第八章「イメージの裏切り」-004
「しかし満足に動く時計はないし、主観的に判断するしか無い。食事や睡眠時間を考えると、1103を向かわせてから、4、5日だ。それは皆も同じだと思う」
管理委員長である4761の言葉に、副委員長の5865を含め他の管理委員も肯いた。
「それは……、おかしい」
俺はヒトミはもちろん、
「俺たちは船の中の『学園』でも数日を過ごしたし、さらに俺と1103は見捨てられた町の『学園』でも最低1、2日は過ごしている。どんなに短くとも一週間以上は、この『学園』から離れていたはずだ」
「そう言われてもだなぁ……」
4761はほとほと困り果てた顔をしてみせた。
「知っての通り、この『学園』には満足に動く時計は無いんだ。正確な時間は分からない。それは他の『学園』でもそうだったのだろう?」
それは確かにそうだ。ちゃんと機能する時計があったのは、あの『しゅうてん』という町だけだ。
「ならば時間の経過なんて分からない。それにきちんと君たちが『学園』を離れていた時間を計測できたからと言って、何かメリットがあるわけでも無い」
4761の言葉に、副委員長の5865も同意しているようだ。
「楽しい時間は一瞬で過ぎるし、苦しい時間は長く感じるわ。同じ三十分、一時間でも十分程度に思えたり、二時間三時間にも感じる事がある。それでいいんじゃないの? 実害があるわけでもないし……」
「浦島太郎の気分ね」
思わずそうぼやくヒトミに、俺は『ウラシマ効果』という単語が思い浮かんだ。相対性理論だと、物体の運動速度に応じて流れる時間が違うらしい。その認識で正しいかどうかは分からないが、要するに時間の流れる速度は状況により変わるようだ。
つまり絶対客観的な時間経過というのはあり得ず、常に状況に左右されるという事らしいが、それはあくまで特殊な状態での話。
このように日常茶飯事で起きていい事ではないはずだ。
そう考えながらも俺は戸惑っていた。
今、俺たちが置かれている状況は、特異でも特殊でも無いのか? 本当に? 太陽はいつも西の空に傾いており、『学園』内にある時計はいつも4時46分だ。
地形や距離、高さを無視して複数の『学園』が繋がっているらしいという事も分かった。
うん、普通じゃないな。こうなると認めるしかない。『学園』を名乗る各施設では、空間か何か、それに類するものが歪んでいるか、いずれにせよ常軌を逸した状態にあるようだ。
そうならば時間の流れ方を違うように感じるのもあり得るかも知れない。
それになんと言っても、この話をこれ以上、議論していても埒があかない。
「分かりました。それじゃあこの話はここでおしまいにしましょう。この『学園』では、俺たちが居なくなってから4、5日しか経っていない。それでOKです」
俺は白旗を揚げた。
そんな俺をヒトミは嘆息しながら眺め、そして委員長の4761と副委員長の5865へ目を向けて訊ねた。
「それで……。0696への懲罰はどうします?」
いきなりヒトミはそう切り出した。
おいおい、ここでそれを言うのか? しかしヒトミは4761と5865の方を見て、俺には一瞥もくれない。
まぁ確かにここで、俺の責任に言及しない方が管理委員としては不自然だ。しかし問題は
もっとも
「まぁ、自分から戻ってきたのだから……」
おとがめ無しか……。そう切り出した委員長の4761に、俺はちょっと胸をなで下ろした。しかし途中で副委員長の5865が遮った。
「戻ってきたとはいえ、また何をしでかすか分かりませんわ。もうしばらく1103の監視下に置いていた方がよろしいのではありませんか?」
「あたしがですか?」
意外そうにヒトミは反論して見せた。多分、演技だ。演技じゃないとしたら、俺としてもちょっとショックかも知れない。
「不満?」
「彼だけが生徒でもありませんし、それに……。変に詮索されるのも嫌ですし……」
そう言うと不服そうな顔を
しかし普段『学園』にいる時より仲が良さそうに見えたと報告していてもおかしくないだろう。
ヒトミはそれを不本意だったという事にしたいようだ。無論、多分、いやきっと演技で。
「じゃあ他の男子生徒を……」
そう4761が切り出そうとした瞬間、また5865が止めた。
「1103でいいでしょう。変える必要も感じません」
そして俺とヒトミを交互に見ながら付け加えた。
「結構、仲もよろしそうですし」
◆ ◆ ◆
管理委員会としては、もう少し俺たちや
無罪放免というわけでもないが、取りあえず俺は解放された。しかしヒトミはまだしばらく俺のお目付役。
「……なによ」
俺が何も言わないので、ふてくされたようにヒトミの方から食ってかかってきた。
「なにも言っていないだろう」
ヒトミが何を言いたい、聞きたいのか分かっていて、俺は敢えてちょっとからかってみた。
「拗ねてるの?」
いやいや、拗ねてるのはそっちだろう。俺が黙ってそれを調べていると、矢も盾もたまらなくなったのか、ヒトミの方から勝手に言い出した。
「だってあの状況じゃ仕方ないでしょ。貴方に何の懲罰無しなんて方が不自然なんだから!」
「演技だったと……」
「そ、そうよ! 当然でしょ。おかげでもうしばらく一緒にいられるんだから感謝しなさい」
はいはい、テンプレツンデレさん。ご苦労さん。
しかしいつまでもラブコメしているわけにもいかない。俺は元の目的に戻った。
「やっぱり開かない。しっかり閉じられているという訳でも無いぞ。これは」
管理委員会から解放されて、俺たちは『学園』へ戻ってきた場所に来た。例の『レトロな置き時計の文字盤を、機関車を思わせるシリンダー状の物体が貫いている』オブジェの所だ。
そして俺たちが出てきた、シリンダー状の物体。蒸気機関車なら煙室に当たる部分から出てきた事になるのだけれど、そこをどんなに調べても開くような構造にはなっていない。
開くどころか溶接されているようで、指先どころか爪が入る隙間すらない。
「そんなはずないでしょ! さっきあたしたちが出てきたのは、ここなのよ!」
下で見ていたヒトミも、踏み台を駆け上がって側に来た。しかしヒトミが見たところで結果は変わらない。どうみても開閉できる構造ではない。
「なにこれ……?」
「俺たちが管理委員会へ行っている、せいぜい小一時間のうちにすり替えたとか?」
「こんな大きなものを?」
「例えば地下に同じようなものを隠しておいて、誰も見てないうちにエレベーター式でさっと移動させるって言う手段もある」
「なんでそんな事を……」
「知らねえよ」
今はそう答えるしかない。何が起きたか分からず、狐に摘ままれたような顔の俺たちに、馴れ馴れしく話しかけてきた生徒が居た。
「よぉよぉ、お二人さん。相変わらず仲が良いねえ」
「貴方、管理委員会になんて言ったのよ!?」
「そりゃ、起きた事をありのまま。もっとも俺の視点でだけどな」
「余計な事は言ってないでしょうね」
「余計な事って……?」
にやにや笑いながら
「それは……」
言いかけるヒトミを、俺は途中で遮った。
「おいおい、止めておけ。やぶ蛇になるぞ」
俺にそう言われてヒトミはぷいと横を向いてしまった。そんなヒトミを呆れたように見てから、
「でもよぉ、あんたらに不利になる事は言ってないつもりだぜ。俺も色々あって管理委員のスパイをやっていたんだ。『学園』から脱出したいのは嘘じゃねえ。そんな訳でこれからも何かあったら協力しようぜ。なっ!」
「なっ! と言われてもなあ……」
妙に上機嫌な
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