偽装カップル

丸子稔

第1話 モテ過ぎる二人

 須藤竜也すどうたつや渡辺静香わたなべしずかは、美男美女のカップルとして、学校中に知れ渡っていた。


 現在高校一年生の二人は、付き合い始めて五ヶ月が過ぎようとしている。

 中学時代には、お互いファンクラブができるほどモテモテだったが、高校に入って付き合うようになってからは、異性に言い寄られることは、ほとんどなくなっていた。


「いやあ、ほんと静香と付き合って良かったよ。中学の頃は毎日のように告白されて、うっとうしくて仕方なかったからな」


「それを言うなら、私だってそうよ。待ち伏せや盗撮なんか、日常茶飯事だったんだから」


「こんなことなら、中学の時から付き合えば良かったな。そしたら、あんなに苦労しなくて済んだのに」


「ほんとね。あの頃はもう、プライべートなんて、無いに等しかったものね」


「今は大好きなサッカーに打ち込めるし、ほんと言う事ないよ。これからも、バレないように気を付けようぜ」


「そうね。私もこのまま演劇が続けられるよう、細心の注意を払うわ」


 この会話が示すように、二人はお互いのプライベートを守るため、付き合っているフリをしている、いわゆる偽装カップルだった。

 そうすることによって、竜也はサッカー、静香は演劇に集中することができていた。


 竜也には、中学時代サッカーに関する苦い思い出があった。

 県大会の決勝戦で、相手チームの選手が、竜也にスライディングタックルをしたのをきっかけに、それに怒った竜也のファンが、あろうことかグラウンドになだれこんで、試合をめちゃくちゃにしたのだ。

 結局、試合は竜也のチームの反則負けとなり、目標にしていた全国大会出場は叶わなかった。


 一方、静香は中二の時、文化祭の演劇で披露したお姫様姿が美し過ぎて、演劇中にファンの男子生徒たちが舞台に上がりこむという、前代未聞の珍事を起こしていた。

 といっても、別に静香が悪いわけではないのだが、彼女はその責任を取らされて、演劇部を退部させられていた。


 その時のことを思うと、二人にとって今の環境は、まさに天国と言っても過言ではない。

 お互い、大好きなものに毎日打ち込めて、充実した日々を過ごしていた。




 そんなある日、学校帰りに静香がいつになく真剣な表情で、「ちょっと困ったことになっちゃってさ」と、切り出した。


「ん? もしかして、誰かに言い寄られたとか?」


「ううん。それなら、断ればいいから楽なんだけど、なんていうか……」


「なんだよ。別に俺たち本物のカップルじゃないんだし、なんでも遠慮なく言っちゃえよ」


「わかった。この前、私、映画のオーディションを受けたんだけど、それに受かっちゃったんだ」


「マジで! それ、すげえじゃん。ちなみに、どんな役なんだ?」


「一応、主人公の恋人役なんだけど」


 照れながらも、静香はハッキリと言った。


「それって、準主役ってことだろ? いきなり、そんな重要な役できるのか?」


「それについては、頑張るとしか言えない。それより、撮影が来月からだから、それまでに転校しないといけないの」


「えっ! ……そうか。じゃあ、静香と過ごせるのも、あと少しなんだな」


「うん。ごめんね。いきなり、こんなこと言って」


「なんで謝るんだよ。女優になるのが、小さい頃からの夢だったんだろ? その夢が叶ったんだから、もう少し嬉しそうにしろよ」


「もちろん女優になれるのは嬉しいんだけど、そのせいで竜也がまた女の子に言い寄られて、サッカーに集中できなくなるかと思うと、心苦しいの」


「俺のことなら心配しなくていいよ。また偽装カップルになってくれる子を探せばいいだけだから」


 口ではそう言いながらも、竜也はそれが簡単にはいかないことは分かっていた。




 上京を翌日に控えた静香は、竜也に「どう? 偽装カップルになってくれる子は見つかった?」と、訊いてみた。


「いや、そう簡単には見つからないよ。でも、なんとかするから、安心して東京に行ってこいよ」


「なんとかするって、具体的になにか考えてるの?」


「ああ。もし、見つからなかった場合は、静香と遠距離恋愛してるって、方々に言って回ろうかと思ってさ。そしたら、誰も俺に言い寄ってこないだろ?」


「そんなに、上手くいくかしら?」


「まあ、実際どうなるかわからないけど、やれるところまでやってみるよ。というか、俺より静香の方がはるかに大変なんだから、俺のことなんか気にしないで、ちゃんと映画だけに集中しろよ」


「うん。本物のカップルじゃなかったけど、これまで竜也と経験したことを活かして、精一杯演じて見せるわ」


「その意気だよ。明日の見送りには行かないから、静香と会うのはこれで最後になるけど、元気でな」


「うん。竜也も元気でね」


 こうして二人は、半年に及んだ偽装カップルに終止符を打った。


  



 

 




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る