第一章「選ばれた場所」-006
もう上に行く階段はなく、奥の棟へ向かう渡り廊下もない。しかしA棟、B棟だったら渡り廊下へつながる通路があった辺りに、ぐるりと手すりで囲まれた空間がある事に気づいた。そういえば一階、二階にもその辺りは、教室も壁も無く、何かスペースがあったな。
なんかこのまま指示された教室へ行くのも癪だな。ちょっと寄り道してやるか。そんな遊び心が首をもたげ、俺は丸く手すりに囲まれたスペースへ歩み寄った。
背後には大きな窓があり、そこから西日が差し込んでくる。強烈な西日に照らされて、それは黄金に輝いてた。
「……なんだ、これ?」
西日に照らされ、黄金に輝いているそれは、確かに荘厳な雰囲気が有った。しかし雰囲気が有るとは言え、それが何なのか俺にはさっぱり理解できなかった。
「機械……、だよな?」
そう機械だ。それもおそろしくアナログな、古めかしい機械だ。無数の歯車と弾み車、回転軸、クランクが組み合わさっている。それは天井からつり下げられ、下へと伸びていた。手すりにつかまり、下を見下ろすと吹き抜け構造になっており、機械の下部は一階やその下まで通じているようだ。登ってくる時は、気がつかなかった。
西日に照らされて輝いている事からも分かるように、手入れは行き届いていると見える。そしてこの機械は、ゆっくりと動いているのだ。
時計か? A棟の入り口には確かにアナログ式の時計がかかっていた。しかし外から見た限りでは、C棟には時計は掛かっていなかったはず。それにこんな大がかりな機械なら、時計もかなりの大きさになるはずだ。
数人の生徒が俺の背後を通っていったが、別にこの機械へ興味を示す事はない。ここの生徒たちにとっては、この機械は存在して当たり前なのだろう。
まぁ、いいか。俺が機械の側から離れようとした時だ。やにわに声が掛けられた。
「今更、それを珍しがるって事は転入生か」
男子の声だ。俺は声がした背後を振り返る。そこには俺と同じくらいの背格好の男子生徒がいた。
「言っておくけど、その機械は単なるオブジェだ。多分、意味は無い。気にする事は無い」
なんだろう。妙に耳に付く、ねちっこいしゃべり方だ。あまり好感度が高いとは言えない。しかし、初めて声を掛けてきてくれた相手だ。友達とは言わないまでも、何か教えてくれるかも知れない。
俺は取りあえず聞き返してみた。
「なにかこの学校に関係あるの、このオブジェ?」
「さぁ?」
男子生徒は首をかしげる。西日が強烈な逆光になっている為、その表情まではよく見通せない。薄笑いを浮かべているようだが、それが嘲笑なのか、あるいは親しみか哀れみなのかも分からない。
「俺、気がつくとこの学校にいたんだ。何か……」
言いかけた俺を遮って、その男子生徒は答えた。
「やっぱり転入生か。それなら指定された教室へ早く行った方がいい。それが一番手っ取り早い。あちこちほっつき歩いていると、校内放送で呼び出されるぞ。じゃあな」
そう言うと男子生徒はぞんざいに手を振ってその場を離れた。俺が指示された教室とは反対側の方だ。
あまり社交的な奴じゃなさそうだな。これ以上、引き留めても無駄だろう。それに『指定された教室に行った方がいい』とアドバイスしてくれたのも事実だ。
まずはそれを優先だ。目的の教室までもう少しのはず。
俺はポケットに入れておいたあの紙を取り出し、目的地を再確認してそこへ向かった。
目的の教室は階段から向かって左。しかしいくつめかは書いていなかったので、少々、見つけるのに手間取った。教室にはアルファベットと数字の組み合わせからなる記号が割り振られているが、これがまた順番通りではないのだから困りものだ。
俺はようやく目的の教室を見つけた。教室の記号は『3KWS』。教室は通路側から中が見えない構造。しかし中には人の気配がしている。まだ授業中なのだろうか。もう放課後の時間帯だが、補修か居残りか。あるいは部活か。
俺は教室後方のドアを開けて中に入ろうとした。が、ドアが開かない。よく見るとドアノブの上にセンサーが付いており『身分証明書のバーコードを提示してください』と注意書きがしてある。どうやら部外者は教室に入れないようだ。
身分証明書をかざすと、ピッと電子音が響く。それだけ。しかしドアノブに手を掛けると、今度は簡単に開いた。
「……お邪魔します」
どうしたら良いのか分からず、取りあえずそう言いながら教室に入っていった。教室には十人程度の生徒がいた。教師の姿は無い。生徒は皆、自分の席について教科書を開いている。ノートは使っておらず、全員タブレットを使用していた。
放課後の補習か自習か?
教室の前にあるのは黒板。それもただの黒板では無く電子黒板のようだ。英文が書かれている。英語の授業か。何かの読解問題のようだが、さっぱり分からない。どうやら俺は英語が苦手のようだ。
しかしこの教室へ行けとは書いてあったが、それからどうしろとは書いてない。確か『管理委員』がどうのこうのと書かれていたが……。
「あの、この教室に『管理委員』は……」
そう言いかけた時だ。一番、前の席に座っていた眼鏡の女子生徒が立ち上がった。
「あ、ひょっとして転入生の方ですか?」
「ええ、まぁ」
俺は曖昧に肯いた。どうする? 記憶が無い事も話した方がいいのか?
しかし俺が決断する前に、その眼鏡の女子生徒が言った。
「それじゃその辺の空いている席で待っていてください。すぐに『管理委員』が来ると思いますから」
この子が『管理委員』じゃないのか。
「はぁ……」
窓際、後ろから二番目が空席だ。取りあえず俺はそこへ腰掛けた。
西日が強いせいか、白いカーテンが閉じられていた。席について少しカーテンをずらしてみると、まだ日は落ちていない。落ちていないどころか、傾いたような気配すら無い。
九階分を登っている為、最初に俺がいた場所が窓から見下ろせる。俺がいた花壇やその後ろにあった壁や門扉もだ。思った通り壁は二重構造になっていた。
そして構内にある道路は、一旦、壁に遮られ、その向こうでまたつながっていた。
なんだ、こりゃ? 道路が先にあってあとから壁を作ったのか?
その道路は少し行くと、別の少し広い道路に合流していた。その道路はセンターラインが引いてあり、二車線くらいの車道のようだ。周囲は結構深い森。車道も学校の正面を通る部分しか見えない。
ちょうどバスが来た。少し古めかしい、だが他にこれといって特徴のない路線バスのようだ。ここからでは車体に会社名が書いてあるかどうかは分からない。
バスが来て初めて気づいたのだが、学校正面にはバス停らしきものが見える。しかし待っている客は一人もいないので、バスはそれを素通りして、木の陰に消えていった。
山の麓が見えないかと、さらに向こうへと目をこらしてみるが、うっそうと森が広がるだけで、その先は見えない。
山の斜面がなだらかになってるわけではなく、ここはある程度の高さがあり、しかもそこから先が崖のようにすとんと低くなっているのだろうか。
いずれにせよ、バスが走っている車道まで行けば分かるだろう。
それにしても西日が強い。まだ日が落ちないのかと思いながら、俺はカーテンを締め直した。
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