黒い女神の贈り物

多多多

 《能力強奪》 前編

「くそっ!!」


 ドン!!


 人気の少ない酒場にて、一人隅で酒を飲んでいた男、ボロドは、持っていたジョッキを強く机に叩きつけた。


 他の客は、一瞬その音に反応したが、すぐにいつものことだと飲食を再開した。


「俺が無能力だからってあいつらなめやがって!」


 この世界では、ほぼ全ての子供が五歳になると神から能力を授かる。その内容は魔法や剣術など人によって様々だ。


 だが、中には何ももらえない人もいる。

そういった人々は無能力とよばれ、ボロドもその一人だった。


 まあ中には能力を手に入れた瞬間、能力の効果で死んでしまうような人もいるので、そういった人よりは幸運なのだが、そこまで不幸な人など滅多におらず、無能力は十分不幸の部類だった。


「はあ…はあ…はあ~~……」


 ボロドは一度深く息を吐いて、心を落ち着かせた。そして、先ほどの自分の行動を顧みて、恥ずかしくなって自己嫌悪におちいった。


 ボロドは小心者である。


 先ほどの目立つ行動はついかっとなってやってしまったことであり、普段のボロドは絶対にしない行動であった。


 ボロドがここまでストレスが溜まっているのには理由がある。


 ボロドはとあるパーティーに所属していた。

 メンバー数はボロドをふくめて五人の、弱小パーティーである。


 彼らは、無能力であるがゆえに他のパーティーに入れず、一人困っていたボロドをパーティ―に誘ってくれた。


 リーダーのライトは、回復魔法という激レア能力を持っているにも関わらず、無能力のボロドを同じ初級冒険者として対等に扱い、話しかけてくれた。


 他のメンバーもボロドを見下すことはせず、いい奴らだった。

 

 しかし、それは最初だけだった。


 共にダンジョンに潜る回数を重ねるごとにボロドに対する彼らの対応は冷たくなっていった。


 面倒な雑用は全てボロドに押し付け、報酬もボロドの分だけないことが多くあった。


 そしてついに数時間前、ボロドは彼らからクビを言い渡された。


 ボロドの頭の中に、最後にライトに言われた言葉がよみがえる。


「僕のパーティーにお前みたいな無能はいらない。これはメンバーの総意だ。

 この前の休みにお前抜きでダンジョンに潜ってみたら何の問題もなかった。むしろいつもより進行が早かったくらいだ。

 よってお前を今日限りで、僕のパーティーをクビにする」


 思い出したことでまた腹が立ってきたボロドは頭をかきむしった。

 そしてまた自己嫌悪におちいるというループだ。

 

 ボロドはもう帰って眠ることにした。


 ボロドは席を立って会計に向かう。

 会計をすませた自分の財布をみて、ボロドは財産が残り少ないことに気付いた。


(はあ…こんなことなら受け取っておくんだった)


 ライトはボロドにクビを宣告した後、選別だと言ってだいたい二か月分くらいの生活費を差し出した。

 しかし、意地になっていたボロドはそれを受け取らずに床にたたきつけて、ギルドを飛び出してきてしまった。

 いまさらやっぱり受け取るなんてできない。


 ボロドはまた自己嫌悪におちいった。


 まあ過去のことを考えても仕方がない。それよりこれからの生活のことを考えよう。


 とりあえず安定した稼ぎをえるまでは節約して生きていくと、ボロドは心に決めた。


________


 店を後にしたボロドは、自分が泊まっている宿に向かった。

 大通りから遠く離れた、常に薄暗いボロ宿だ。

 

 しかし、世界はボロドが安全に宿に帰ることを許さなかった。


 大通りからそれて暗い小道に入ったとき、ボロドはつけられていることに気がついた。


 ボロドはこれでも冒険者。隠す気のない気配くらいは容易に気づける。


(ちっ。本当についてないな)


 人数は3人、多分チンピラだろう。


 いつもならすぐに大通りに逃げるところだが、今のボロドはストレスが溜まっていた。酒がまわっているのもあるだろう。

 ボロドは無謀にも、挑発してしまった。


「おい! こそこそしてねえで堂々と出てきやがれぇい!」


 ボロドの声に応じて、チンピラたちが次々と姿を現す。

 数はボロドの予想通り、3人だった。 


 その中で最もがたいのいい男が指を鳴らしながら、前に出てきた。


「よぉおっさん。なかなか威勢がいいじゃねえか。金と持ちものを置いていったら見逃そうと思っていたが、それは叩きのめしてからでも遅くねえよなぁ?」


 ここでボロドは自分がやらかしてしまったことに気がついた。

 

(ヤバイヤバイヤバイヤバイ)


 ボロドがどうしようかと考えているうちにも、チンピラはボロドの方へ近づいてくる。

 チンピラが鳴らす指の音が、ボロドには死までのカウントダウンのように聞こえた。


「ひ、ひ〜〜! どうかお許しを〜〜!」


 恐怖に耐えられずボロドは逃げ出した。


「おっとそうはさせないぜ。バインド!」


 逃げたボロドの背中にチンピラのうちの一人による能力が炸裂した。

 魔力で作られた縄で、ボロドは地面に貼り付けられた。


「おらおら! さっきの威勢はどうした!」


 起き上がれないボロドを、チンピラはとり囲んで袋だたきにし始めた。


「い、痛い! ど、どうかお許しください!」


 ボロドは必死に許しを請うがチンピラは暴行を止めない。

 やがて、ボロドは動かなくなった。


「ちっもう終わりかよ」


 反応がなくなり飽きたのか、チンピラは暴行を止めた。そして、ボロドの懐をさぐり、財布を奪い盗った。


「これっぽっちしか入ってねえのかよ。割に合わねえ」


 中身を見たチンピラはそうつぶやくと、最後に一発蹴りをいれて去っていった。


 後にはボロボロになってうずくまるボロドだけが残された。


 ________


 月明かりがボロドを見せ物にするかのように路地に差し込んでいる。


(くそっ! どうして…!)


 ボロドは体の痛みと、容赦のない世界への苛立ちで、立ち上がれないでいた。


(どうしてどいつもこいつも俺から奪っていくんだ!)


 ボロドは痛みをこらえて、拳を地面に叩きつけた。


(それもこれも無能力のせいだ! 一体俺が何したってんだ!)


─チカラガホシイカ?─


 ん?

 ボロドが自分の不幸に嘆いているとふと声が聞こえた。若い女性の美しい声だ。


 周囲を見渡すが誰もいない。


 ボロドが気のせいだと判断したとき、また聞こえた。


─チカラガホシイカ?─


 どうやら気のせいではないらしい。

 美しい声に反して、かなり物騒な内容だ。

 正直言って、かなり怪しい。


 だが、今のボロドにそんなことは関係なかった。力を貰えるならこれ幸いにと、ボロドは返答した。


「ああ、欲しい。あいつらを見返せるような力をくれ!」


─ナラバイノレ。ワレガオマエノマエニイッテ、チカラヲサズケヨウ─


 ボロドは手を合わせて祈り始めた。

 

 理不尽な世界への憎しみを込め、深く深く…


 すると、ボロドの目の前が光り始めた。


 あまりの眩しさにボロドは思わず目を瞑ってしまう。


 光がおさまり、恐る恐るボロドが目を開けると目の前で女性が微笑んでいた。


 夜の闇に同化するような漆黒の髪を腰のあたりまで垂らし、それとは対照的な月のように白い肌を黒い布で包んだ、この世の存在とは思えない美しい女性だった。


 ボロドはしばらく女性に見惚れていた。


 女性もまた、全てを吸い込むような黒い瞳で、ボロドのことを見つめていた。


 しばらくして、止まった時を動かすかのように女性が口を動かした。


 ボロドは、その美しい口からどのような言葉が出てくるのだろうかと、そのときを待望した。


「くだらない茶番にお付合いいただき、ありがとうございます」


 は?


「一度言って見たかったんですよね。

 『チカラガホシイカ』って。

 これで一つ夢が叶いました」 


 ボロドは一瞬思考が停止した。


(は? 何言ってんだこいつ。つまり俺はからかわれていたのか?)


 ボロドは理解した。


 こいつは自分のことをからかっていたのだ。


 さっきの不思議な事はこいつの能力なのだろう。能力を駆使して、無能力な自分をからかっていたのだ。


 かなり悪質である。とても人の所業とは思えない。


 ボロドは頭に血が上り始めた。


「ふざけんなよ!」


 ボロドは激怒した。


 必ずやこの女に一発お見舞いしてやらぬと心に決めた。


 女はそんなボロドのことを、心底愉快そうに見つめている。


「まぁそうかっかしないでください」


「何がかっかだ! 舐めてんじゃねえぞ!」


 ボロドはついに女に殴りかかった。

 しかし、残念なことにそれは叶わなかった。


 女が謎の力で、ボロドを押さえつけたのだ。


「そんな早まらないでください。あなたは死ぬにはまだ早いですよ」


「あ、あぐ…また能力か…? そんなに俺に能力を見せびらかして、何が楽しいんだ!」


 ボロドがそう言うと、女は不思議そうな顔をして、首をかしげた。


「楽しいわけないじゃないですか。分をわきまえてください」


「じゃあなんの目的で俺の前に現れた!」


「そんなの、最初から言っているでしょう?

 あなたに力を与えに来たんですよ」


 は?


 この期に及んで何を言っていやがる?


 ボロドの怒りはいっそう強くなった。


「結構怒っているようですけどその前に。

 私の正体気になりません?」


 そう言われてみると、気になる。


「お前はいったい何なんだ?」


 ボロドは尋ねた。


 それを聞くと、女は得意気になって答えた。


「よくぞ聞いてくれました。

 私はこの世界を管理する神の中の一柱。

 固定された名前はないので、気軽にコクちゃんとでも呼んでください」


 女の正体は女神であった。


 だがボロドはまだ信じていない。


「なんでそんなもんが俺の前に現れるんだよ」


「ふふ、それはですね、暇つぶ…あわれなあなたを救いに来たんです」 


 ボロドは胡散臭そうな目を女神に向けた。


「まあとにかく、あなたに力を授けます。

 えい!」


 女神はボロドに向けて腕を振った。


「これであなたに力が宿りました。有効利用できることを祈っています」


「おいおいおいおい!

 あっけねえな! だいたいなんの力を与えたんだよ!」


「うるさい人ですね。まあ教えないと何もできないか。あなたに与えたのは《能力強奪》対象の能力を奪う能力です。使い方は念じれば発動します。後は百聞は一見にしかず、明日にでも試してください。さよなら」


 そう言って女神は光を放って消えた。


「何だったんだ? まあとりあえず言われたとおりにしてみるか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る