第14話 襲撃~巻き戻り
ガラスの割れる音、怒声、何かが叩かれる音、それは裏口扉で、とうとう破られた音……
ドンッ! バリバリィバタン!
小窓の外は日が暮れて間も無い明るさ。
エミリアが昨日から身に着けっ放しの時計に目をやると、時計店の閉店間際、飲食街ではないカルマンストリートの鎮まっている時間だ。
怒声は増え、大きくなる。
時計店入り口と裏口、両方から侵入者があったのだろう。日常とはかけ離れた音が響き続ける。
ドカドカと階段を上る音、ダニーやゼニスの叫び声。
そしてパテックとフィリップによって三階に避難してくる双子達。
三階の、階段から一番離れた部屋はエミリアの部屋。
パテックとフィリップは、パネルとライルをエミリアの部屋に押し込み、「じっとしているんだ!」と声をかけ、台所の包丁や長柄の掃除道具を手に階段へ向かう。
「エミリアさんはそのまま部屋にいて! ドアは閉めておくんだ。開けてはダメだよっ!」
寝ているところを叩き起こされた形のエミリアは、何が何だか分からないが、返事をする。
「は、はいっ!」
エミリアは、恐がるパネルとライルを抱き寄せ「大丈夫、大丈夫」と双子にも自分にも言い聞かせる。
下の階からは衝撃音と共に工具や部品が散らばる音、ゼニスやダニーの怒鳴り声が断続的に聞こえてくる。
ドンドンという音がする度に、エミリアの頭には、昼間のベルントと裏社会の人間だという男、二人の姿が浮かぶ。
また階段を上る音が聞こえてきた。
(三階にも来るっ!)
「お前達は何者だっ!」
「こんなに暴れて! 何がしたいんだ!」
パテック達が叫んで問いかけるが、相手からの返答は無い。
階段を上る音が続く中、エミリアと双子はドアの前に小さな机や椅子をバリケードとして設置するが、気休め程度だ。
元々家具は少なく、ベッドも衣装棚も据え付けで動かせないのだから仕方がない。
三人で気休めのバリケードを手で押さえつけて補強する。
「く、来るなっ!」
「オラオラ! どきやがれ、邪魔だ! ジジイどもがっ!」
「やめろー!」
「邪魔だっつってんだろぉ!」「オラオラオラー」
パキッ! ドンッ! ドガッ!
パテック達の長柄のモップやほうきの柄が折れる乾いた音や、二人が押し飛ばされて壁にぶつかる音が、ドア越しにエミリア達に聞こえてくる。
ダンッ! ダーン! ドン! ダーンッ!
木槌がエミリアの部屋のドアを叩く音、その陰にパテック達の断末魔の叫びが交じっている。
エミリア達は恐怖で震えながら、必死にバリケードを抑える。
バキッ! バキッ! バリバリバリ――
ドア板に木槌の口が突き刺さり、それを契機にドア板がバリバリと破られていき、遂にはバリケードも意味をなさなくなった。
「あきらめなー!」
バリケードを散らし、ドアを破壊しながら暴漢達が部屋に入った。
「ボス! 小娘を見つけやしたー」
暴漢が、エミリア達を大声で「動くな!」「大人しくしろ!」と怒鳴りつける。
双子とエミリアはひと塊になって恐怖に耐える。
少しの間があって、ドアの外に見覚えのある大男が現れ、ギロリと部屋を見渡し、エミリアの顔を
暴漢達がシャツのボタンをはだけさせたり、タンクトップ姿で入れ墨を見せつけているのに、その男は昼間のようにピシッとした服装を崩していない。
「やれ」
「へいっ!」
たったその一言で、暴漢達が有無を言わさず木槌やナイフ、剣をエミリア達に振るう。
暴漢達の容赦のない攻撃が、エミリアに抱きつき震えているパネルとライルの背と、それを抱えるエミリアの手に叩きつけられる。
エミリアはずっと左手にリングを握りしめていたが、いつの間にか手放してしまっていた。
パネルとライルがエミリアから引き剥がされ、無造作に床に投げつけられ暴漢達の容赦のない攻撃に
「パネル! ライル!」
「うるせぇ!」
一人になったエミリアにも同様に暴漢が襲いかかり、腹部を剣が貫く。
皮膚が裂かれた痛み、筋肉が裂かれた痛み、内臓が傷付けられた痛みが一気に押し寄せてくる。
急激に意識が遠のき、エミリアは床に倒れ込んだ。
エミリアは、頭を床に打ちつけた衝撃で意識を取り戻したが、激痛と出血による貧血で
朦朧とするエミリアの耳に、暴漢の親玉の声が聞こえた。
「その小娘を
(ベ、ベルント様の指示なの? ベルント様がマックス様も、ここも襲わせたの?)
(エミリア!
ルノワがエミリアの目の前まで来て、声をかける。
「ルノワ……」
この状態になると、エミリア以外の人間や時間、つまり世界の進行がゆっくりになる。
身体の痛み自体は無くならないものの、減衰したような感覚になる。
そして世界の色が失われていき、モノクロームの世界となる。
次に、カラ……カラ・カチ……カチとゆっくりと歯車が回るような音がそこかしこから聞こえてくる。
(エミリア! 早くしないと死んじゃう! りゅうずを回してぇ!)
エミリアに剣を刺した人間の後ろにいる暴漢が、木槌を振り上げていてその目はエミリアを捉えている。まさに彼女を目がけて木槌を叩き込もうとしているのだ。
時間の流れが遅くなったとしても、死に
このモノクロームの空間はルノワが作ってくれた『エミリアがりゅうずを回す為だけの時間』なのだと彼女は結論付けている。
(ああ、また“戻る”チャンスがあるのね……)
一度目、二度目は成す術もなく“死”の状況に追い込まれ、とにかくこのままでは死ねないと巻き戻った。
三度目の“生”は、何とか運命に抗おうと、レロヘス家内で家族愛を深めようと決意。
頑張ったのだが……時計の無い状態へと巻き戻り過ぎた為に、第一目標を『同じ時計を作る』にせざるを得ず、時計完成後の努力ではマリアンとアデリーナの感情を変えるには至らないまま“死”を迎えた。
三度目の死を迎える間際、エミリアは(レロヘス家――母・マリアンと妹・アデリーナが無理ならば、婚約者・ヤミルとクルーガー家に狙いを絞るしかない)と考えるに至った。
(クルーガー家、ヤミル様との婚約が決まる頃に戻ろう! クルーガー家との縁を深めるのよ! その時期に狙いを定めて“巻き戻り”を調整するのよ!)
その目論見は成功し、おかげでアデリーナの誕生パーティーでの“死”は免れ、さらに自由も手に入れられた。『放逐』という結果が得られただけで、エミリアには充分だったのだ。
今回の“死”も若いうちに訪れたのだが、(これが私の運命、寿命ならば仕方ないのかも……)と、(敢えてこのまま“死”を迎える選択もいいのかもしれない)と、エミリアは一瞬考えた。
考えた……が、どうしてもマックスの顔が浮かぶ。
「大丈夫ですか?」と、森の逆光の中でそっと手を差し伸べてくれた姿が浮かぶ。
馬車の中の、室内灯に照らされて外を見やるマックスの憂いを帯びた姿が浮かぶ。
最期の……エミリアの腕の中で息を引き取った姿が浮かぶ。
(マックス様……。私を助けて下さったマックス様達が、あのような最期を迎えるのは嫌! 私の命を使ってでもマックス様をお助けしたい!)
マックスがマクシミリアンというリンデネートの王太子だということではなく、一人の人間マックスを助けたい、とエミリアは決めた。
(その為には……、私が放逐された日、それも放逐された後に戻りたい!)
もし放逐される前に戻って、母の口から『放逐』ではない言葉が、命を奪う言葉が出たら……
そう考えると例え数日後にずれてしまったとしても、どうしても放逐後に戻りたいのであった。
(今回も戻る時期を調整したい。私の放逐後――出来れば直後、最悪でもその後数日以内。と言う事は……今から約二週間前)
暴漢の木槌は着々とエミリアに向かって落ちてきている。
(エミリアー! もう猶予は無いよ! 急いでぇ)
(ええ! 分かっているわ! ……覚悟を決めるのよっ! 集中して、自分の感覚を信じて、集中して、集中……)
エミリアは指先に集中して、慎重にりゅうずを回す。
カタカタ、カチカチと聞こえていた歯車の音が止まり、無音の状態になる。
暴漢の木槌は、まさにエミリアに当たる直前、紙一重の所だった。
(良かった~。さあ、エミリア。行こうか)
(ええ)
ガチャ!
何かが切り替わるような音がして、再び歯車がゆっくりと動き出し、少しずつ速度を上げていく。
世界に色が戻る、ではなく、光が発生する。
カタ…………カタ……カタ、カタ、カタカタカタカタタタタタ――――――
歯車が速度を上げる度に光が強くなり、真っ白な世界がエミリアとルノワと包んだ。
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