第13話 マクシミリアン王太子殿下
(マックス様がマクシミリアン殿下? まさか? ――でも、このリングが事実を物語っている……)
動揺を抑えつつ、エミリアは心の中で考えを巡らせる。
(マクシミリアン第二王子殿下が王太子になられた事は知っているわ。『何故第一王子を差し置いて?』と学院でも話題になっていたっけ。王立学園にでも通っていれば詳しい理由が解かったかしら? そんなことよりっ! その王太子殿下が襲撃されて殺されるなんて……)
「エミリア? 大丈夫か?」
ダニーの呼びかけで、エミリアは現実に引き戻される。
「ダニーさん? だ、大丈夫です」
ダニーは、マックスの血液が付いたエミリアのブラウスの袖を隠すために、「警備隊が行くまでは、我慢して着ておいてくれ」と、自分の上着を彼女に羽織らせた。
エミリアは、リングを握る手に力を込め、マックスが残した言葉を思い出す。
「これを……王国のキューウェル……こう、しゃく……に」
(王国の、こうしゃく? キューウェル……こうしゃく――公爵! キューウェル公爵閣下!)
“王太子”や“公爵”と、次々に自分とはかけ離れた世界、今となってはもっと関係の無い世界の言葉が出てきて、エミリアは身体に震えが出ている事を自覚した。
(リングの事? 殺された事? 公爵閣下にお伝えすればいいの? お持ちすればいいの? なっ! 何をどうすれば……)
身体の震えが思考を鈍らせ、思考の鈍化がエミリアの混乱に拍車をかける。
(ダメだわ! どうすればいいのか分からない! ――あ! そうよ。ベルント様! ベルント様は幸い馬車に乗り合わせていなかったようだわ。あの方に相談しましょう。うんっ!)
ベルントに相談するという答えを出し、エミリアは一人で「うん」と頷く。
ダニーに「一旦、帰りましょう」と言う為に振り返ったその時だった。
エミリアは、そのベルントの姿を視界の端に捉えた気がする。
すぐさまその場所に目を戻すと、やや離れた場所にある路地から出てくるベルントを見つけた。
ベルントは男と一緒だった。ピシッとしたスーツスタイルだが、大柄筋肉質で剃り上げた頭にハットの姿、顔つき、スーツの色柄などから、いかにも悪そうな風貌の男。
エミリアの捉えている光景を、ダニーも彼女の後ろから捉えていた。
ベルントが、その男に、手でお手玉のように跳ね上げていた重そうな革袋を渡す。
男はそれを受け取り中を確かめると、ベルントの肩をポンポンと叩き、二人で連れ立って貢献通りの方へ歩いていく。
「ベルント様?」
エミリアは、ベルントに相談を持ちかけようと一歩踏み出すが、ダニーに肩を掴まれて制止された。
「あれはヤバい奴の元締めだ」
「えっ?」
「エミリアは、あの小さい方に用があるみたいだけど、あのデカイ方は裏の世界の人間だ。絶対に近づかない方がいい」
エミリアは、ベルントが自分の抱える問題の解決の一助になると思っていたが、ダニーの言葉を聞き入れて戻る事にした。
(ベルント様が、悪い人と一緒……どういう事?)
その二人の後姿を、今度はベルント達が見ていた。
「さっきから見られていたぞ。知ってる奴らか?」
「さあ、男は知りませんが、女の方は……もしかして……」
「俺とアンタがいるところを見たと本国にチクられでもしたらヤバイんじゃないか? アンタ」
「そうですね。念の為――――――――」
時計店に戻ったエミリア達は、ダニーが持って来てくれた食材で昼食を作り、一緒に食べた。
「ちゃんと戸締りしろよ? 病み上がりなんだから無理すんなよ? 晩飯も抜くなよ?」
ダニーが念を押して帰り、一人になったエミリアの頭の中が、またこんがらがっていく。
第二王子、王太子、マックス、セイン、公爵、リング、王位継承権の証、留学? 襲撃、裏社会の人間、ベルント……
エミリアの頭に言葉が浮かんでは消えていき、マックスとセイン・トムソンの無残な姿が脳裏に焼き付いて離れなかった。
ベッドに腰掛け、片手にはリングを握りしめ、もう片手はルノワを撫で続けているのに目の焦点はどこにも合っていない。そんな状態が夜になってルノワに怒られるまで続いた。
「もうしばらくは安静が必要ですな」
エミリアは熱がぶり返していた。
昨日は早くベッドには入ったが、眼を閉じても昼間の光景が、マックスの艶めく銀髪が血に濡れて所どころピンク色に染まっている姿が、浮かんでなかなか寝付けなかった。
思考もグルグルとかけ廻り、そのうち熱が上がってきて視界がグルグル回り、苦しくて眠れなくなった。
医者が帰ると、部屋にはベッドに入ったエミリアとウォルツ、そして昨日エミリアと一緒にいたという事でダニーが残った。
ウォルツは椅子に座っていたが、ダニーは申し訳なさそうに部屋の隅に立っていた。
「ダニーも椅子を持って来て座りなさい。話しておく事がある」
エミリアには「そのまま横になっていていいから」と、ウォルツが話し始めた。
「昨日君達が見た襲撃で、何人も亡くなったね? その中でエミリアさんの知っている人は何人いました?」
「……三人です」
「そんなにいたのか?」
ダニーが驚いていたが、ウォルツはそのまま話を続ける。
「ダニー、エミリアさんの知っている三人と言うのは、隣国・リンデネート王国の王太子殿下とその関係者二人なのです」
ダニーは更に驚いていたが、エミリアも驚いた。何故隣国の一時計店の店主がそのような事を知っているのかと。
(いいえ、そもそもマックス――マクシミリアン殿下がこのお店をご紹介下さったのだ。何らかの接点があったのだろう)
「なぜその事を私が知っているのか? 私はもともとリンデネートの出身だ。ある貴族家の末子でね。当然爵位は無いよ。ある機関で働いていてこの国に来て、妻と出会い結婚し、カンタラリア人になってこの店を継いだ」
エミリアの疑問を見透かしたかのように、ウィルツが説明する。
「昨日殺された内の一人、トムソンは私の親戚なのですよ。年代も近く、幼い頃はよく遊んだものです。彼は王太子殿下の護衛でした」
そして、詳細な理由は聞かされていないがと断りを入れた上で、リンデネート王国には三人の王子がいる事。
第一王子が過失によって国王の不興を買い、最も才覚のあった第二王子のマクシミリアン殿下が王太子の座に就いた事。
国王に健康不安が発覚して以降、第一・第三王子の派閥から命を狙われるようになったので、隣国であるカンタラリアに留学し、身の安全を図っていた事。
ウォルツはトムソンの頼みで密かにマクシミリアン殿下達に便宜を図っていた事など、掻い摘んで話してくれた。
「あのー? なんでその王太子ってのを殺すんです?」
ダニーが、純粋に分からないと言った感じで聞く。
「うん。国王が健在、――生きている内は国王が王様だけれど、もし死んでしまった時の為に、子供の内誰を次の王にするか決めておくんだ」
次の王に決まった者は、それを証明する物を持てる。だけれど、選ばれなかった子供がどうしても王になりたい場合、殺してしまおうと考えるものだ。
ウォルツが、ダニーにも分かりそうな言葉で教えた。
「あの……キューウェル公爵って?」
「公爵閣下はマクシミリアン殿下の後ろ盾、第二王子派の筆頭だよ」
エミリアは、昨日から片時も肌身離さず持っているリングが、やはり自分の手に納まっている事を確認する。
(万が一の事を考えれば、私が王太子の証のリングを持っている事は話さない方がいいのかも……)
昼時になって、医者から処方された薬が効いてきたのか、睡魔が襲ってきて欠伸も出てきた。
「長々と悪かったね。エミリアさんは気にせず、万全になるまで休んでおくれ」
ウォルツとダニーが仕事に戻り、エミリアも眠りについた。
ガシャーンッ! パリン! ドン! ドゴンッ!
眠っていたエミリアは、ガラスの割れる音と何かが強く叩かれているような音に起こされた。
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