第一章「選ばれた場所」-021

 その時だ。道路の行き止まり部分にある壁が、突然、地面に収納され始めた。店舗やガレージのシャッターとは上下が逆というわけだ。


 降りた壁の向こうには金属製の門扉が別にあった。なるほど、もともと道路の行き止まり部分には門があり、そのすぐ前に地下へ収納できる壁を作ったという事か。


 なにこの浪漫仕様……!?


 門扉の向こうには、もう一つ、壁があるのは、先ほどC棟の三階から見た通りだ。多分、後ろの壁も地下へ収納されるんだろう。


 所在なさそうに立っている5041の背後で、今度は門が開き始めた。誰かが錠を開けたり、門扉を引っ張っている様子はない。


「誰が開けてるんだ?」


 俺がそっと尋ねると、1103は正面を向いたままで答えてくれた。


「分からないわ。多分『管理者』の遠隔操作。この『学園』、どこにでも監視カメラと集音マイクがあるからね。きっとどこかで盗み見していて、タイミングを見計らって開け閉めしてるんだと思う」


 なるほどね。しかしそうなると、俺と1103の会話も聞かれているという事か。いや、まぁ盗み聞きされて困る会話は、まだしていないが、それはそれでちょっと嫌な気分なのも事実だ。


 門扉が開ききったタイミングで、突然、委員長の4761が拍手を始めた。それに合わせて副委員長の5865や他の生徒たちも拍手を始めた。


 俺はちょっと手を上げたものの、結局、拍手はしなかった。


「拍手で送り出してあげないの?」


 そう言う1103も拍手はしていない。


「いや、だって俺。あの人の事、知らんし」


「この『学園』から解放されるんだから、いい事じゃないの。知らない人だからって、祝えない事は無いでしょう?」


「お前はどうなんだよ?」


「あたし……?」

 相変わらず真正面、5041の方を見ながら1103は答えた。


「だって、あたしあの人の事、よく知らないし」

 俺と同じ理由かよ!!


 5041が出ると、門扉はまた自動でしまり始めた。そして今度は奥にある、もう一つの壁が地下へと収納されていく。


 その向こう側はもう何もない。門扉もなく、ただ緩やかな坂道があるだけ。そしてその先に、坂道と直角に交わる形で車道が走っておりバス停が見えた。それ以外は深い森。木々に隠されて、向こう側は見通せない。


 その時だ。背後を一瞥してから、向き直った5041の顔から、あの曖昧な笑みが消えていた。不安そうな、泣き出しそうな表情になっている。迷子になって、今まさに泣き出しそうな幼児のそれだ。


 その気配を察したのか委員長の4761はさらに激しく拍手をしながら言った。


「おめでとう、5041。おめでとう。晴れて、卒業だ。おめでとう」


 副委員長の5865や、他の生徒たちも拍手と『おめでとう』を繰り返していた。


 なんだ、こりゃ。完全に追い出しにかかってるじゃないか。


 1103は相変わらず拍手も『おめでとう』も言わない。一つ嘆息すると、視線を地面に落としただけだ。


 見ていられないというわけか。少なくとも俺はそう解釈した。


 拍手と『おめでとう』の連呼の中、5041はどうしていいのか分からないように、何度も後ろを振り返っていたが、やがて堰を切ったように声を上げた。


「あ、あの……! 俺、別に卒業とかしたくないんで!! まだ『学園』にいちゃ駄目ですかね!!」


 なるほど。それが5041の本音だったわけか。卒業したくない、『学園』から出て行きたくない。


「いや、駄目だ。5041。きみは卒業したんだ。もう『学園』にきみの居場所はない」


 委員長の4761は拍手をしながらそう言った。なんとなく日和見なタイプに思えた4761が、これほどまでに冷徹な態度に出るとは、俺としてはちょっと意外だった。


「でも……! 勝手にここへ連れてこられて、勝手に卒業だから出て行けって言われても困るんだよ!! 元の生活だって覚えてないし、今更、戻れって勝手じゃ無いか!!」


 4761や他の生徒たちも白けた様子で拍手を止めてしまった。


 うん、まぁ5041の言い分ももっともだ。しかしここへ来たばかりの俺にしてみれば、名前を取り戻して、日常生活に戻れる方が良いに決まってるとしか言いようがない。


 ん……、ひょっとして俺がこの場にいる理由って……?


「0696。なにか声をかけてあげたら?」


 副委員長の5865が俺の方へそう言ってきた。1103の方へ視線を巡らせると、無言で5041の方を見ているだけ。俺には無関心なのか、あるいは5865が声を掛けてきた事が気に入らないのか黙ったままだ。


 俺がこの場に呼ばれた理由はそう言う事か。誰かが卒業するよりも早く、転入生を入れるというのも、これをさせる為だろう。


 要するに、追い出し係。


 分かった、分かった。引き受けましょう。どうせ俺はここへ来たばかりなんだ。


「ええと、あの……。504……、ええと」


「5041よ」

 俺が口ごもると、横から1103がそっと教えてくれた。それを見ていた5865が意味ありげに微笑むと、1103は彼女の方を少し険しい視線で睨み付けた。


 一触即発。しかしそれ以上はお互い何も言う気は無いようで、ひとまずは収まったようだ。

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