born to be free ~僕らは自由になるため生まれた
庄司卓
第一章「選ばれた場所」
第一章「選ばれた場所」-001
…………こんなはずじゃなかった。そう、こんなはずじゃあなかったんだ。
そんな言葉が何度も頭をよぎっていた。
時刻は、そろそろ夕方か。すでに日差しも弱くなり、空の色も碧から朱が混じり始めていた。
そうだ、こんなはずじゃなかったんだ。もっと違う、そう、もっとより良い選択肢があったはずなのに。
なんで、こんな事になってしまったんだろう……。
ただ悔恨だけが俺の胸中に巣くっていた。
なんで、こんな事になってしまったんだ……。
背後に何か人の気配があるのは分かっていた。そしてそれを今の今まで不思議とも思わなかったし、警戒もしていなかった。
ばらばらと言う足音が聞こえた。一人では無い、数人はいる。足音からすると男性だろうか?
続いて金属製の扉を開け閉めするような音が聞こえてきた。
反射的に俺は振り返った。
案の定、背後にはコンクリートの壁と金属製の門扉があった。
「待ってくれ!」
俺は訳も分からないまま、反射的にそう叫んでいた。
「待ってくれ、置いていかないでくれ!」
自分でもなぜそんな事を口走っているのかよく分からない。しかし今、ここに置いて行かれると大変な事になる。
それだけは分かっていた。
俺は慌てて金属製の門扉に駆け寄った。コンクリートの壁は灰色で、俺の背丈よりも高い。2メートル弱くらいはあるだろうか。門扉も同じ程度の高さで、窓や格子は無く、おそらくは鉄製で非常に頑丈そうだ。
まだ門扉の向こう側に人の気配がした。一人や二人では無い。話し声は聞こえないが、鍵でもかけようとしているのか、何かガチャガチャやっている気配が察せられた。
「おい、待て!! 俺を置いていくな、待てって言ってるだろう!!」
もしかすると向こう側が覗けるかも知れない。
そう考えた俺は、反射に門扉の前でジャンプしてみた。
見えた!
しかし結果は期待した物では無かった。門扉の向こうは、やはりコンクリートの壁に囲まれた短い通路になっており、その先にはまた、そしてもっと背の高い門があったのだ。
その門扉は今まさに閉じられようとする瞬間だった。俺は閉じられていく門扉の間に消える黒い人影を見たような気がした。
「待て!! 俺を置いていくな!! 待てって言ってるだろう!! おい!!」
俺は声を荒らげたが、二重になった門の向こうにいる連中は、耳を貸してはくれなかった。
ガチャン。金属音が響いた。外側の門扉の鍵がかけられた音であるのは間違いない。
「畜生!!」
俺は内側の門扉を蹴り飛ばした。しかしそんな事では門扉はびくともしなかった。
門扉を蹴り飛ばした時、俺は自分の履いているスニーカーが妙に真新しい事に気づいた。いや、正確には訝しんだ。
なんで俺は、こんな真新しいスニーカーを履いているんだ?
まるで今ここで履き替えたみたいじゃないか。大体、ここに来るまでには……。
ここに来るまでには……。
来るまでに……。
いや、ここはどこだ?
ここはどこだ? なぜ俺はここにいる? ここで何をしていた? そもそも俺は……。いや、俺は……。
俺は……。
誰だ……?
俺は誰だ?
額に脂汗がにじんでくるのが分かる。かろうじてパニックになるのを押さえつける。
俺は誰なんだ? 俺は……。男だ、日本人だ。それは分かる。記憶にある。しかし名前が出てこない。
年齢は……? 高校生か……? 学生のような気がする。しかし大学生では無い。今着ているブルーグレイのブレザーも、どこかの高校の制服のようだ。中学生でもなさそうだ。すると消去法で高校生という事になる。
それは間違いなさそうだ。根拠は無いが自信はある。
しかしやはり自分が何者か分からない。
日本人だという確信はなぜかある。どこに住んでいたのかは思い出せないのだが、何となく東京駅や渋谷、新宿、池袋、秋葉原と言った山手線沿線の光景は思い浮かべる事が出来た。
一方、札幌や仙台、名古屋、大阪、広島、博多、那覇という地名で、具体的にイメージできる事は少ない。通天閣やテレビ塔、時計台といった光景は何となく思い浮かぶが、それは観光で行って実際に目にした光景なのか、それともテレビやネットで見た物なのかは分からない。
俺は日本人の高校生くらいの若者で、東京周辺に住んでいた事は確かだと考えていいだろう。
しかし、それ以外は……。
くそ、分からない事だらけだ!!
俺は誰だ、なんでここにいる? そしてここはどこだ?
落ち着け、落ち着け。どこかにヒントがあるはずだ。
スマホ! スマートフォン!! そうだ、スマホを持っているはずだ。
絶対的な確信があった。
ブレザー型制服のポケットを叩いてみた。しかしポケットにはスマホの感触は無い。手を突っ込んでみても入っていたのは、ポケットティッシュとハンカチだけだ。そしてよくあるタイプの鍵。鍵にはキーホルダーも何もついていない。
ポケットティッシュとハンカチはどちらも完全に無地。
ヒントになりそうな情報は無い。ブランド名なのか、四桁の数字が隅に入っていただけだ。
「くそ、スマホだ。スマホ!! 今時の高校生がスマホを持ってないはずがないだろう!!」
俺は思わず声に出す。
しかしいくら探してもスマホはもとより、手がかりになりそうなものは出てこない。財布すら持っていなかった。
胸ポケットを探ってみると、長方形の感触があった。残念ながらそれはスマホの感触では無い。
スマホよりも二回りは小さく、堅さも頼りない。
制服の胸ポケットに収まっている、そんな形、そんな大きさのものと言ったら一つだけだ。
生徒手帳!!
そうだ、生徒手帳なら身分証明書が付いているはずだ。それを見ればいいじゃないか!!
俺は息せき切って胸ポケットから生徒手帳らしき物を取り出した。思ったそれは生徒手帳だ。
灰色の安っぽいビニール製のカバーで覆われ、そこには確かに『生徒手帳』と書いてあった。
俺は急いで生徒手帳をめくってみた。ただの紙製の手帳かと思ったのだが、奇妙な事にすべてのページにラミネート加工されていた。
最初の数ページには学園の紹介のような決まり文句が並んでいた。そのままページをめくる。
ラミネート加工されている為か、厚みに比べてページ数はさほど無い。
「……う!?」
最後の数ページを目にして、俺は思わず呻いてしまった。二次元バーコードのような模様がびっしりと埋め尽くしていたのだ。
1ページだけではない。数ページに渡り、白と黒のデジタルな模様だけが続いているである。
生徒手帳としては異様だ。
何か不気味な気配を感じ、俺はページをめくる速度を落としてしまった。それでもページ数が少ない為、最後のページに来るまではそれほど時間はかからなかった。
そこには俺の期待した身分証明書があった。
俺の顔だ。
そこに貼られた少年の顔写真を見て、それが俺だと確信した。
あとは名前だ。
名前!!
身分証明書なら名前が書いてあるはずだ!
しかしその期待は叶わなかった。
顔写真の下には、普通なら名前が記載されている欄がある。そこに名前らしき文字は無かったのだ。
代わりに四桁の数字が書いてあるだけだった。
四桁の数字?
その数字には何か見覚えがある。つい今し方、見たような並びだ。
ハンカチ! ポケットティッシュ!
俺はポケットの中に戻したハンカチを、また取り出した。ハンカチの隅には黒い刺繍がしてある。
0696。
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