第0話 運命は良くも悪くも変わるもの

 ある寒い日のことだった。

 雪は降るし、風はなぐるようにきすさんでいて、正直、外には出たくない空模様。

 それでも暴力的すぎる真っ白な世界を、少女と少年は必死に進んだ。

 固く手をにぎり合い、わずかな体温を分け合うように。

 何よりも、決してはなれないように。

「ねぇ、こっちであってるよね?」

「あってる」

「でも、何も見えないよ」

だいじよう。絶対、大丈夫。だから早く薬買って、ホームもどろう」

「そうね。早くジーンに薬を買ってあげなきゃ」

 うなずいて、二人はたがいの手を強く握り直した。

 しかし不幸だったのは、やっとの思いで辿たどり着いた薬屋がこの吹雪ふぶきのせいでやっていなかったことだった。

 どれだけ店のとびらたたいても、人の気配すらしない。養護院で待つ三歳のジーンが、今も風邪かぜで苦しんでいるというのに。

 このやるせなさに、少年の心が先に折れた。実は彼自身も最近流行はやっている風邪の予兆を見せていて、本当なら養護院で待つべき体調だったのだ。

 それでも少女を心配して、彼はいつしよに来てくれた。少女はそれがうれしかった。

 けれど。

「エリク、しっかりして、エリク!」

 彼の身体からだが熱い。冷たい外気にさらされたとは思えないほど、異常な熱を帯びている。

 やはりたよってはいけなかったのだ。

「エリク……っ」

 たおれた彼をなんとか背負う。ただでさえめいりような視界が、なみだでさらに悪くなる。

 一歩一歩、背中の重みに倒れないように、しっかりと雪の積もった地面をみしめた。

 やがて、そんな少女にも限界が来て、足の動きがにぶくなる。

「だ、れかっ」

 ──だれか。誰でもいい。誰でもいいから、彼を助けて。

 声にならなかったこんがんを、しかし、拾い上げてくれた人がいた。

「大丈夫ですか!?」

 天使が──吹きれる雪よりも真っ白な天使が、い降りてきてくれたと思った。

 それを最後に、少女は意識を手放した。


 あの日、少女と少年を助けてくれたのは、その地の領主のむすめだった。

 よく養護院にもんに来てくれる彼女のことを、彼らもよく知っていた。彼女は養護院にいるみんなを心配して、吹雪のなか様子を見に来てくれたという。そこで二人のことを聞いて、さがしてくれていたのだと。

 それから数年。少女と少年はになった。辺境伯である領主のしきで、彼女に恩を返すために。

 しかし少女がおどろいたのは、そうして月日を過ごすうちに、少年と彼女がこいなかになったことだ。

 大切な二人が幸せそうな姿を見て、少女もほほゆるませる──胸にさる痛みは、そっと見ないふりをして。

 おだやかな日々だった。幸せな日々だった。

 何者かに、屋敷をおそわれるまでは──。


 これは、よくある恋物語。

 身分ちがいの二人は死神に引きかれ、少年は愛する彼女をがし敵のもとへ向かう。

 大丈夫、負けないからと、少年は約束するけれど。

 彼女は何かをさとったのだろう。最後にほのかなみをかべて。

『たとえこの先何があっても、私はずっと、あなたを愛しています』

 そう言って、彼を送り出したのだった。


    ● ● ●


「──そ・れ・が! なーんでこんなことになってんの!?」

 さらさらの金のかみを乱して、上等な身なりの青年が言う。

 ついきゆうされた女のほうは、今ではもう見慣れたグリーンスフェーンのひとみを見返して、ずばりと答えた。

「知らないわよ。そういうことは私にかないで、本人に訊いてみれば? 『なんで君は男に生まれ変わっちゃったの?』って」

「訊けるわけないだろ!」

 気安い会話をわす二人は、ラドニア王国第一王女であるエリアナと、オルドリッジこうしやく子息であるアルバートだ。

 なんの因果か、前世で兄妹きようだいのように育った二人は、今世でおさなじみとなっていた。

(こういうのをくさえんって言うのね)

 エリアナはため息をつく。

 目の前でえているのは、エリアナが前世でしつれんした男である。全く嬉しくないことに、自分も、そして彼も、なぜか前世のおくを持ったまま生まれた。

 幼いころこんやくしや候補として顔を合わせたしゆんかん、互いに理解したのだ。

 彼は、彼女は、前世で共に養護院で育ち、共に散った、おのれの半身とも言うべき存在だと。

 そして互いに記憶があることを、二人は知った。

 その喜びようといったらじんじようではなかった。それまで身の内にある記憶は誰とも共有できず、むなしいばかりだったから。

 喜んで、同時に彼は期待した。前世で恋人だった〝彼女〟も、もしかして──。

 が、現実はそう甘くない。

「ほんと、笑うわよねー。まさかシルヴィア様が男に生まれ変わってるなんて。しかも私の護衛騎士よ。ゆうしゆうよ」

「知ってるよ! じゃなきゃ君を任せられないからね!」

 その言葉にドキリとする。なんて心臓に悪いのだろう。彼はたまにそうやって、エリアナが期待するようなことをさらりと言う。

「シルヴィ……ああシルヴィ! そんなに俺との再会がいやだったのか?」

 こんな泣き言はしょっちゅうで、エリアナはもう傷つくよりもあきれることが多くなった。

 口元をかくしたおうぎかげで、またため息をき出す。

「筋肉のついたシルヴィなんてシルヴィじゃない! こんな人生、あんまりだ!」

 彼の最後の言葉には、さしものエリアナも深く頷いた。

 そう、あんまりだ。

 また同じ男に失恋する、わかりきった人生なんて。

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