第一章「選ばれた場所」-019

 俺はロッカールームに戻ると靴を履き替え、またA棟の前で1103と落ち合った。そしてそのまま、先ほど登ってきた道路を下っていく。


 道すがら1103は、他の『学園』施設も説明してくれた。


 体育館の一階は温水プールになっている。体育館にはシャワー室の他、浴場もある。使い方は食堂や宿泊所と同じ。


 グラウンドを挟んだその隣が資料棟。図書館、音楽、美術鑑賞室があるらしい。本や音楽、美術品は専用の端末で鑑賞する事になるが、紙の本や絵画の精巧なコピーも展示してあるとの事。少々古い作品ばかりだが、そこそこ漫画や映画もあるので、結構、入り浸っている生徒もいるらしい。


「著作権とかどうなってるんだよ」


「知らないわ」

 冗談半分で尋ねたのに、1103は速攻マジレスで返してきた。


 そんな話をしている間に、道路を下っていき、最初に俺が記憶が無い事に気づいた辺りまで来た。


 道路をずっと下っていくと、その先は壁。俺が最初に記憶を無くしている事に気づいた辺りだ。


 道路の行き止まりになっている壁の辺りに十数人の生徒たちが立っていた。


「俺、気がついたらあそこの花壇の所に立っていたんだ」


 そちらへ頭を巡らせて俺は言ったが、1103はさして興味がなさそうだ。その時になって、俺はようやくその事を思い出した。


「そういえば俺が気がついた時、誰か他の人間の気配があったんだ。いや、気配だけじゃない。足音もしていたはずだ。壁の小さな門の向こうへ逃げていったようだった」


 今にして思えば、あれが『管理者』という奴らだったのか?


「あたしは、校舎裏だったわ」

 1103はやにわにそう言った。


「その時も誰かの気配があったわ。あたしの場合は校舎のドアに入って行ったみたいだけど……」


「そのドアを調べてみたのか?」

 俺が尋ねると1103は背中を向けたままで頭を振った。


「ドアは開かなかった。後で訊いてみたら、余り使わない教室へ繋がっていたのよ」


「教室から地下へ逃げたとしか思えないな」


「教室から人間が地下に逃げる設備があるとは思えないわ」

 そう言ってから1103は、俺の方へ顔だけ向けて、少し笑った。


「今となってはどうでもいい事だけどね」

 表情から察して、1103が本心からそう思ってない事は明らかだ。


 壁の前に立っていた生徒たちが、1103や俺に気づいたのか、手を上げて見せた。1103も余りやる気なさそうに手を振り返しながら、俺に向かって言った。


「あの背の高い男が管理委員会の委員長よ、4761。となりの女が副委員長。5865」


「え、なに? 47……??」


「背の高い男が管理委員会の委員長で4761。となりの女が副委員長で5865」


 1103は繰り返すが、やはり番号で呼ばれるのはピンとこない。これは馴れるまでしばらくかかりそうだ。

 ……まぁ、馴れたくはないけどな。


 管理委員長は確かに他の生徒よりも頭一つ大きい。しかしがっしりとした体格では無く、ひょろっとした大人しそうな外見だ。年齢は俺たちよりも少し年かさに見える。管理委員室にいた4882と同じくらい、二十歳くらいだろうか。


 副委員長というのは、他の生徒に笑って愛想を振りまいている女子生徒のようだ。1103が『女の子』ではなく『女』と言った意味が何となく分かる。


 いや、単に言いそびれただけかも知れないが、副委員長の、ええと5865は妙に色っぽい。大人の女性という感じだ。正直『学園』の制服が似合わない。変なコスプレみたいな感じだ。


 5865は俺たちを見つけると、笑顔で手を振って来た。俺はどうしたものかと逡巡したが、横にいる1103は仏頂面でおざなりに手を振り返してみせた。


 うん、何となく人間関係が分かりかけてきたぞ。


 管理委員長と言われているが、実質的に仕切ってるのは、委員長の4761ではなく、副委員長の5865らしい。


 そして1103は余り5865を快く思っていないが、向こうは表向き余り気にしていないようだ。


 人間三人いれば派閥が生まれると言うけど、こんな異常な状況でもそうなるか。下手に首を突っ込むと、これは面倒な事になりそうだ。


「仲悪いのか?」


「とんでもない」

 それはもう一目でそれと分かる作り笑いで、1103は即座に返答した。


 うん、仲が悪いのか。


 これは変に首を突っ込まないに限るな。


 声が掛けられる距離に近づくと、5865が先に口を開いた。


「そちらが転入生のかた?」


 転入生のときたか。なんというか、しゃべり方が学生ではない。もうプロの接客業だ。

『学園』から出られない為か、髪は染めておらず、ピアスなどアクセサリーの類いも身につけていないが、ここに来るまでは結構、派手派手な身なりであった事が、容易に予想がつくしゃべり方だ。


「ええ、0696です」

「……あの、よろしくお願いします」

 1103は素っ気なく答えた。黙っているのも気まずいので、俺は一応頭を下げた。


「そう、頑張ってね」


 なにをどう頑張れというんだ。俺は突っ込みたくなったが、艶然と微笑む5865を見てると、やぶ蛇になりそうなので口をつぐんだままにした。

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