第18話 「信じよう」

 エミリアの「あなた様がマクシミリアン王太子殿下だからです」という言葉に、マックスが驚いて飛び退いた。

 マックスの姿が見えていたベルントとトムソンが反応し、抜剣の構えをしてマックス様子をうかがう。


 エミリアは臆することなく彼の瞳を見つめる。

 マックスも彼女の碧眼を見つめ返す。



 一番離れた場所で見張りをしていたセインもベルント達に合流し、三人でマックス達に近づこうとしたが、マックスは彼らに戻る様に言った。


「すまない! 虫がいただけだ。でももう大丈夫、もう少しエミリア嬢を休ませてあげよう」


 エミリアの隣に戻りつつ、「話をさえぎってしまってすまないね。君が私の事を王太子だなんて言うから……。どうしてだい?」


 そう問いかける彼からは笑みが消えていて、ジッとエミリアを見据える。


「それが分かったのは……私が駆けつけた時に、あなた様から『王太子を認証するリング』を託されたからです。キューウェル公爵へ渡すように、と」


 “リング”と“公爵”、二つの重要機密と言っても過言ではない単語に、マックスの顔は強張こわばった。


「そして……私は、襲撃の依頼者を見てしまい、口封じで時計店の皆さんと一緒に殺されてしまったのです」

「依頼者?」

「はい。それが――」

「――待ってくれ」


 エミリアの話を制止し、マクシミリアンは口元に手を当てて熟考する。



 ◆◆◆マクシミリアン



 今日のエミリア嬢は朝から様子がおかしかった……

 いや、出会った時からかもしれない。

 何か思い詰めているような感じだった。


 彼女は敵対勢力の差し金かとも思えるが……盗賊から辱めを受ける所だったのだ、その可能性は低いと判断した。

 私達が揃っている所では、塞ぎがちなのが気になってベルント達にも聞いてみたが、彼らに接点も思い当たる節も無いという。


 そして今日。

 彼女の馬車酔いを機に、何か聞き出せないかと一対一になってみれば……


「私はリンデネート王国の子爵、レロヘス家のエミリア・レロヘスと申します」


 彼女は自分の素性を明かし、放逐に至る経緯まで話してくれた。

 それは理不尽で、エミリアの母親と妹は愚か者だ。我が子、実の姉に、そこまでするかと憤りも感じる。


 だが、問題はその後だ!


「私は未来から戻って来たのです」


 何を言い出すのだと思っていたら、彼女は私の手を取って空を撫でさせた。

 感触があったのだ! 動物の! 小さな背中と頭、それは猫だという……


 それにしても、彼女の――エミリア嬢の顔が近かった。

 彼女の、後ろに束ねた金のポニーテールが風に揺れて私にかかるほどに……

 彼女の透き通るような肌が、頬が、私の頬に触れるのでは? というほどに……

 私の手には、彼女の華奢な手が添えられているし……


 初めて女性に関わることで、紅潮してしまった。

 あの日――一昨日おととい、初対面の彼女を抱き抱えた時も、あの瞳に見つめられて平静を装うのがやっとだったが……


 お互いに気を取り直して話を聞けば、エミリア嬢に命の危機が訪れた時、私には手の毛並みの感触しかない猫と腕着け時計の条件が揃えば、彼女は過去に遡ると言う。


 そして、それは四回起こったとのこと。

 三回目の巻き戻りを終えて、彼女は初めて難を逃れたという。それが一昨日の放逐だそうだ。

 その時の彼女も、私からライオット時計店の紹介を受け採用されたらしい。


 私も立場上命を狙われるが、彼女はもう四度も命を落とす経験をしているのか?

 エミリア嬢は淡々と話していたが、異常な事態だぞ?


 そして私がライオットを訪ねる時に、襲撃を受けて殺されたという。


 私はここに生きているぞ? 襲撃にだって、我々ならある程度以上の対応はできるはずだ。

 世迷言として片付けることもできる。

 だが……エミリア嬢は真剣だ。人を騙すような女性だとも思えない。


 どうしてそうなったのかを聞くと、私がマクシミリアンだからだと言い放った! 平然と!


 なぜ知っているっ! なぜ分かったのだっ! なぜ?


 更に話を続けさせると、私が王太子の証のリングを所持していることや、後ろ盾のキューウェル卿の名まで出してきた!

 キューウェル卿に関しては、別の貴族を表に立たせているので、周囲に明かされていないのに……なぜ知っている!



「私は襲撃の依頼者を見てしまい、口封じで時計店の皆さんと一緒に殺されてしまったのです」


 エミリア嬢はそういうと、その『依頼者』を言おうとする。

 待て、待ってくれ!


 俺――私は、それを聞いて冷静でいられるのか? 平静を保てるのか?

 そもそも聞く覚悟はできているのか?


 ……いや、私は王太子だ。いずれリンデネート国王として、国を率いていかなければならない。

 聞きたくない報もあろう。聞いて心乱れる報もあろう。聞かなければよかったと思うような報もあるだろう。

 それら全てを呑み込んで尚、判断を、決断を下さねばならないのだ……



 ◆◆◆



 マクシミリアンは深く息を吸い、覚悟を決めるようにフーッと吐く。


「……聞こう」


 エミリアも彼の様子を見て「はい」と頷き、「まずは、殿下が襲撃された時の事を」と落ち着いた口調で話し始める。


「私がダニーという工房の職人と現場に駆け付けた時には、セイン様とトムソンさんは数人の暴漢を道連れにお亡くなりになっていました。殿下が動いたのを確認した私が駆け寄ると――」


 エミリアは当時の様子が蘇ってきて、心臓の鼓動が速まるのを感じる。


「フー。わ、私にリングと『キューウェル公爵に』という言葉を残してご逝去せいきょなさいました」

「生きている身としては、にわかには信じ難い話だけれど……」


 そこへ帝都警備隊が来たので、エミリアはマクシミリアンの遺体もそのままに自室に戻ろうとした。


「その時に見てしまったのです」

「襲撃を依頼した人間だね? 誰だったんだい?」

「……ベルント様……でした」


 その瞬間、マクシミリアンは「まさか!?」の表情。


「そ、そんなはず……」

「ベルント様は、裏社会の元締めという人と一緒に現場付近にいたのです。金銭らしきものを渡していました」


 彼は表情を曇らせ、絞り出すようにエミリアに言う。


「エミリア嬢、あなたは真剣だ。それに、嘘を言う人間ではないのは分かっている。分かってはいるが、あのベルントだぞ? 幼い頃から私の側にいる信頼できる最側近の一人だ。信じたくない気持ちが強い……」


「お気持ち、お察しいたします。ですが……今思うとその時、私は見られていたのでしょう。翌日時計店はその元締めに襲撃され、私も剣で刺されました」

「剣で……」

「巻き戻る前に、『指輪を探せ。それを見つければ報酬は五倍。あの貴族のガキが必ず出す』と聞こえました」



 ◆◆◆マクシミリアン



 血の気が引いていく。

 ベルントが? いや、カンタラリアには王国貴族の子息もいくらかいるし、帝国貴族の子息ならもっとだ。


「それだけでは、ベルントとは断定できないのでは?」


 状況証拠が揃っている以上、私の論の方が乱暴なのは分かっているが……

 エミリア嬢は、それでも冷静さを崩さずに、私の暴論にも頷いて見せてくれた。


「私も断定はできません。そもそも、ですから」


 そうだ! まだ起こってもいないし、私も殺されてなどいないのだ!


「ここからは、昨日の夜のことです」


 エミリア嬢が色々と考え過ぎて寝付けずにいて、深夜に部屋の窓を開けて夜風に当たっていたら、ベルントともう一人の男との会話を聞いたという。


「その男は、ベルント様に文を渡し、それを見た彼が『父上はまだ諦めないのか』とおっしゃいました」


 ベルントの父親は、ワグニス侯爵。ワグニス財務卿……


「昨日の襲撃は、そのベルント様の父上の企てで、ヴァレンでは金に糸目はつけないから、万全を期すように……と」


 これはいよいよ確定か。まさかベルントが、本当に……


「ただ、私が聞いた限りでは、ベルント様が進んで殿下を陥れようとしているとは思えない様子でした」

「本当かい?」

「はい。ベルント様の父上が第三王子を推すつもりだと聞いた時には、『甘い。傀儡かいらいにしたとしても、国が衰退すればどうしようもないのに』と」


 ベルントも馬鹿ではない。傀儡を立てて操ったとしても、必ず抵抗勢力はできるし、内政が乱れる。


「それに、反抗するとサンデリーヌという方の命が無いとも言われていました。まるで脅されているような……」


 サンデリーヌ? ベルントの婚約者。当初は政略がらみの婚約であったが、お互いに愛を育んでいたと聞くが?

 まさか、侯爵に人質に取られている?


 確かに、ワグニス財務卿には地位や職務上知りえた情報を利用して悪事を働いている、との黒い噂があるのは聞き及んでいるが……



 ◆◆◆



「いかがでしょう。信じるに足るでしょうか?」

「…………信じよう」

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