ウチは今日も、一人ぼっち
瀬戸 出雲
ウチは今日も一人
「さっむ」
今日から12月になった。分かっていることだが家から出るつい寒いと声に出してしまう。ウチは一人で自転車をこぎ学校へ向かう。学校にの手前には長くてしんどい坂があるから、疲れることを覚悟しておかないといけない。毎日大変だ。
ウチこと保坂 舞衣には大好きなお姉がいる。名前は奈津。お姉は社交的で沢山の友達がいて学校の中でも人気者だ。ダンス部に所属していて年に一度の文化祭では体育館でダンスを踊っているから他の学年の人にも知られている。元々の容姿の良さもあって沢山の人にもてる。あの大きな胸を揺らしながら踊るからそれを見た男子を虜にしている。それを見た女子に悪い印象を抱かれていじめられることも無く誰とも仲良くできるのがお姉だ。
今日もお姉はダンス部の人たちが家に来て朝早くから学校に行っていた。ウチは朝が苦手だからウチが起きた頃にはもう家にはいない。だからこれもママから聞いた話だったりする。
長い坂を登って学校に着く。駐輪場に自転車を止め教室まで向かう。
「あっ、舞衣さんよ」
「やべ、行こうぜ」
「絡まれたら何されるか分かんねえしな」
この話を聞けば分かるようにウチは周りから避けられている。ウチがヤクザに絡まれたとき一人で返り討ちにしたのがいつの間にか学校中に知られていた。それ以来ウチと関わってくれる人はほとんどいなくなった。お姉もこの話は聞いたそうだけど
「そんなうわさほっとけばすぐ消えるよ! 大丈夫」
と言われた。お姉はこの話は誰かから聞いただけで単なるうわさだと思っている。実際は本当の事だ。お姉はウチが空手を習っていて結構いいとこまで行ったのを忘れているのかな。それともウチがヤクザに絡まれているところを想像できないのかもしれない。ウチだって絡まれるまではこんなことになるとは思っていなかった。それにお姉はウチとあまり関わる機会が最近ないからウチのことを詳しく聞くこともないのだろうな。
昼休みは屋上で一人でママの作ってくれたお弁当を食べる。教室にいるとクラスの人たちがウチを怯えた目で見るから居づらかった。ウチが一人ぼっちになってからもう二か月になる。最初の頃は寂しくて、悔しくてここでよく泣いていた。
お姉はこんな時もクラスの友達と楽しそうに弁当を食べている。そのことは屋上に来るま前に廊下からお姉の教室を覗いたから分かっている。お姉はウチに気付くことが無かったし、周りの目を気にして声もかけづらい。ウチの話は上の学年にも知られている。
お姉がウチを探して屋上に来ることは無い。今までは悲しいことがあって泣いているときにはお姉が必ずウチの事を見つけて慰めてくれた。でも今は友達を優先しているみたいだからウチの苦しみに気付くことも無いしここにも来ない。お姉はウチを見つけてくれない。
「ふぐっ、 んっ……ぐすっ」
こんなことを考えていると悲しくて涙が出てくる。だめだ、こんなぐしゃぐしゃな顔で授業を受けるわけにはいかない。また変な話が広まるに決まっている。ウチがヤクザを返り討ちにしてから根も葉もないうわさも広がるようになった。今更一つ増えてもあまり変わらないとは思うけど、進んで増やしたいことでもない。
水道で顔を洗ったウチはそのまま午後の授業を乗り切った。12月に水道の水で顔を洗うのは冷たくて嫌だったけど、気が引き締まった気がした。この空気の学校をだらけてやり過ごすメンタルはウチにはなかったから丁度良かったのかもしれない。
午後の授業も終わり幽霊部員のウチはそのまま学校を出る。部活の人たちもウチを避けるようになったから部室にも居づらかった。
「あっ、こいつです! この前俺をぼこったやつ!」
「なに?」
ふいに聞き覚えのある声がしたからそちらを向くと二か月前、ウチが返り討ちにしたヤクザがそこにいた。そいつ以外にも二人の連れがいるようだ、仲間か何かかな。
「この前はやられたが今日は三人だ、しっかりボコってやるから覚悟しろよ」
お礼参りとかいうやつだろうか、三人の男がウチを取り囲んで笑っていた。助けを求めようと周りを見渡すが、誰もいない。運悪く人気のない所だった。
「こいつ、ボコった後は好きにしていいのか?」
「好きにしていいんじゃないすか? 俺は興味ないけど」
「お前は貧乳嫌いだもんな」
下品なことを言いながら距離を詰めてくる。貧乳馬鹿にすんな。ウチらは成長の余地があるけど巨乳のやつらはもうウチらみたいにはなれないんだぞ。
ヤクザたちが手の届く距離まで近づいた、目の前の男が腕を振り上げる。
「じゃあ、やるかあ!」
「はあ、はあ、」
殴り合いが終わりウチは呼吸を整える。後ろには三人の男が倒れていた。ギリギリだったが三人とも素人だったから何とか勝つことが出来た。
ウチはヤクザたちをそのままにして家に帰った。今日はママが友達と食事に行く日だから家には誰もいない。パパはまだ仕事だしお姉も部活だ。
「いってえ」
ウチはさっきのけんかで負った傷の手当をすることにした。ところどころ大きな傷もできている。これは治るまで時間がかかりそうだ。明日学校でこの傷を見られてまた噂になるだろうな。今回もほんとにあったことで言い訳ができない。ウチは巻き込まれただけなのにまた嫌な話が広まる。そう思うだけでまた泣きそうになってくる。
泣くのをこらえながら包帯を巻いていると家の柵を誰かが開ける音がした。お姉が帰って来たのかと思うがそれにしては時間が早い。来客だと思うからこんな姿で出るのはまずいかも知れないけれどウチしか家に居ないから仕方なく玄関に向かった。
「はーい。どちら様ですか?」
玄関を開け来た人の顔を見る。そこには知っている顔があった。
「静香さん?」
「あら? ご存じでした?」
静香さんは学校のクラスメイトで今日ウチを襲ったヤクザの組の組長の娘であることで有名だ。ウチがあいつらを倒したからここまできたのかな。正直こうなったらウチも終わりかもしれない。でも、もういいか。今楽しいことも無いし、お姉もウチの事はもう気にしてくれなくなったし、どこかに連れていかれるなら大人しく連れていかれよう。
「今日はお礼をしにきました」
「え? お礼?」
何の話だ? ウチお礼されることなんてしたか? ウチは静香さんの仲間に怪我をさせたんだぞ?
「詳しくお話します。家にあがっても?」
「あ、どうぞ」
静香さんを家にあげリビングに通す。お茶をだし詳しく話を聞くことにする。というかそれしかできない。静香さんはお茶を一口飲むと、お礼に来た理由について詳しく話してくれた。
今日ウチを襲った三人は組の者ではなく組の名を語っているだけで静香さんとは全く関係の無い人だった。静香さんのお父さんは暴力を決して許さず今行っている事業を健全なものにしようと努力していたそうだ。その動きは静香さんの祖父の代から始まっていてもうほとんど危ない世界から離れていて、周りからの印象も変わりつつあった。
そんな時にあいつらが組の名前を語って暴力を繰り返したせいでまた信頼を失いかけていた。組の人たちは自分たちの名を語る奴らを捕まえようとしたが、逃げるのが上手くなかなか捕まえられなかったそうだ。そんな中偶然組の者がウチがあいつらを倒し、ウチがそこから離れるところを見てらしい。見ていたなら手伝って欲しかったと思うが顔を出した途端逃げられる可能性があったからうかつに顔を出しにくく仲間に連絡をしていたと言う。
「本当にありがとうございました。父からもお礼を言っておいて欲しいと言われております。治療費はこちらで持たせていただきます。それにこの恩はそれだけで返せるものだとは思っていないので何らかの形で返させていただきます」
「あ、ありがとうございます」
こういう時のお礼は断っちゃいけない。素直に受け取ろう。それに恩を返してくれるならひとつだけお願いがある。
「なら、ウチと友達になってくれませんか?」
「よろしいのですか?」
静香さんが目を見開いた。聞き返してきたのは静香さんも友達が少ないからだろう。家の印象もあって静香さんも学校で浮いている。今のはそんな自分と友達になってもいいのかと言う質問だった。ウチの事を気遣ってくれている。でも、静香さんは一つ忘れていることがある。
「ウチだって今は独りぼっちだよ」
「ふふ、そうでしたね」
静香さんが笑顔になる。静香さんが笑っているところは初めて見た。いつも表情が変わらず何を考えているか分からなかったが今は感情が伝わってくる。この笑顔はクラスメイトの中ではうちだけが見られる笑顔だ。
「じゃあ、これからよろしくね、静香」
「ええ、私も舞衣とよんでいいよね?」
「もちろん」
静香は思ったのとは違う形だけど一人で泣いているウチをつけてくれた。ウチも本当の静香を知ることが出来た。家の印象だけでその人を決めつけるのはやっぱ間違っている。お互い嫌な目で見られるし嫌な話が広まっている者同士だけど、それが望んでなったことじゃないと分かりあうことが出来た。私達はお互いの本当の姿をこれから見せ合えると思し、これから親友と呼べるようになるほど仲良くなれる気がする。出会ったばかりなのに不思議だ。
「お姉も、ウチを見つけてくれるかな」
「丁度、見つけに来てくれたようだよ」
いつの間にか下を向いていた顔を静香の言葉を聴いてあげる。
家の玄関が開く音がした。
「舞衣! いる!?」
お姉が大声でウチを呼んでいる。ここまで焦っているお姉の声を聞いたのは久々だ。何年ぶりだろう。とりあえずウチを探しているようなのでリビングから廊下に出てお姉の方へ向かう。
「おかえりーどうしたの?」
「舞衣!」
お姉がウチを見つけた途端急に走り出してウチに抱き着いた。玄関にはいつも揃えている靴は散らばっているのが見える。
「いてて、どうしたのお姉」
「ヤクザと喧嘩したって聞いて、大丈夫?」
お姉がきつく抱きしめてきたから傷がまた痛む。ウチはお姉を心配させないために平気な顔をしようと思ったけど、もう今日のことはお姉に知られていた。あんな人気のない所の事だったのにお姉まで知られているということは、もう学校にも知れ渡っているだろう。さらに周りから避けられるだろうな。でももう大丈夫、ウチはもう一人じゃない、静香がいるから。
「あなたは、静香さん?」
「ええ、初めまして」
私が答えを返す前に、後ろから追ってきた静香に気付いたお姉は静香に向かって話しかけた。お姉は静香がいることに驚いていた。それもそうだ、姉さんにしてはウチが喧嘩したやつらの関係者がウチらの家にいるんだ、警戒もすると思う。
「何しに来たんですか?」
「舞衣を連れて行こうと思いまして」
「え?」
ウチとお姉の声が重なる。静香はお礼をしに来たと言っていたのにさっきと言っていたことが違う。
「なんで? 舞衣は家の子だよ?」
お姉が反論する。お姉が言った通りウチの家はこの家だ。さっきまでの話でもそんな話は出ていなかったと思うけど、静香は何をしたいのかな。まさか本気で言ってる?
「奈津さんは舞衣がこの二か月苦しんでいたのは知っていましたか?」
「え? 二か月?」
静香に詰め寄ろうとしていたお姉が止まった。お姉はウチの話は聞いたがその後どうなっているのか知らないはずだから当然だ。ウチは静香にその話をしてほしくないから静香を止めようと静香の方を向く。静香はウチ方を見て小さくうなずいた。ウチには少し待っていて欲しいみたいだ。
「舞衣は一回目に喧嘩した時から学校で避けられるようになり一人で学校生活を送っていました。誰も舞衣と関わろうとしませんでした。その間あなたは何をしていましたか?」
「えっと……その」
お姉の顔が暗くなった。だからウチはお姉にこの話をしたくなかった。お姉を頼らなかったのはウチだ、そんな顔はしなくていいし、して欲しくない。
「この家にいても舞衣は救われることなく不幸なままです。ならいっそ今日友達になった私が舞衣を幸せにします」
止めて欲しい。これ以上お姉を責めないで欲しい。お姉は静香の話を聞いて涙を流している。お姉は悪くないと言いたいけど静香の目が訴えてくるからウチは動けない。
「ごめんね、駄目なお姉ちゃんでごめんね」
「お姉……」
お姉は泣きながらウチに誤っている。つられてウチも泣きそうになる。ヤクザの話はウチのことだからお姉がこんなに責任を感じる必要は無いのに。
このままウチは静香の家に行くのかな。
「ではいいですね。舞衣は家に連れていきます」
「だめ!」
姉が大声を出して拒んだ。突然の事だったからウチはびっくりしてお姉を見る。
「なぜですか。舞衣は私が幸せにすると言っているでしょう。妹の幸せは願っていないんですか?」
静香は落ち着いたままお姉にたずねる。
「願ってるよ、願ってるけど舞衣が私と離れるのは嫌。今回は失敗しちゃったけど舞衣は私が幸せにする。静香さんの手は借りない」
お姉は力強く宣言すると私を守るように静香の前に立ちはだかった。正直静香についていくことになるかと思っていた。
「まあ、冗談ですけどね」
「えっ?」
またお姉が固まる。ウチももう話についていけない。
静香は混乱しているウチらに話を続ける。静香はお姉がウチのことをどう思っているのか確認したかったらしい。二か月もウチが一人でいたからお姉もウチのことを避けているかもしれないと思ったと言った。実際はそんなこと無かったが今日初めて話した静香にとってはそう見えても仕方がないのかもしれない。静香はそのことを誤った後あのヤクザについても説明をした。静香自身の誤解も解くにはいい機会だと思う、これからは静香とお姉も仲良くして欲しいから。
静香は一通り話し終わった後すぐ帰って行った。もう少し話たかったけど静香にもやることがあるらしい。明日は一緒に登校しようとだけ約束をして帰って行った。
「舞衣」
「なに?」
二人っきりになったらお姉が真剣な顔で話しかけてきた。
「何も気づかなくてごめんね。信用できないかもしれないけど、私は舞衣のこと大好きだからね。明日からは私も一緒に学校に行くから。お昼も一緒にね」
「うん、私もお姉が大好きだよ」
一人ぼっちになってから二か月。迷惑かけたくないと思っていたけれど心配してくれた時や静香に言い返してくれた時は凄い嬉しかった。やっぱり学校でも探しに来てほしかった。今日、やっとお姉がウチを見つけてくれた。
ウチは今日も、一人ぼっち 瀬戸 出雲 @nyan0
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます