ラジオスターの悲劇

春雷

ラジオスターの悲劇

 ・・・さて、お送りした曲は、クイーンで「レディオガガ」でした。

 今週もお便りがたくさん来ております。 

 「匿名希望」さん。

  

 私は引っ込み思案な性格で、いつもバイト先の先輩に仕事の相談をうまくできずにいます。このままではいけないとわかっているのですが、どうしても勇気が出ません。どうすればいいですか。


・・・なるほど。僕も昔は引っ込み思案な性格でねえ。部屋に篭ってあれこれ良くない想像を膨らませたものだよ。引っ込み思案は性格だから、悪いことではないけれど、そのせいで仕事に支障が出てしまうのは、確かに良くないね。

 でも考えてみてご覧。あなたはこのラジオに悩みを書いたメールを送った。これってとても勇気が要ることだよね。人に悩みを打ち明けることができるってのは、なかなかできることじゃない。あなたは十分勇気を持っている。このラジオにメールを送るという、小さいけれど大きな一歩を、あなたは踏み出したんだ。だから大丈夫。勇気を持って次の一歩を踏み出してみよう。あなたならきっとできるから。

 「匿名希望」さんのリクエスト曲は、えーっと、ジョン・ケージで「4分33秒」。


・・・「匿名希望」さん。申し訳ない。まだ2分しか流してないけど、ラジオで無音は放送事故になってしまうから。ごめんね。おそらく演奏の途中なのだろうけれど、ここで止めさせてください。

 では、次のお便り。「匿名希望」さん。また「匿名希望」か。


 憎い人がいます。この気持ち、抑えきれそうにありません。どうすればいいですか。


 ・・・なかなか切実な感じのするメールですね。憎い人がいる。どうしてだろう。その人に何かされたのだろうか。やっぱり僕は仲が良いのが一番だと思うから、どうにかその人と向き合ってみて、話し合ってみてはどうだろう。何か良い点が見つかるかもしれないよ。どんな人にも愛すべきチャーミングポイントってものがあるから、是非探してみて欲しい。

 「匿名希望」さんのリクエスト。チャーリー・パーカーで「ナウズザタイム」。


・・・次のお便りです。「匿名希望」さん。おいおい。このラジオは名前を出したくない人しか聴いてないのかな?


 先輩に仕事の相談をしたら、部屋に監禁されました。今携帯でメールしています。助けてください。


・・・このメールは、冗談ってことでいいのかな?さっきの引っ込み思案の方の「匿名希望」さんなのだろうか。いや、それとも同一人物?・・・そんなわけないか。


 憎い人を監禁しました。僕はもう後戻りできないところまで来てしまったのかもしれません。今、職場の倉庫に彼女を閉じ込めています。我々はやはり、話し合うべきなのでしょうか。


・・・なかなか手の込んだ悪戯だねえ。監禁。それは犯罪だから、もし本当に彼女を監禁しているというのなら、今すぐに解放してあげてほしいね。うん。仲良くやろうよ。

 リクエスト曲は、徳永英明で「レイニーブルー」。


 助けてください。


・・・これは、引っ込み思案の「匿名希望」さんかなあ。何だか混乱してきちゃったな。助けてくださいと言ったって、僕にはどうしようもないという気がするのだけれど。このラジオにメールするくらいだったら、警察に連絡をする方が自然だろうしねえ。


 助けてください。―彼女、息をしていない。


・・・僕にどうしろと言うんだろう。これは憎い人がいる方の「匿名希望」さんか。

 リクエスト曲は、ビートルズで「カムトゥゲザー」。


・・・本日の放送はここまでです。お便り、お待ちしております。ありがとうございました。


 男は、手にしていた携帯型の録音機を放り投げ、縛り上げた女性に向き直った。

「さて、引っ込み思案で憎い人がいる僕は、どうすればいいのだろう」

 女性はひどく怯えた様子で、その男を見ている。男の手には、血に染まったナイフが握られている。

 女性の横には、血だまりができており、その中央に、男性が横たわっている。

「僕はこの性格のせいで、チャンスに恵まれなかったんだ。僕は一度でいいから、ラジオパーソナリティになりたかったのさ。でもその夢は叶わなかった。何十年と願ってきたのにも関わらず。こんなに強い思いを持っている僕がラジオ番組を持てなくて、どうして君たちみたいな新人のアーティストがラジオ番組を持っているんだ。これは悲劇だよ!僕はラジオスターになるはずだったのに。こんな性格じゃなかったら、こんな時代じゃなかったら、僕はきっと、もっと周りから評価されていて・・・」

 男は足元に落ちていた録音機を拾い上げ、また声を吹き込みだした。


・・・さて、時刻は0時20分。今日もお便りが来ております。「匿名希望」さん。どうして僕は芽がでないのでしょう。どうして僕は誰からも評価されないのでしょう・・・

 

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