第5話 不信

目を開けると、隣に先生はもういなかった。

先生の中で果てた後、なだれ込むように眠ってしまったらしい。

離れないようにしっかりと抱きしめていたはずなのに、先生がいつ起きたのかすら分からなかった。


近くで何かを食べている音がして、俺は横になったまま視線を音のする方へ向けた。

先生は横の椅子に脚を組んでゆったりと座り、ぼうっと窓の外を眺めている。

月の灯りに照らされた横顔は息を呑むほど綺麗で見飽きることがない。


「何食べてるの」

俺は気づかれないようにそっと起きあがると、先生の口の中にある1粒をキスして奪って食べた。

その味は、

「にっが!」


先生は乾いた笑いを浮かべると、机においてある赤い丸形の小さなココット皿を持ち上げてカラカラと振って見せた。

「100%カカオです」

「普通のチョコかと思ったら、こんなもの食べるのかよ、歯医者って」

「いえ、単に好きで食べるんです」

先生は粒状のチョコを口に入れてポリポリと音を立てた。


先生の服は既にきっちりと整えられていて 、さっきまで俺と汗だくで繋がっていたなんて思えないほど平然としている。

それどころか更に素っ気なくなった気すらする。



「高木さん」

「タケルでいいよ」

「…もう帰らないと明日に響きますよ」

名前を呼ばれなかったのが、先生に距離を置かれている気がした。

けど俺は気づかないふりをして、無理矢理会話を続けた。


「ああ、そっか。

歯医者って土曜日もやってるもんな。

じゃあ次はいつ会える?

色々知りたいんだ。

苦いチョコレートの他に好きなものは何だ

ろうとかさ」

おどけてみせても、先生には全く通用しなかった。


「次は、ありません」

「先生、俺とするの嫌だった?」

俺が聞くと、先生はクスリと自虐的に笑った。

「いいえ。

よく知りもしない人に求められることには

慣れてますから。

一度セックスすれば、皆ある程度納得して

くれるんです」

「俺はただやりたかった訳じゃない」

先生は光を失くした瞳で静かに言った。


「あなたと話をしていたら、 あなたの体温

を感じたくなって、寝てしまった。

けど落ち着いて考えると、やっぱり誰かを

信じるのは怖いんです。

もう高木さんに会うつもりはありませ

ん」

俺はもどかしさに腹が立ち、カッと頭に血が昇った。

「先生は、本当の自分が傷つくのが嫌で、逃

げてるだけだろ?

自分を守ることしか考えずに俺を見ようと

してない。

今の先生は結局、本当の先生を見ようとし

なかった奴らと同じだよ」

先生は唇を噛みしめて、傷ついた顔をして

いた。

「自分を見てもらえなくてどれだけ傷つくかは自分がよく分かってんじゃないのかよ」

「…タケルくん」

先生の瞳に少しずつ光が戻っていく。

そして、困ったように顔をくしゃっと歪ませた。


傷つけてしまった。


けど、あとには引けず謝ることができなかった。


どうしようもなくなって出ていこうとすると、腕を先生に捕まれた。

俺は構わず先生の手を思いきり振り払った。

その拍子にお茶の入っていたカップに手が当たってカップは派手な音を立てて弾けとんだ。

「ちゃんと俺を見てよ。

そして俺に信じほしいなら、先生の全てを

さらけ出してくれよ。

そうじゃなきゃ何も始まらない」

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