第29話 国王とマックスからの書状

 アデリーナが屋敷に現れた翌日、ブラーバから緊急を告げる手紙が届いた。

 家令の彼は報告が遅れたことを詫び、“アデリーナが屋敷を抜け出して王都へ向かった”旨を報せる。


「遅い! 彼女はもう見つかっているのに!」

「お父様、それよりも何があったかが大事です」

「エミリア……そうだな」


 リンクスはエミリアの言葉で、ブラーバに対する怒りを抑えて内容を確認する。

 アデリーナが絶妙なタイミングで屋敷を抜け出した事や、現金を所持していないため近場に潜んでいると思った事で初動が遅れたらしい。


 だが、それ以降のブラーバの報告に、リンクスの顔色が変わる。


 領内を捜索する過程で、ワズという若い男を発見。

 挙動不審だったので、問い詰めるも要領を得ない。

 多少強引な手を使って聞きだしたところ、アデリーナを隣領の宿場町に送った事が発覚。

 更に聞くと、アデリーナは“領主の落とし子”なる者に酷い目に遭わされるところだった。

 ワズらは拘束、ブラーバ達も宿場町近辺で捜索を続ける。


 手紙を読み終えたリンクスの瞳には、怒りの炎が宿っていた。


 その“領主”とは、ワグニス派の子爵。子爵自身はワグニスの疑獄ぎごくの渦中で、処罰は免れない。

 後日、リンクスは宿場町に私兵を送り、“領主の落とし子”を拘束・連行させ、ワズらと共に処罰した。


 休養を終えたアデリーナは、クリスに連れられて領地に送り届けられて、おとなしく謹慎生活に戻った。


 ◆◆◆


 更に数日。

 マックスは王国内での活動が落ち着き、カンタラリア留学に戻ることにした。

 もともとマリアンの独善で宣言された放逐であったので、エミリアはレロヘス家に戻ることになった。

 しかし、一度マックス達に付いて帝都ヴァレンへ行く事にする。

 ウォルツ以外には深く事情を説明せずにライオット時計店を出たため、きちんと別れの挨拶をするためだ。



「そうか……良かったな? エミリア――っと! エミリア様」

「エミリアで結構ですよ! ゼニスさん」


 帝都ヴァレンに戻ったエミリアは、ウォルツ・ライオットに挨拶を済ませて工房にいた。


「ほんの数か月、短い間ですけれど大変お世話になりました」

「いやいや、俺達の方こそグランツ・オロロージオ仕込みの技術を見せてもらって、いい勉強になったよ。それに……エミリアに刺激されてダニーも双子も目の色を変えて勉強するようになったよ」


 そして、工房の職人とも挨拶を交わしていく。


(パテックさん、フィリップさん……。“あの時”お二人が命をかけて私と双子君を守ろうとしてくれたこと。一生忘れません)


「ありがとうございました」

「こちらこそありがとう」「ヴァレンに来ることがあったら、いつでも寄ってね」


(パネル君、ライル君……“あの時”守ってあげられなくてごめんね)


「皆さんの言う事を聞いて頑張れば、きっといい時計職人になれるわ。応援しているわね」

「「うん! ありがとー」」


(ダニーさん……“あの日”あなたが付いていてくれなければ、“今回”のいい結果にはならなかったかも知れません)


「ダニーさんの手先の器用さなら、とってもいい職人さんになれます! 頑張って下さいね? それと、お母様仕込みのスープ……(もう一度)食べたかったです」

「お、おう」


 ダニーは、(あれ? 俺、スープの話、したっけか?)と不思議そうな顔になった。


 そして、ダニーと双子達と一緒に三階の片付けに向かうが、ここでの日常と“あの時”の異様な光景、両方とも思い出される。


「なんだよ? 肌着類以外、置いていくのか? です」

「無理しなくてもいいですよ? お台所の物とかは誰かが入った時に使えますから……。だから、ダニーさんもパネル君もライル君も、お掃除はサボらないようにね?」

「お、おう」「「はぁーい」」


 エミリアは、ライオット時計店のみんなの見送りを受けて、ポール皇子の用意してくれた馬車で宿に向かった。

 一日だけの滞在で帝都を後にするエミリア。


「もう君はレロヘス子爵令嬢だ。ご令嬢が一人で旅をするなんて危険だ。それに……エミリア、君を一人にするのは私には凄く不安で耐えられそうにない」


 彼女は乗合馬車を乗り継いで国境まで行くつもりだったが、マックスが国境まで送ってくれる事になった。

 リンデネートに入ってからは、クリスと御者のマルコが迎えに来てくれる。



 今度は馬車の中に二人きり……

 最初はお互いに意識しすぎて二人ともぎこちなかったが、お互いの出会いや、共有している出来事を振り返って話をするうち、自然と元の二人に戻れた。

 そして……


「もうすぐ国境に着く。国境を超えるところまでは一緒に行くよ。エミリア」

「ありがとうございます。マックス様……」


 そして、しばらくの沈黙のあと、マックスが慎重に言葉を選びながらエミリアに伝える。


「エミリア。私も数か月したら留学を終えて王都に戻る」

「はい……」

「その時に、君に正式に伝えたいことが……ある」

「はい」

「その数か月、会えないけれど……待っていてくれるかい?」

「はい。マックス様のことを、お待ち申しております」


 お互いに手を取り合って目をそらさず、それぞれがバイオレットブルーの瞳と碧眼を見つめ合う。


 コンコンッ!


 それは、トムソンの通常停車の合図が鳴るまで続いた。


 ◆◆◆


 その後リンデネート王国では、数か月かけて王国貴族の処分が行われた。

 大逆罪が適用されたワグニス侯爵家は貴族位が剥奪される奪爵だっしゃくとなり、一親等まで死罪となった。

 それ以外にも二親等三親等と広く処罰が及び、ワグニス家は消滅。

 一大勢力を誇ったワグニス派閥の貴族達も、不正の大きさに応じて処罰され、次々と奪爵だっしゃく降爵こうしゃくとなる。

 建国以来このような事は初めてで、貴族の大醜聞スキャンダルと騒がれた。


「自分達の貴族位が上がるのでは?」

「領地が加増されるのでは?」


 浮足立つ者が多かったが、そうはならなかった。

 没収した領地は一時的に国王の直轄統治となる。


 そんな中、ごく一部は不正調査や監査時に『功あり』として陞爵しょうしゃくされた。

 リンクス・レロヘスも子爵から伯爵へ陞爵しょうしゃく

 アデリーナが酷い目に遭った宿場町を含む子爵領と、隣接する鉱山地帯の加増も受けて将来の展望が開けた。


「これから忙しくなるぞ? クリス! お前も学園を卒業したら、領地経営にも携わってもらうぞ」

「ち、父上! それどころではありませんよ!」


 普段は落ち着いているクリスが珍しく慌てている。


「どうした?」

「王家からの遣いの方がお見えです!」


「王家より書状である。国王陛下よりレロヘス家当主リンクス・レロヘス宛て、王太子殿下よりエミリア・レロヘス嬢宛てである」


 エミリアも急遽呼ばれて、使者の前に膝を折る。


(急に呼ばれたのですけれど……マックス様からお手紙?)


「納められよ」

「ははっ!」「はい」


 使者が去った後、エミリアとリンクス、そしてクリスはテーブルに書状を並べて息を呑む。

 そして、開封して呼んだリンクスがまた驚く。


「王太子殿下とエミリアの婚約っ!?」


「やはり……」


 王家からの婚約の申し込みに驚いて言葉を失うリンクスと、妙に納得顔のクリス。

 エミリアは頬を赤らめてうつむく。


 リンクスはしばらくの放心の後、もう一通にも手を伸ばそうとするが、クリスが「これは王太子殿下からエミリアへの、言わば私信です」と制す。



 ◆◆◆マックスからの手紙


 エミリア。

 突然の事で驚いていることだろう。 

 本来ならば学舎を卒業してリンデネートに戻ってから、エミリアに会って

 私の口から直接結婚を申し込みたかったのだけれど……


 陛下に手紙で相談申し上げたら、リンクス殿は伯爵に陞爵が決まっているから

 すぐに婚約を申し込むと聞かなくて、私のこの手紙も一緒に届けてもらうことにした。

 君の気持ちも確認せずに、このような事になって申し訳ない。


(マックス様……)


 エミリア。

 あなたと初めて出会った時、あなたに見つめられた私は、心臓の鼓動が早まった。


 車内であなたの境遇を聞いて、ライオット時計店を紹介した。

 これは、あなたに対する同情や憐れみなどでは決して無い。

 私自身にも身の危険が迫る中、協力者の店に素性の知らない人を紹介することは危険だからね。


 でも、私は紹介した。

 あなたを見ていて、どうしてもあなたを助けたいと思った。

 その時は、自分がどうしてその様な決断をしたのか分からなかったけれど、今ならはっきりと分かる。

 私はあなたと出会った時から、あなたに惹かれていたのだと。


 私は、自分のあなたへの気持ちが何なのか分からないまま、あなたと様々な出来事を乗り越えた。

 ベルントの“事件”のあと、それは恋だと気付いたんだ。


(マックス様)


 ポールがあなたに興味を示した時に、「渡したくない」と強く思った。

 それからあなたと会うたびに、その気持ちは大きくなっていき、愛になった。


 そう。私はエミリアを愛している。


(マックス様、わたくしもです……)


 その愛は、恋と同じように日に日に大きくなる。


(わたくしもです!)


 私はもうすぐリンデネートに帰る。

 帰った時に、あなたに私の愛を伝えさせてもらえないだろうか?


 願わくば、あなたに私の愛を受け入れてもらいたい。


 マクシミリアン


 ◆◆◆


 エミリアは、涙を流してマックスからの手紙を抱き締める。


(マックス様。あなたの愛を受け入れます……ですから……はやく会いにいらして下さい)

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