炎の見る夢、夜の朝

海津木 香露

祭祀

 ソルタソルタであり、太陽の輝きを地にもたらす代行者である。天に輝く本当の太陽を知る人は数えるほど。なぜならば日輪は消えて久しく、星や月は昔語りにその面影を残すのみ。夜が溢れ出て地を覆い世界が滅びたあと、その世界の残滓にソルタは生を受けた。人は強く、世界が滅ぼうとも生きることを諦めない。人はまだ、この宵闇を生きている。わずかな糧を持ち寄り、工夫を凝らし、炎を祀って、人はまだ続いている。それを、ソルタは一人感じている。



 だんだんだん、周りを囲む者たちが思い思いに足を踏み鳴らす。

 どんどんどん、地面が揺れて、低い唸り声が重なっていく。

 だんだんだん、まなざしは中央に立つソルタに注がれている。



 ばらばらに踏み鳴らされていた足の動きはいつしかそろい、どん、どん、と大地が揺れる。揺れに合わせて拍を取り、唇から放たれていた音のうねりは意味のある言葉としてソルタの背中を押す。



 炎よ、夜を退けたまえ

 炎よ、夜を退けたまえ



 一歩踏み出し、足を大地にたたきつける。揺れに合わせて伸び上がり縮み、ぐるひと回って飛び上がる。心のままに、激しく、燃え上がる神の炎アッカツネを脳裏に浮かべて、ソルタは踊る。布を翻し、縫い止められた金属片のしゃらしゃらと擦れる音と、きらめき反射する光を炎に見立て、より動きを大きく、激しく、神の炎に負けぬよう動く。息が上がり、汗が噴き出て、心臓が脈打つ。荒くなる呼吸の音、心臓がひっきりなしに送り出す血液の音。喉が焼けるように痛み、耳鳴りが、めまいが、襲い来る。

 やがてその苦しさの先、唐突に訪れる眩しい世界をソルタは待っている。

 額から流れこめかみをたどり顎を伝い落ちる汗の一滴、首に張り付く髪の一筋、腕を擦る袖の軽さ、舞い上がった砂の一粒が脛を叩くその感覚。体のすべてがくっきりと知覚され、アッカツネを幻視しながらソルタは踊る。踊り、炎を思い祈って、動く。

 息を吸い、息を吐き、指の先が、髪の先が、つま先がほどけていくのを感じる。ぱちぱちと耳の奥ではじける、炎の音を聞く。吐く息が熱く喉が焼け付き、血管を流れる血液は炎となって全身を焼いていく。体を低く沈め足で強く地を蹴って伸び上がる。飛び上がって、そして、高く舞い上がり広がっていく。そこに己の体はなく、ただ熱と光として、夜を退けるものとして、どこまでも、どこまでも飛んでいける。迫る夜を押し返し、熱を与え、何よりも希望を与える光として、どこまでも。



 ソルタは炎であり、炎は夜を退けるものである。

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