くすくすと笑う。


(中等学校レベルとか言ってるけどしっかり難しい試験だった気がする…。)


 遠い昔の記憶を思い出し、呆然と空を仰ぐことしかできなかった。


「シャルルはきっと一番だよ…。優秀だもん…。」


「えぇ、そんなことないよ。」


「ああ、そんなことないね。」


 ふと背後から聞きなれない声が投げかけられる。

振り向き、存在を確認した時ミリセントは思わずうわっ、と小さく声を上げた。


 仁王立ちしているその男性はやたら高身長な上、3人ほどにやにやと笑う取り巻きと大型犬の魔獣を従えており威圧感がある。


 丁寧に整えられた茶髪に皺ひとつない制服、見るからに高そうな装飾品は嫌でも彼が金持ちであることを表していた。下品な笑みを浮かべる取り巻きは彼とは対照的に見えた。

深い青の瞳にはシャルルしか映っていないようだ。


 以前の世界でも度々衝突していた男子、イヴァン・レイモンドはミリセントが最も苦手な存在だ。


 しかし、彼と初めて会ったのはもっと先のことだった。おそらく、ミリセントが過去に言わなかったセリフを言った事で少し未来が変わってしまったのだろう。


 家柄を鼻にかけ自信に満ち溢れたその性格は捻じ曲がっており、自分より優秀な魔法使い全てが嫌いだ。


 その性格を加味すれば、彼が言わんとしていることが自然とわかった。


「お前、シャルル・ウェンダーだろ。入学試験トップの魔法使い。」


「え、はあ…。」


 苛立ちを滲ませたその言葉に、シャルルは曖昧な返事を返す。怯えているのか、ミリセントの方に少し体を寄せた。


「先に言っておくが、一番をとるのはこの俺だ。あまり調子に乗るなよ。」


「…。」


 どう返せばいいのかわからず、無言で眉をひそめる。


 首突っ込んだらややこしくなるかな、などと考えていたが後先考えない性格なため、だんだん制御が効かなくなってきた。

シャルルを庇うように一歩前に出る。


「あのさ、まず名乗るべきなんじゃないの?」


「は?誰だよお前。」


 反応したのはイヴァンではなく、その取り巻きだった。今気付きましたと言わんばかりの反応に少し苛立つ。何より、親友を馬鹿にされたことが不愉快だった。


「ミリセント・スコーピオン。覚えなくていいよ。」


「…イヴァン・レイモンドだ。覚えたからな、入学試験最下位女。」


 その言葉に取り巻きは弾けてように笑う。

ミリセントの順位を初めて知ったのか、シャルルはとんでも無く衝撃を受けていた。

まさか最下位まで知っているとは思わなかったので少し言葉に詰まった。が、事実なので仕方がない。


 しばらくの間睨み合っていたが、授業終了の鐘がその間を引き裂いた。

もう行こうぜ、と取り巻きの1人が言うと、忌々しそうに舌打ちをひとつしてイヴァンはその場から去っていった。


 完全に姿が見えなくなってから、シャルルがようやく口を開いた。


「ご、ごめん…ありがとう。」


「いーえー。なんかムカついたもんね。」


「…勉強、教えようか…?」


「…気が向いたら…。」


 言葉を濁しながら、次の授業行こっか、と支度を始める。


(今後も突っかかってくる気がするし、要注意だな…。)


 前より面倒くさい関係にしてしまった気がするのは否めない。


 講義室を目指しながら、びっくりしたのか涙目になっていたシャルルを慰めることに徹することにした。

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