第12話 恩人
採用試験を合格してからの生活は毎日が最高の気分だった
警察官になるという夢を達成し、新たな生活が始まる。
「10月から警察官になれる」
この事実が幸福感と安堵感を与えてくれていた。
私は、警察学校に入校する10月を人生の大きな節目だと考えており、色々な人に感謝を伝えようと考えた。
自分の中で、感謝を伝えたい人をピックアップし、直接会うか電話やLINEなど何らかの手段で感謝を伝えることにした。
そんな中、警察官と言う職業について考えた時にふと「リナ」のことを思い出した。
私が警察官になるまでに多くの人の支えがあった。
でも、何故警察官になろうと再起したのか。
それは、彼女と出会い、彼女が採用パンフレットを見せてくれたこと、警察の話を一緒にしたこと、彼女の父親と会い話をしたこと…。
これらの出来事が無ければ私は警察官を再び目指すことはなかった。
彼女と出会わなかったら私は警察官になっていなかった。
彼女こそが全ての始まりであり、一番の恩人だと思った。
だからリナに感謝を伝えたい。
そう思った。
リナに感謝を伝えなければと思う、他のキッカケもあった。
そのキッカケは同年3月下旬頃から、連日のようにある夢でうなされるようになったことから始まる。
「課題研究」という卒業制作を行っている時期の夢だった。
課題研究とは、三年間の集大成として自分自身でテーマと制作物を設定し作品を作り上げるという課題だった。(デザイン系の科目の重要な評価材料だった。)
ただ、美大やデザイン系の進路を選択していない私はこの課題を制作する意味がないと思っており、何とか制作することなく卒業できないものだろうかといつも考えていた。
なんせ画材は一個一個が高く「この金があったら他に何が買えんねん、進路に関係ないものにムダ金使いたくねぇ」と思っていた。
私は、この課題研究が嫌で仕方がなかった。
当時の私は、完成しなくても何とか卒業させてくれるのではないか?と淡い期待を胸に提出期限に遅れ…遅れ…遅れ…を繰り返していた。
結果、自分の首を絞めるだけのこととなった。
啖呵を切った採用試験には落ちるし、課題研究が完成しないなら留年という危機的状況に陥った。
卒業展示会のギリギリになるまで何もしていなかったため、呼び出しからの怒涛の説教・作品へのダメだし…etc
タイムマシンがあっても二度と味わいたくない日々…。
そんな思い出すだけでも嫌になるような日々の夢を見るようになった。
そんな夢のオチは、大体いつも課題締め切り日に寝坊+完成していなくて焦るという場面で冷や汗をかいて起きていた。
しかし、そんな悪夢を見なくなる日を遂に迎える。
それは、リナと再会する夢だった。
前日まで、あんな忌々しい夢を見ていたのにその日の夢は、リナとの思い出?というか二人で下校する時によく通った河川敷に座り込んで話をしていた。
やけにリアルに感じる夢だった。
最後にリナが神妙な面持ちで「私、結婚するんだよね。」と言って微笑みかけたところで目が覚めた。
「なんだよ…夢か。なんかやけにリアルな夢だったな…。何だったんだ?」
何とも言えない冷や汗と動悸がしていた。
「高1の夏以来まともに話をした記憶も無いし、もちろん卒業後もまったく連絡をとったことがなかったのに何でこんな夢を見たんだ?」と起床後も夢のことが気になって仕方がなかった。
私は、卒業式の日に感謝を伝えられなかったことがきっと心の奥底で後悔しているんだろうと結論付けることにした。
だから、合格することがあれば感謝の言葉を伝えたいなと思うようになった。
採用試験前にこんな出来事があったこともあり、「後悔するくらいなら恥かいてでも行動しろ!リナには絶対感謝を伝えておくべきだ!」と考えた。
私は、リナに手紙を書こうと思った。
何故手紙かと言うとLINEも電話番号も何も知らなかったからである。
今思うと自分でも引くくらい思い切った行動だった。
手紙を書いたところで近況をしらないから届けようがないのだがとりあえず考えるより行動するほうが早かった。
ただ「本当にこんなことして大丈夫なのか?」と疑念が晴れなかった私は、
リナと友人になるきっかけを作ったマナさんに相談することにした。
マナさんにLINEで連絡していたが、テキストではらちが明かないので、電話をすることにした。
「マナさん、久しぶり!突然でごめんね!ちょっと相談があって…。」と電話を掛けると「お久しぶり~!どうしたの?」という学生の頃と変わらない元気なマナさんの声が聞こえてきた。
「俺ね警察の採用試験合格したんだけど…」と言うとマナさんは「本当に!!おめでとう!」と元気な声で言ってくれた。
私は少し間をおいて「それでさ、警察目指すキッカケになったのってリナなんだよね…。リナとは高1の夏に別れてから気まずくて、あれ以来話をすることなかったんだけど、警察官になれたのはやっぱりリナがいたからだと思うんだ。だから、感謝を伝えたくて、SNSとか電話番号知らないから手紙を書こうかなって思うんだけど…。いきなり音信不通の奴から手紙来たらヤバいよね…?」と恐る恐る質問した。
するとマナさんは「良いと思うよ、手紙貰って嬉しいと思う」と即答した。
マナさんの元気な声と勢いに背中を押された私は「そっか、じゃあ書いてみるよ!マナさん悪いんだけど、文面のアドバイスをまた貰っていい?」とお願いをした。
マナさんは「いいよ~」と即答した。
後日、マナさんの言葉に背を押され、私は約4年の間まともに話をしていないリナに手紙を書き始めた。
悩みに悩みながら何枚か書き上げた。
それを写真に撮ってLINEでマナさんに送り、読んでもらうことにした。
マナさんから「読むから少し待ってね~」と返信が来た。
数十分後、「ん~、何かね長文になると文面が未練ぽく感じるんだよね…。簡潔に気持ちを書いた方が良いと思うよ!」と修正すべき点と女子目線でのアドバイスをくれた。
私は「マジすか、直ぐに書き直します!」とマナさんのアドバイスを元に書き直した。
その後も何度かマナさんに添削をしてもらいながら何とか手紙を完成させた。
手紙を完成させたのは良いが、肝心の手紙を届ける方法が無かったのでマナさんに相談したところ、後日リナと会う約束があるためその時に手紙を渡してくれることになった。
後日、マナさんに手紙を渡すため高校の放課後よく来ていたミスドで会うことになった。
「うわ~ひさしぶりだな~」そう思いながらチャリを漕いでミスドに向かった。
ミスドに着くとほぼ同時くらいに小柄な女性が駆け寄ってきた。
「リュウさん久しぶり~」と卒業式ぶりに会うマナさんだった。
「マナさん久しぶり!今日はわざわざありがとう」とお礼を言い店内に入った。
ドーナツと飲み物を買い、席に座ってからお互いの近況について話を始めた。
話がひと段落したところで本題を切り出すことにした。
「それでね、例の手紙をお願いしてもいいかな?」とバッグから封筒を取りだした。
するとマナさんは「もちろん!任せといて!」と手紙を受け取った後「ところでリュウさん、何でリナちゃんに手紙を書こうと思ったの?」と質問をしてきた。
私は、手紙を書こうと思ったいきさつを説明することにした。
「突然手紙を書こうと思ったキッカケがあってさ、だいぶ前なんだけどリナと二人で話をする夢を見たんだよね。その夢がやけにリアルで気掛かりになってさ~これは何か意味があるんだろうなと思ったのが始まりかな。」と説明を始めた。
ひと通り説明したところで「その夢の最後にリナがさ「私結婚するんだよね」って言ってさ、そのシーンで目が覚めたんだよね」と言うとマナさんは驚きながら「そんなことがあるんだね!リナちゃん今度結婚するんだよ!」と言った。
こんな展開になると思っていなかった私は「えっ…マジで!?」と鳥肌が立った。
衝撃だった。この時初めて正夢とは実在するものなのだと知った。
それと同時にやっぱりあの夢には意味があったんだと感じた。
過去を清算し、人生の転換を迎える予兆なのだと…。
その後も暫くマナさんと話をした。
別れ際にマナさんが「絶対に返信するように言っとくよ!」と言ってくれた。
しかし、こっちからの勝手な気持ちの押し付けの手紙に相手を付き合わせるのは申し訳ないと思い「いや、いいよ(笑)返事は無くても何か自分の中でケジメがついた気がするんだ」と言い家に帰った。
数日後の夜。
「○○があなたを友だちに追加しました。」と通知が来た後、メッセージの通知が届いた。
「誰だ?」と既存の友だちでは無いのでよくある迷惑メールの類かと思いながら、渋々とLINEを確認したところリナだった。
「お久しぶりです。リナです。」
この文頭を呼んだけで胸が裂けそうなくらい緊張した。
「マジで返信してくれたのかよ…」と手紙が届いた安堵と返信が来た驚きと喜びの色々な感情が込み上げてきた。
~内容~
手紙を読んで少し泣いてしまった。嬉しいという意味で(笑)
ギクシャクした状態で卒業したことに少し後悔していた。
手紙を読んでホッとした事と自分を見つめ直すことが出来た。
リュウさんは夢を叶えたけど、私は夢を諦めて本当にしたいことを諦めていた。
でも、自分のやりたいことに挑戦しようと思う。
辛いことがあってもこの手紙を読んで頑張ります!
お手紙を書いてくれて本当にありがとう、この手紙を読まなかったら私はずっと夢を諦めていたと思う!
リュウさんもこれからしんどいことがめちゃくちゃあると思うけど、諦めないで!私も諦めません!お互いに頑張ろう!
また会う時に仕事の話を聞かせてね。
こんな感じの内容だった。
彼女の真意の程は定かではないが、
・ほぼ自己満足で書いた手紙に対してこれだけ真摯に受け止めてくれたこと
・リナの夢を目指す一歩の手助け(恩返し)が出来たのかもしれないこと
・将来に対して励みになる言葉を送ってくれたこと
などを感じ、手紙を書くという選択は間違ってなかったのかなと思うことが出来た。
そして、改めて彼女の器の大きさと優しさを実感した。
卒業式の日から胸に抱えた「ただ人生を悲観し夢や目標も無く生きていた自分に彼女が夢を目指すキッカケを与えてくれた。だから恩人に胸を張れる人間にならないといけない」という思いをやっと清算することが出来た。
そして、いつか再開する日に胸を張れる警察官を目指して何があって諦めずに頑張ろうと心に誓った。
こうして、私は人生の大きな節目に向けて過去の清算をすることができたのだった。
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