第3話 きっかけ

高校入学式の朝。

私は洗面所の鏡を見ながら、髪型をどうするか、どういうキャラで高校生活を過ごすか悩んでいた。

なんせ我がデザイン科のクラスは、男子三人、女子三十七人という男子高校生なら夢のような環境だったからだ。

入学式の約一週間前、入学の事前説明と物品販売があった。

そこでホームルームに集まり担任及びクラスメイトと顔合わせをする機会があった。

教室に入ったところ

「つーさんの言ってたとおり男女比半端ねぇな」と喜んでいたのだった。

そういうこともあって「何事も初っ端が大事だからな」と張り切っていた。

悩んだ挙句髪型は、一昔前のベッカムのようなソフトモヒカンにして初日を臨むことにした。

あと、マスク。


入学式後に服装頭髪検査があった。

我が高校の校則は厳しく、式典や集会の後は必ず服装頭髪検査が実施されていた。

デザイン科の頭髪検査は、学年主任が行うことになった。

主任が私の頭髪を見て「お前何ちゅう髪型しとんな、ベッカムか!明日からは普通してこいよ」とツッコミが入ったことに内心では「よしよし悪目立ちしたぜ」と喜びながらも「うい~っす」と気だるそうに返事をしといた。

(髪型については、寝坊が日常茶飯事になるので以後そんなに気合を入れることもなかった。)


初日は、こんな感じで張り切ってはいたものの、入学後の数日間はクラスメイトと殆ど関わることがなかった。

当時の私には、失礼な話ではあるが「デザイン科=美術部などの大人しい人間」という勝手な偏見とクラスメイトを一周見て「皆真面目そうで面白んなさそう~」という気持ちで入学早々地元の奴らに会いたくて仕方がなかった。

なので、入学して暫くは別の科に入学した友達とつるんでいた。

でも、その友達が同じ科の奴らとつるむようになったので、私も「クラスメイトと関わる時が来たのかな」と考えるようになり少しずつクラスメイトと話をしたりするようになった。


ある日、弁当のデザートにシュークリームが入っていた。

普段から弁当もまともに食べない私は、「シュークリームいらねぇよ」と内心弁当を作った母に愚痴をこぼしていた。

その放課後、駐輪場に行くと隣の席のマナさんと同じクラスの女子が話をしていた。

通りすがりにマナさんの「お腹が空いた」という言葉が聞こえてきた。

そこで昼間のシュークリームが頭によぎった。

駐輪場に向かう足を止め、シュークリームをバックパックから取りだしながら

「あの~、良かったらこれ食べますか?」と声を掛けた。

マナさんは「え、いいんですか、ありがとうございます!」と満面の笑みで受け取った。

同じクラスの女子がマナさんに「マナ、よかったね」と声を掛けていた。

私は、その人と話をしたことはなかったが、クラスの女子だということは分かっていたので話しかけることにした。

「大本さんでしたっけ?」

と話しかけると、その人は笑いながら、

「大本さんは私の席の後ろだよ。私は、大野です。」

と返事をした。

初めての会話で相手の名前を間違えるという失態を犯し「これはやってしまった。」と思った。

だが、この名前を間違えるという失態のおかげで彼女たちと自分の自己紹介を兼ねた話をすることになった。


これが、後に私の運命を大きく変える出会いの始まりだった。


名前を間違えた彼女の名前は、大野リナ。

この日以来、リナやマナさんと話をするようになり、彼女たちを含む仲良いグループが出来た。

その中でも特にリナとは仲が良くなり、頻繁に連絡を取ったり一緒に帰るようになった。


ある日の放課後、二人で家族の話をしていた。

リナが父親について話し始めた。

「私のお父さん警察官なんだ。」

私は、それを聞いて「えっ、警察なん?」と驚いた。

それから父親の職業について色々な話をしてくれるので、警察官という職業に興味が湧いてきた。

その日から、警察24時とかの警察関連のTV番組を見た後に二人でそれについて話をするようになった。


ある日、リナが高校に警察官の採用パンフレットを持ってきてくれた。

「これね、採用パンフレット。」

「リュウさんが警察官に興味があるみたいだから父さんに貰ってきてもらった。」

「警察官がどんな仕事をしているのか書いてあるし、警察学校の生活についても書いてあるから読んでて面白いと思うよ。」

と手渡してくれた。


その採用パンフレットを読んでいると採用区分に「高卒」と言う文字があった。

当時の私は、警察は法律を取り扱う難しい職業であり、法学部とかを卒業した頭のいい人しかなれないものだと思っていた。

(公務員、役人という響きの影響があってなのかもしれないが…)

その時初めて、高卒でも警察官になれるのだと知った。

「こんな俺でも警察官になれるチャンスがあるのか」そう思った。


入学してまだ1~2ヵ月だったが、普通教科は勿論嫌いでデザイン科の専門的な授業にすら飽き始めていた私は「警察ってかっこいいし、面白そうな仕事だよな」

「警察官になったら親も安心だろう」

と考えるようになった。

子供の頃に夢見た純粋無垢な理由ではなかったが、その日から私の夢は再び

「警察官」になった。


ある日の休日、リナから「幼稚園の頃って可愛かったんだね」と連絡がきた。

クラスには同じ幼稚園に通っていた女子がおり、その女子とリナは同じ部活だったので、卒園アルバムを見せてもらったらしい。

その連絡を受けて、久しぶりに卒園アルバムを見ることにした。

「幼稚園の俺って確かに可愛いな」

とアルバムを見ていると何か色々見返したくなる衝動に駆られた。

ついでに小学校の卒業アルバムを開き見返していると、将来の夢のページに行きついた。

そこに書いてあった私の夢は「警察官」だった。

長らく忘れていた過去の夢を思い出した。

「そうか、かつての自分も警察官を目指していたのか。自分はやはり警察官になるべきだったのか。」

と運命を感じた。


ある日、リナに「警察官を目指すことに決めた」と打ち明けた。

するとリナから「父さんに会って話してみる?」と言われた。

最初は、戸惑ったが現職の警察官と対話する機会なんて滅多にないのでお願いすることにした。

この当時、私はリナと付き合っていた。

今まで交際相手の父親に会う経験はなかったので滅茶苦茶緊張した。

それは父親だからだけでなく現職の警察官だからということもあったのだと思う。


その日、家に帰ってから「何故父親に合わせてくれるのか?」という疑問で頭が一杯だった。

単純に俺が警察官を目指しているから?

リナは家族と仲が良いから普通なのか?

それとも高1ではあるが滅茶苦茶真剣な交際なのか?

と思春期真っ只中の青年には気になって仕方がなかった。

取り敢えず、相手の父親に会うのだから失礼が無いようにちゃんとしようと心に決めた。


それから数日後、リナの父親に会うことになった。

放課後いつものように彼女を家に送った。

そこまではいつも通りだったが、今日はいつもと違う。

「ちょっと待ってて」

と言われ、庭先でそわそわしながら待っていると家から彼女と父親がでてきた。

リナの父親は身長が高く、筋肉質なイケオジだった。

「初めまして竜太君だろ、リナから話は聞いているよ。警察官になりたいんだって?」

警察官と言うことで凄く身構えていたがとても気さくな人だったので、肩の力を抜いて話始めることが出来た。

リナの父さんは、初対面にも関わらず物凄く真摯に私の話を聞いてくれ、質問に対する明確な回答をしてくださった。

たくさんの話の中で私の背中を大きく押してくれる話があった。

「どうしてもこの仕事をやりたいなら、俺は高卒で入るのが一番良いと思う。」

「俺は、色々な経歴を経て警察官になったけど、この仕事しかないと思うなら最短で入るに越したことはないよ。」

「うちの組織なら学歴は関係ないからね。」

という話だ。


「警察官に学歴は関係ない。」

この言葉が自分にとって凄く励みになった。

劣等感の塊だった私に希望を当えてくれる言葉だった。

この日、私は決心した。

「絶対に警察官になってやる。そして、この人に認めて貰える人間なろう」と。


夏休み前、担任と面談があった。

担任は二人いて一人がデザインの教師、もう一人が英語の教師だった。

入学してから今日までの生活はどうか?的な話を聞かれた。

その後「高校生活始まったばかりだけど、卒業後の進路とか考えていることはある?」と質問された。

私は、「警察官になります」と答えた。

担任の二人は驚いた顔をしていた。

無理もない。

デザイン学部はデザイナーやイラストレーターなどを目指す人が基本的に進学してきている。

しかもまだ一年の一学期だ。

だから、「こいつは何でデザイン学部に入ったんだ?」と思われたんだと思う。

「なんで警察官を目指すことにしたの?漫画家は?」と聞かれた。

「なんでって言われても特に理由はないんですけど…絵の道は諦めました(笑)」的な感じで答えた。

先生方も初めは困惑していたと思うが、私がいかんせん頑固者だということが理解されていたのか、公務員試験についての話をしてくださった。


それからしばらく順風満帆な高校生活を過していたが、夏休みを目前にしてリナと別れることになった。

破局してから楽しかった高校生活が一変した。

先ず、別れてからの数日間はリナに対して「意味わかんね」と逆切れしていたが、その後結構凹んだ。

自分で言うのも難だが私は結構過去の恋愛を引きづるタイプではなかったので、後にも先にもこれほど凹み引きづった恋愛は無かった。

それぐらいリナとの破局は私の高校生活に影響を及ぼした。


我が校は、普通科と違い専門科ごとにクラス分けがされているためデザイン科は三年間同じクラスだった。

そのため必然的に卒業までリナ同じクラスになるので、残りの二年と二学期をどうやって過ごすのかと考えるだけで学校に行くのが億劫になった。

案の定一緒のペアやグループで授業や課外活動をすることが何度もあり、嫌で仕方なかったし、とにかく気まずい。

だから、中学と同じように何らかの理由をこじつけてサボることが多くなった。

そして無い学力が更に低下し始めた。


高1の冬、特別の三者面談が開かれた。

特別だが全く名誉なことではない…。

担任から「このままでは、進級することができません。留年です。」そう言われた。

確かにテストは毎回クラスのドベ前後、宿題もまともに出したことがなかったし、欠席早退が多かったがまさか留年宣告されるとは思わなかった。

母親と担任の二人は色々な話をし、私にも話しかけていたが他人事のように我関せずの態度だった。

「どうせ進級できるだろ、どうでもええ」と思っていた。

それからも生活態度が改まることはなかったが、何とか留年は免れ進級することができた。

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