SCUROOL

エリー.ファー

SCUROOL

 緑色の香りが風にのっている。とどまってはくれない。

 私だけが立って、この景色を見ている。

 遠くから聞こえるのは海の声。風の音ではなく、波が陸へと打ち付ける激情。

 凍えるほど寒くはないが、脱いでしまうほどの暑さではない。

 でも。

 今を感じてみたいと思った。地球と自然の中にいることを、生かされていることを、知りたいと思った。

 うずくのは、体だけだ。

 心は、遠くにある。

 やはり、裸になろう。

 私の足音を響かせよう。

 川が近くにあると聞いたが、確認はできない。魚の跳ねる音も聞こえない。釣り人の姿も見えない。

 あるのは、草原と、曇天のみである。

 この場所に来たいと思っていた。思い出があるのではない、思い出を作ろうと思ったのだ。ここを、私にとっての聖地にしたい。そうすれば、何度も心の中を開けば確認することができる。

 重ねた数字が自分の中を知っている。

 哀れな言葉だけが、私の中を駆け巡っている。

 重要などという、相対的な評価を理解したいのではない。絶対的な私という生き方にもう一つ、証明が欲しいのだ。

 だからこそ、私と私を超えた何かとの共演。

 必要だ。

 圧倒的に必要なのだ。

 裸足になっていることに気が付いた。

 胸に、内ももに、股間に、脇に風が当たる。

 生きている。

 あぁ、こんなにもありのままに生きている。

 何故、人は服を着たのだろう。何故、自然との間に境界を作ったのだろう。まるで、自分たちだけは違うと祈りを込めるかのようではないか。

 好きな動物は何、と尋ねられて、人間を最初に思い浮かべられないような思い上がり方。

 人間は、私は、こんなにも高いところに立っていたのか、という後悔。

 服を着ているのに、顔を出そうとする。目を出そうとする。

 すべて覆ってしまえばいいではないか。

 人間なのかすら確認できないくらいにまで、隠してしまえば、より人間と自然を隔てることができる。そのおかげでと特別な存在になれたのだと勘違いできるようになるのだ。

 こんなものは、事実でもなんでもない。何もかも劣っている私たちが、自己肯定感を強めるために、自分を守るために作り出した壁ではないか。

 高潔ではない。高潔であろうとしているだけである。

 清潔ではない。清潔であろうとしているだけである。

 潔癖ではない。潔癖であろうとしているだけである。

 人間は、人間であろうとするあまり、自然を否定した。

 哀れではない。こうではないと人間を名乗れなかったのだ。後悔が一切ないから、文明があり、文化があり、生き方があり、そこに物語がある。

 風の中に身を置いて、ようやく理解できるようになった。

 私は、愚かだ。

 しかし。

 それがまた私を先へ進める。

 演技をして、自己否定に酔い、必ず自分を見失おうとする。

 影も、実体も、どこにあるのかなど分かっているというのに。

 影を背負って生きることに憧れて、何もかも着こみ、何もかも隠す。何故、そのようなことをしているのか、説明もできない。自分を理解する前に、行動が生まれてしまう矛盾。

 口から出まかせ。

 本当から遠い現実。

 理想の巨大さに押しつぶされて、二度と踊ることのできないワルツ。

 あぁ、人が近づいてきた。険しい表情をしている。

 彼は知らないのだ。本当の人間を知らないのだ。

 教えてあげなければならない。

 このナイフで、この包丁で、この剣で。

 教えなければならない。

 伝えるための命なのだ。

 あぁ、不思議だ。

 幸せである。

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